第12話 ざまぁ風景 ダウジャン家
トレーシーが去った後のダウジャン伯爵家は、キャッキャウフフしていた。
あっさり表現して、浮かれまくっていた。
ユリウス・イグナコス子爵令息とエリザベスとの婚約は整い、後は結婚式を行うだけだ。
父であるマックスの商売も上手くいっている。
ダウジャン伯爵家の領地は、どうしようもなくショボい。
それは変わらず仕方ないことだ。
マックスがダウジャン家に求めるもの。
それは爵位だ。
爵位があれば、商売が上手くいく。
マックスは自分の商才を疑ったことがない。
そこに爵位の手助けがあれば負け知らず。
売上は右肩上がりだ。
実際、マックスの扱う魔道具や魔法薬といった物は飛ぶように売れていた。
なかでも美容関連の物は良く売れる。
マックスの扱う美容関連グッズの効果は抜群だからだ。
そのおかげで後添いであるローラの肌もツルツル、髪はピカピカである。
潤沢に入って来る現金を、マックスも、ローラも、エリザベスも、湯水のように使った。
うるさい事を言ったり、皮肉な目でコチラを見るトレーシーはもう此処には居ない。
マックスたちは、この世の春とばかりに幸せを満喫していた。
だが。
ある朝、その空気が一転した。
それはトレーシーが去って、最初の月末の事であった。
「なんだこれはっ!?」
執務室に籠って仕事をしていたマックスは悲鳴のような大声を上げた。
「どういうことだ? セバスチャンッ! セバスチャンは居るか!?」
愕然として書類を見つめる彼の手は震えていた。
「はい、旦那さま。いかがなされましたか?」
「セバスチャンッ! この請求書は、どういう事だ!?」
「どういう事、と、申しますと?」
「この金額だよ、金額っ! 先月の倍ではないか!」
「ああ、そのようですね」
「魔道具も、魔法薬も、全部高くなってるっ! 値上げしたとしても、一気に倍とかありえないっ! なんなんだ、コレは!?」
「なんだと申されましても。そうなのです、と、しか……」
「それになんだ、この商会名は? こんな所と取引をした覚えはないっ!」
「えーと……トレーシー商会、ですか?」
「そうだっ!」
「トレーシーお嬢さまが商会を始めた、ということですよね?」
「……なんだとっ?」
「……旦那さまは、どこから商品を仕入れていると?」
「そりゃ、魔法省からだろうがっ」
「あー……コレも、窓口は魔法省になっていますね」
「そうだが……先月は、トレーシー商会なんてなかったぞ?」
「そりゃ、旦那さま。今月からトレーシーお嬢さまが商会を始めたからでしょう?」
「どうしてそんなことを……いや、それより。なんでトレーシーの名前が出てくるんだっ!?」
「だって、旦那さま。旦那さまの扱っている魔道具や魔法薬の多くは、トレーシーお嬢さまが作られた物ではありませんか」
「……あぁっ!?」
マックスは忘れていた。
商会で扱う商品の殆どが、娘が作りだした物であるということを。
「最近の物は、お嬢さまが直接お作りになっているわけではありませんが。トレーシーお嬢さまも研究開発部のお仕事でお忙しいですからね。でも昔は、お嬢さまが手ずからお作りになった物をお売りになっていましたよね? しかも開発から手掛けられていらして。ですから、特許などは全てトレーシーお嬢さまがお持ちなのでは?」
「あっ……あぁ」
「今までが家族割引で、信じられないほど安く仕入れられていただけのようですよ。これが本来の値段だそうで……美容関連のグッズって、高いのですね」
「そんなバカなっ! こんなに高かったら、利益率が大幅に下がってしまうっ!」
「ですが。この書類には、そのように書いてあります」
「ええぃっ。こんな請求書、認めんっ!」
「認めないとおっしゃられても、私には何ともしようがありません。えーと……問い合わせ窓口は、魔法省のようですね」
「はぁっ!? なぜだっ! トレーシーを呼びつけて叱って、値段を変えさせればいいだけだろっ! なぜ魔法省なんだっ!?」
「そうおっしゃられましても。トレーシーお嬢さまのお勤め先が魔法省だから、ではありませんか? 確か王城勤めの方がご商売をされる折の窓口は、それぞれの職場になっていたはずです」
「あっ、ああ。そうだ……」
「トレーシーお嬢さまは魔法省にお勤めですから。魔法省が窓口になっていても不思議ではありませんよ」
「だが……あぁ、それはどうでもいいっ! なんとしても値段を下げさせねば。こんな金額を払っていたら商売になどならんっ」
「ですが、窓口は魔法省でございますよね?」
「それがなんだ!?」
「魔法省相手に値段交渉などが可能かどうか……」
「うぐっ」
高齢の家令が言う通りである。
一貴族に過ぎないマックスが、魔法省相手に交渉、しかも値切りなどという真似が出来ようはずもない。
「そもそも窓口が勤め先になっているのは、世間知らずな職員たちを悪徳業者から守るためですよね? 交渉は可能でしょうけれど。値段を下げろ、というのは印象が良くないのではないでしょうか?」
「はぅっっっ」
(確かにぃ~。値下げ交渉を魔法省の役人相手にするのは、ハードル高いっ! でもっ、この値段じゃ利益がぁ~……)
マックスが身悶えしている所へ血相を変えたローラが飛び込んできた。
「アナタッ! アナタッ! 大変ですわ!」
「ぁあ、どうした? いま、大事な話をして……」
「大変ですわ、お義父さまっ!」
「エリザベスまで、どうした。騒がしいぞ」
「やぁ。お邪魔するよ」
「っ! ダウトン子爵!」
「お止めしたのですが……」
「はははっ。キミの奥方は冗談が上手い。この屋敷で、彼女が私を止められるハズなど無いのに」
「えっ? これは一体……」
「それはこちらのセリフですよ」
「ダウトン子爵令息!?」
「見たところ、この屋敷にいる資格のある者は此処にいませんよね?」
「は? 一体、何の事です?」
「そうですわ。夫はダウジャン伯爵ですのよ。資格はありますわ」
「そうよ。お義父さまが当主なのですもの。私たちが屋敷にいるのは当然のことでしょう?」
「ハハハッ。キミたち一家は冗談が好きなようだ」
「そのようですね、父上」
「何のお話ですか?」
「鈍いな、キミは」
「何のお話ですか、ダウトン子爵っ!」
「此処に正統な後継者であるトレーシーが居ないのだから……マックス。キミにはダウジャン伯爵を名乗る資格が無いということだよ」
「っ!」
「忘れているわけではありませんよね? マックスさん。アナタは婿養子。ダウジャン伯爵家の血筋であるトレーシーが正式な後継ぎです」
「ダウトン子爵令息っ!」
「ああ、そういえば。さっき魔法省との交渉がどうの、という話が聞こえましたが。その窓口は私が務めております。何かありましたらご連絡下さい」
「っ!」
「あー、爵位の話に戻すが。私にはダウトン子爵家があるし、次のダウトン子爵は長男だ。そこでだ。次男であるセイデスにダウジャン伯爵家を継がせることにするよ」
「……ァッ!」
「なんですって!? アナタ!? どういうことなの!?」
「お義父さまっ!?」
「おやおや。アナタ達まで驚くなんて。ローラ夫人。アナタは男爵令嬢だったのですから、爵位継承の事については良くご存じでしょう? 当然、お子さんにも教育されているでしょうし」
「……っ!」
「おっ……お母さま? どういう……」
「あぁ……あぁ……」
真っ青になっている母を見て、エリザベスも自分が勘違いしていた事に気付いた。
我が家ルールで爵位継承ルールを破ることは出来ない。
男しか爵位を継げない社会のこと。
マックスはトレーシーの代理でダウジャン伯爵を名乗ることは出来た。
だが、トレーシーが居なくなり、親戚筋の者が出て来れば話は変わる。
マックスの紙のように白い顔を見て、自分の理解が正しいことをエリザベスは悟った。
「ダウジャン伯爵家は血縁者が少ないがゼロではない。私の祖父は先々代のダウジャン伯爵だ。マックス。アナタの亡くなった妻は従兄妹にあたる。それはキミだって知っていただろう?」
「うっ……そうだ、が……」
「どうしたことか、我が血筋は子供も少ない。けれど、我が家には男の子が二人いる。それも知っていただろう?」
「うっ……」
「長男をやるわけにはいかんが、次男であるセイデスが居る。幸い、我が家には他に継がねばならん爵位はない。ちょうどいいだろう?」
「うぅっ……」
「アナタ?」
「お義父さま?」
「そうと決まれば、早々に出て行って貰えるかな? この屋敷は、キミたちが居ていい場所じゃない」
「……くっ……今すぐか?」
「そうだ」
「なっ……アナタ? ダウトン子爵さま? これは……どういう事ですの?」
「ローラ夫人。元男爵令嬢だったアナタなら、すぐに理解してくれると思っていたんだがな」
「ん~父上? やはり元男爵令嬢レベルの教養では……難しかったのでは?」
「そうか、セイデス。元男爵令嬢レベルでは理解するのが難しい話を、私はしてしまったのか」
「そのようですよ」
「なっ……」
「ちょっと! 母に対して、失礼ではありませんかっ!?」
「失礼なのは、どちらかな? お嬢さん」
「まぁっ!」
セイデスに言われて、エリザベスは怒りのあまり赤く染まった全身を震わせた。
「キミには此処に居る資格もないし、発言権すら無いと思うのだが」
「そうだな、セイデス。お嬢さんは、貴族令嬢ですらないのだから」
「っ!?」
「だって、キミはローラ夫人の連れ子だろう?」
「あっ……ダウトン子爵さま……でも……でもっ! 私はっ! お義父さまの子ですわっ!」
「マックスの養子だろうと実子だろうと、彼自身は平民の出だからね。やっぱり貴族令嬢ではないな」
「そうですよね、父上。養女になっていたとしても、マックスさんはダウジャン伯爵ではなくなるのですし。やはり貴族令嬢ではありませんよね」
「……っ!」
「ローラ夫人も、元男爵令嬢ですし。平民と結婚したなら平民になってしまいますよね」
「なっ……!」
「ああ、そうだな。そもそも、ローラ夫人は子供が出来た時に実家である男爵家から縁を切られていたはずだ」
「そうだったのですね、父上」
「「っ!」」
ダウトン子爵親子の容赦ない言葉に、母と娘は青ざめ震えた。
「さぁ、事情は理解出来ただろう。そろそろ出て行って貰えるかな?」
にこやかに言うダウトン子爵だったが、その目は冷徹で笑ってはいなかった。
結局この後、マックスとローラとエリザベスはダウジャン伯爵家を追い出され。
マックスの実家である、マックスウィン商会へと送り届けられたのであった。
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