第11話 魔法省研究開発部
ハグリア王国の魔法省研究開発部にはエリートが揃っている。
エリートと言っても、その生態は一風変わっているのが特徴だ。
「皆さま、おはようございます。本日も、ご機嫌麗しゅうございます」
トレーシーが研究棟の一室に足を踏み入れると、そこには既に研究開発部の濃いメンバーたちが揃っていた。
一番の下っ端はトレーシーなのだが、先輩も上司も先に来ているのが普通だ。
それはトレーシーが怠慢で遅くてサボっているというよりも、働くのが楽しくて楽しくて仕方ない研究開発部のメンバーが彼女よりも先に研究棟に入って何かしているのが当たり前というだけの話なのである。
だから、誰も気にしない。
「おはよう、トレーシーちゃん」
研究開発部部長であるレイシル・トラント伯爵は、ニッコリ笑って出迎えた。
白衣の隙間から覗く褐色の肌に包まれた筋肉は今日もキレキレだ。
「あっ? おはよう、トレーシー君ッ。また新しい魔法関係の本が届いてるんだッ。私の次に読むかい?」
「はい! アルバス先輩、ありがとうございます」
(今日もテンションが変わっているアルバス先輩は、朝から楽しそうで平和ね)
などと思いながら周囲を見る。
他のメンバーも、似たり寄ったりである。
朝一番から激論を飛ばし合う人たちもいれば、無口で挨拶ひとつ返さない者もいる。
トレーシーの顔を見て初めて今が朝だと気付いて焦りだす、時間の感覚を無くしている者もいた。
研究棟にあるメインの部屋は魔道具による空調と空間魔法が効いている。
快適と言えば快適なのだが、独特の歪んだ空間に慣れが必要だ。
天井に浮いていたり、床に半分埋まっていたりなど、異常な状態にいちいち驚いていたら仕事にならない。
どんな状態にあったとしても本人が平然と仕事を進めている限りは驚くだけ損なので無視が一番である。
(本当に此処はホッとするわ。変わり者だらけで、仲間として認められているかどうかを気にする事すら無意味に思えるもの)
そんな面々のなかで、話が通じるのがトラント、辛うじて意思疎通が出来るのがアルバス、と、いうのがトレーシーの見解である。
(一応、ローブを着て来たけど。城内を移動するだけだから要らないかしらね? 一応、防護服の役割もしているけれど。襲われたりしなければ必要ないような……)
などと思いながら、トレーシーは自分を見る。
(でも、アレね。ローブを着ていれば、お偉いさんとか他の貴族たちとかに絡まれる心配もないし。別の意味で安全を確保できるかしらね)
王城内で働く人たちの間では、それなりに知られているトレーシーであったが。
たまに来る人たちにとっては、そうでもない。
ローブを着ていることで所属が分かるから、それなりの対応をして貰える。
(でも逆に、ローブを着ていると『女が何故ローブを着ている!?』と、絡まれて面倒な時もあるのよね)
一長一短である。
(いずれにせよ、いったん研究棟に入ってしまえば楽なのよね)
住めば都というけれど、トレーシーと魔法省研究開発部は相性がとても良い。
(いっそ、部屋から此処まで魔法を使って飛んで来たいわ)
警備の関係が気になるけれど、技術的には可能だ。
(ダメ元で聞いてみようかしら?)
などと思いつつトレントの方を見れば、何やら嬉しそうに繊細そうな器具をいじくりまわしていた。
「あっ、ソレ届いたのですね」
「コレが何か分かるの? トレーシーちゃん」
騎士とよく間違われる研究者でもある部長は、力の強そうな手の中で、繊細そうな器具を嬉しそうに弄繰り回していた。
侯爵令息にして現伯爵でもあるトラントであるが、トレーシーにとっては、ただの話やすい上司だ。
国王の幼馴染でもあるトラントの身分に臆することもなく、ごく自然に馴染んでいた。
「ええ。繊細かつ小さな魔法陣も綺麗に描ける道具ですよね」
「さすがトレーシーちゃん。コレがあれば、コンパクトサイズの魔道具制作がスムーズにできちゃうのよ」
「でも、ソレ……本当に小さいですね」
「そうでしょ?」
トラントは手の平の上でコマのように道具を転がして見せた。
「調整用の魔道具は、どちらに?」
「ソレはソッチ」
彼の指さす方には、トラントよりも一回り大きな箱型の器具が立っていた。
「はは。やっぱり、調整用魔道具は大きいですね」
「実際に書き込み入れる方の魔道具は小回りきいた方がいいけど、指示を出す方のは正確さが必要だからね。仕方ないわ。その代わり、小さな物にも複雑な魔法陣が入れられるわよ」
「楽しみですね」
「ええ。今日からは指輪でもイヤーカフでも魔道具にし放題よ」
「やったー!」
「ふふふ。頑張りましょうね」
「はい」
(新しい道具の使い方を習得するのは楽しいわ)
忙しい先輩方の代わりに使い方を覚えるのもトレーシーの仕事である。
トレーシーはトラントと並んで新しく届いた魔道具の説明書を読みながら、キャッキャッと盛り上がっていた。
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