手紙

峰岸

手紙

 昼下がりの図書室。今日は図書室に珍しく人が訪れる人が少なかった。テストあけだからだろうか。誰一人いない図書室で、私はカウンターに座っているだけだった。仕事ももうほぼ終わっている。あとは返却された本を元の場所に戻すだけ。それぐらいしかやることがないのだ。暇である。

 返却された本をパラパラとめくる。読むためにめくっているのではなくて、何か挟み忘れがないか確認しているだけだ。大抵は栞の挟み忘れが多い。と、言うよりそれぐらいしかないのだ。

 パタンと本を閉じ、次の本に手を伸ばす。随分と古い短歌集だった。その本をパラパラめくると古い封筒が挟まっている。どうやら手紙のようだ。こういうものは見なかったことにするのが一番であるとわかっているが、何が書いてあるのか気になってしまう。

 私は図書室内に誰もいないことを確認して、封を開けた。


 保健室の貴女へ。

 私は明日遠くへ引っ越します。最後まで貴女に伝えられなくてごめんね。ずっと言いたかったのだけど言えなかったの。私の中で気持ちの整理が出来なくて、今こうして手紙を書いています。

 貴女と初めて出会ったのは去年の今頃。桜吹雪の中、桜の木の下で倒れていると思ったら、貴女ったら寝ていたんだもの。びっくりしちゃった。貴女は呑気に桜の花びらまみれのまま教室に戻っていったのを今でも覚えてる。学年はリボンの色でわかったけども、もう二度と会うことはないんだろうなと思っていたの。でも神さまは悪戯好きみたい。貴女と同じ委員会に入れさせるんだもの。貴女と過ごした放課後、とても楽しかった。保健室で好きな音楽を話したり、趣味のことを話したり。本当に楽しかった。ずっとあのままでよかったのにと思ってしまう。私ったら悪い子よね。いつかは終わりが来て、それぞれの道を歩かなきゃいけないのに。

 私は、願わくば貴女と同じ道を歩き続けたかった。隣でいつも一緒に笑っていたかった。隣じゃなくても、一緒にいたかった。いつか貴女は私のことを真面目でいい子ちゃんと表現していたけど、そんなのは当てはまっていないの。私はいつも自分のことばかり。貴女のことが絡むと自分が抑えられなくなってしまう。とっても悪い子。いつか行こうと言っていた海、行けなくなっちゃってごめんね。貴女が海を見たことがないって言うから、行こうと計画していたのに。

 この手紙は貴女に届かなくてもいいと思っているの。だって、貴女にサヨナラを言うのが嫌なんだもの。貴女は気づいていなかっただろう、私の気持ちはこのまま墓場まで持っていくわ。でも、どこかで気が付いてほしい気持ちもあるの。もう心がとっちらかっちゃって、自分のことなのにわからないの。だから、私はこの手紙を貴女の好きだった短歌集に挟む。でもこれだけは伝えさせて。貴女は貴女の道を歩んでほしいの。その道に私がいなくても。私は貴女のことを思いながら私の道を歩むから。

 貴女の明るい未来を願っています。

 サヲリより。


 ガラリと開かれる扉の音。その音で現実に戻される。慌てて手紙を机の下に隠して、ドアの方を見ると学生が数名やってきたところだった。どうやら本を借りに来たようだ。

 こそこそと手紙を元に戻し、短歌集に挟みなおす。生徒たちはお目当ての本がなかったのかワイワイ騒ぎながら帰っていった。私は、短歌集の表紙を撫でた。きっとこの手紙もいろんな人の目に映されてきたのだろう。手紙の主も、相手もどうなったのかはわからない。一体、どんな気持ちで手紙を書いたのだろうか。どんな気持ちで短歌集に挟んだのだろうか。それを知りたいと思うのは無粋なのかもしれない。

 私は、短歌集をそっと本棚に戻した。

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手紙 峰岸 @cxxpp

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