ソフィア・ソフィズム

淡野ゆき

序章 初めまして、最後の世界

秘密の場所 1-1

 物心ついた時から、私は人の心が読めた。いわゆる超能力者というやつだ。この力のおかげでテストの解答がわかったり、誰に好かれているか嫌われているかわかったりと得をしてきた。そして私は今や優等生としてちょっとした有名人になっている。偶然か必然か、私は能力抜きにしても地頭は良かったし、運動もそこそこできるし、手先も器用で容量も良い天才肌だった。その上顔も中の上くらいには整っている。「私は幸せだ」って胸を張って言う自信がある。

 自分が恵まれていることに気づいたのは、小学校低学年のとき。友達と一緒に悪いことをしたのに、私は先生にさほど怒られなかった。友達も、茜ちゃんだからって私を怒らなかった。それだけだった。それだけで自分の立場を理解した。私が可愛いから許したんじゃない。私が絶対に謝るから、次に同じ過ちは絶対にしないはずだから許したのだ。みんなは私を甘やかすと同時に優等生になることを期待している。だから、その期待に応えるために私は演じるのだ。誰にでも優しい優等生の私を。


 もちろんこの力のことは誰にも言っていない。いくらみんなから信用されている私でも「実は超能力が使えて」なんて言えばおかしな子だと思われるだろうし、真面目な私だからこそ頭を打ったのかと心配されるだろう。私は至って正常なのだけど。最悪、どこかの宗教に連れていかれて教祖にされるか魔女狩りにあうかもしれない。そんなのは絶対に嫌。いつかボロが出るのはわかっているから、嘘はつかないようにしているけど、言わなくていいことは秘密のままで良いのだ。秘密と嘘は、全然違う。


 ただし、この力は万能では無い。体調が悪いと上手く読めないし、体調に関わらず血縁者には使うことができない。血縁者といっても具体的に何親等までかはわからないが、少なくとも両親と姉と父方の祖父には効かなかった。まあ、知らぬが仏という言葉もあるくらいだ。神の配慮か何か知らないが、私自身近しい人の本心など知らない方が幸せだと思う。

 しかし、私の考えは間違っていた。いや、間違っていたというか情報が不足していたのだ。力が通用しない人は血縁者だけでないということを。


「瀬那茜、君は能力者――テレパシストだよね?一緒に来てほしいところがあるんだけど」


 委員会で遅くなって一人でいた帰り道、突然後ろから声をかけられた。声をかけられること自体は珍しくないためいつもなら無視するところだが、今日は違った。すぐに振り向いて相手を見ると、そこにいたのは私と同年代であろう白髪の子だった。滅多に見ない綺麗な白髪に驚いたが、それよりも端正な顔の方が目を引いた。美人だとか綺麗だとか、月並みな言葉では言い表せない美しさ。中性的な声も相まって、性別が判断できない。

 しかし、見とれている場合ではない。すぐに意識を集中させ、相手の心を読もうと試みる。


「……誰」

「そう警戒しないでよ、僕は仲間なのに。あぁ、まだ自己紹介をしてなかったか。僕は佐伯伊織、君と同じ能力者だ」


 人当たりの良い笑顔の不審者を睨みつける。能力者というのはそう驚くことでもない。私という一事例があるのだから、確率は低いがそりゃ他にもいて当然だろう。それに、こんなおかしな人が一般人の方が困る。

 ベラベラ喋り続ける佐伯とかいう不審者の話は聞かず、私はやつの心を読もうとじっと目を見つめた。だが、いつまでたっても佐伯の考えが見えてこない。もっと深く探ってみるが、やはりノイズがかかっていて見えない、聞こえない。むしろこっちの頭が痛くなってきた。

 その間にも佐伯は人のことなんて気にせず色々話していたが、私が頭の痛みにうめいたところでようやく私が苦しんでいることに気づいたようで。佐伯は「おやおや?」なんて言いながらいかにも嘘っぽく驚いた顔をして私に近づいてきた。嘘をつくならいっそマトモに本当を装ってくれた方がましだ。


「もしかして思考を読もうとしてる?残念だけど、僕には効かないよ」

「っなんで」

「ふぅん、やっぱり君、あんまり能力のことわかってないみたいだね」


 その話し方、仕草、表情、全てに腹が立つ。もしかしたら『人を苛立たせる』能力の持ち主かもしれない。…違う、そんな冗談あるわけない。こんなの初めてだから動揺してるだけ。「大丈夫?」と差し伸べてきた佐伯の手を払い、深呼吸を繰り返して呼吸を落ち着かせる。


「……さっきの、どういうこと」

「あ、もう元気になった?大丈夫?」


 そっちから話しかけてきたくせに、こっちの話を聞く気がないのにまた腹が立つ。


「なんで心が読めないのか聞いてるの!」

「わあ、君そんな大きな声出せたんだ」

「真面目に話さないなら帰る」

「ごめんごめん!ちゃんと話すから怒らないでよ。ね?」


 佐伯いわく、人は誰しも『能力』を秘めていて、ほとんどの人間はそれを発揮しないまま一生を終えるらしい。私たちはその中で『能力』を発揮した稀な方の人間。能力を使える人は全てにおいてスペックが高いことが多いが、能力を使うのは体にかなりの負担がかかるから、普段から使うのはやめた方が良いと。私の寿命、かなり縮んでいるのかもしれない。

 肝心の能力が使えない人について、だが、佐伯も範囲を完璧に把握はしていないらしい。確実なのは三親等以内の親族に効かないこと。これは、実際に血が繋がっていないといけないらしく、養子や配偶者はここに含まれない。そして確実では無いけど例外がないのが、能力者同士では能力が使えないこと。というか頑張れば使えるかもしれないが、普通の人に使うより数百倍負荷がかかるから現実的に無理ということらしい。やっぱり私、寿命半分くらいになったのかな。


「能力については理解できた。それで、私をどこに連れて行くつもり?」

「僕の師匠のところ!」

「師匠?えっと、親御さんのところってこと?」

「ううん、師匠は師匠!とにかく着いてきてよ。すぐ行けるから」


 師匠と呼ぶのだからきっと能力者の師匠なのだろう。私がこの力について知らないことはまだまだありそうだし気になる。気になるけど、もう夕方になりそうなこの時間。そろそろ帰らないといけない。せいぜい誤魔化せるのはあと一時間程度だ。


「佐伯…さん、本当にすぐ行けるんだよね?」

「うん。あと呼び捨てで良いよ?伊織でもイオでも、イオちゃんイオくんイオっぴなんでも!」

「えっと、なら伊織って呼ぶね。私のことも君じゃなくて、茜って呼んで」

「わかった、アカネ!じゃあ早く行こう?」

「ちゃんと行くから引っ張らないで!」


 まったく、伊織の勢いには驚かされるばかりだ。こういうタイプの人に出会ったことがなかったから、どう接すれば良いのかわからない。しかも相手がおかしいからといって、私は初対面の人に結構な無礼をはたらいたのではないだろうか。でも、人に気を使わないこの感覚は、少し懐かしくて楽しい。高校生なんだからちょっとくらい、悪いことしちゃっても良いよね?


 きっと最後には、いい思い出になるはずだから。

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ソフィア・ソフィズム 淡野ゆき @awano_yuki

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