熱中症は足音もなく忍び寄る
その夏は猛暑で連日、熱中症で運ばれた人数が報道され、くどいほどに、熱中症の防止方法が連呼された。
私も決して若くはないため、水分補給、外出時間などに注意する日々、塩分補給用の梅干し飴も持ち歩いている。
準備万端とたかを括っていたのが仇になる。
間も無く9月、暑さも和らいできた日、私は渋谷の坂を登り取引先のところへ向かった。
早めに着き、目的地の近くまで着く。
なんか、すこぶる調子が良い。
ついこの間まで少し歩いただけで汗が噴き出て、すぐに喫茶店で休んでいたのに、なんか歩ける気がする。
いつの間にか暑さにも耐性ができたのねと勝手に思い混み、いつも入る喫茶店の横を通り、周囲を散歩し時間を潰す。
1時間の打合せののち、再び渋谷の街に出た。
次の予定は新宿だ。
だが、2時間近く暇を潰さなければならない。
歩くか、、、
自分でも驚いたことに、テロテロと途中で喫茶店に入ることもなく渋谷、新宿間を苦もなく歩ききったのである。
俺、体力ついたじゃん、、、
そんなことを思いつつ、新宿での用をこなし、帰路につき、いつものルーティン通り、飯食って、風呂入って、テレビ見て寝る。
普通の夜。
異変が起こったのは深夜だった。
ボウっと重い怠さで夜中に目が醒める。
私は眠りは深い方で、一度寝付くとトイレに起きることはあってもそれ以外で目が覚めることはほぼ無い。
実家暮らしをしていた頃、一軒隣の家が火事になっても家族に起こされるまで気付かず、起きてカーテン越しの真っ赤な明かりとけたたましい消防車のサイレンに驚いたというくらい一度寝たら起きない。
その私が夜中に怠さで目を覚ました。
重くて身体が動かない。
怠い。
金縛りとは違う感覚。
水を飲みたい、、、
そう思うのだが、身体が動かない。
そして、しばらくしてまた眠りにつく。
朝。
目が覚めるが、身体の重さは治っていない。
風邪でもひいたか?
そう思ったが、頭痛や関節の痛み、息苦しさなどはなく、ただ身体が重いだけ。
微熱がありそうだから熱でも計るか、、、と、重い身体を動かし、リビングへ行く。
椅子に身体を預けるように座り、体温計で計りだす。
なんで、こんなに疲れてるんだ?
と、自問自答する。
夏の疲れが出たかな、、、
などだ考えているうちに計測終了の電子音が鳴る。
39.5℃
目を疑う。
これは高熱と呼ばれる体温ではないか?
慌てて体温計をリセットして、再び測る。
39.5℃
変わらない。
これまでもこれくらいの熱が出たことはあるが、その時は、関節痛やら、頭痛やら、吐き気やなんやらの症状出まくりであったが、そういった身体の不調を示す症状はなく、ただただ身体が重く、怠いだけ。
が、早めに医者に行った方が良いことは分かる。
念の為、3度目の計測を始めながら、徒歩圏内の内科医をスマホで探す。
近くに建った新しいマンションに内科•耳鼻科の医院ができている。
普段行っている内科はもう少し遠い上に、いつも混んでいる。
なら、新しい医院に賭けるかと、電話で問い合わせすると、そんなに混んでないと言う。
取り敢えず、重い身体を、文字通り引きずるように医院へ向かう。
初診なので受付で問診票と体温計を渡される。
“お風邪の症状は?”
と聞かれたので、怠いだけと答える。
ピッと鳴って計測を終えた体温計は、やはり36.9℃という高スコアを叩き出している。
その文字を見た瞬間に受付の人の顔色が変わる。
まだ、コロナ禍がやってくる前だったので、そのまま待合室のソファに体を持たせかけて待つことが出来たが、もしコロナ禍が来ていたら、追い出されるところだったかもしれない。
高熱に配慮したのか、診察の順番はすぐに来た。
黒眼鏡の女医さんに診察を受ける。
“熱中症ですね”
そのまま私は点滴を受けることになった。
その日は、薬を処方されて帰る。
点滴をし、薬ももらったから、寝てりゃ治るか、、、と思ったら治らない。
だんだんと酷くなる。
感じなかった頭痛と喉の痛みが出てくる。
翌日、改めて受診しにいき、点滴を受けた。
が、症状は一進一退。
3日目の朝、電話が鳴る。
知らない番号は出ないようにしているが、局番を見るとこの地域のものなので、とりあえず応答すると、その医院からだった。
なんでも、ただの熱中症であれば点滴で治るはずだけれど、治らないのは他の原因が考えられるので、出来れば来院してくれないかと言う。
確かに症状は良くなってないので、医院に行くと、棒の先に丸い鏡がついた器具で喉の奥を調べられる。
“やはり、喉の奥が炎症を起こしてますね”
そう告げられる。
聞くと、この医院はご夫妻でやっていて、私の症状が改善しないので、閉院後にカルテを検討し、耳鼻科の旦那さんから喉の奥での炎症を指摘されたそうだ。
普通に口の中を見ただけでは気付きにくいらしい。
まずは熱中症で体が弱り、そこに炎症が発生したらしい。
見つけられなかったことを詫びる医師。
こっちは治れば良いので気にしないでと言う。
医師は恐縮していたが、私としては、診察して放り投げるのではなく、ちゃんと閉院後にカルテを検討してくれる誠実な姿勢が嬉しかった。
新たな薬をもらい、それを飲んで休んだら、虚脱感は残ったものの翌日には熱が引いた。
花粉症の薬が切れかけている。
雑な診察されるくらいなら近くの誠実そうな耳鼻科に変えるか、、、
と、言うことで、私は旦那の耳鼻科の先生の診察を受けることにした。
常用している花粉症の薬の名を告げ、副鼻腔炎のことも告げる。
その医師は内視鏡を取り出し、私の鼻の穴の中を見る。
その医師の内視鏡の扱いは上手く、ほぼ痛みを感じず内視鏡が鼻の奥に行く。
医療技術者の進歩で内視鏡も細くなったのかもしれない。
そして、言われたのが、このポリープがデカいと言う事と、今後も少しづつ大きくなるから、手術をして取るなら早めの方がいいと言う事だった。
前の病院で“手術は日帰りで済みますよ”と言われていたのを思い出し、
「日帰りで済む手術ならサッと受けた方がいいですかね」
と言うと、医師の顔がくもった。
「この大きさだと3日は入院が必要ですね」
へ?と言う感じだった。
日帰りでチャチャッと取れる程度のポリープと考えていたのだが、数年の間にデカくなっていたらしい。
「内視鏡で見ているだけなので、、、正確にはもっと精密な検査をしなければなりませんが、、、必ず取らなきゃいけないわけではないですけれども、このままだと気道をふさいでしまいますね」
え、、、
なんか、大事じゃないか、、、
「手術は体力を使いますんでね。取るなら早い方がいいと思いますよ」
手術という非日常の単語が目の前にぶら下がった。
風が吹けば桶屋が儲かり、鼻が詰まって癌が見つかる 奈良原透 @106NARAHARA
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