第16話 次の敵は?
ボスの鍛錬は特に何の問題もなく終了した。
俺はふーっと息を大きく吐く。
俺が想定したよりもこの鍛錬の疲労感は大きいらしい。
軽く滲んでいた額の汗を拭う。
そんな俺を心配そうな顔で見てくるボス。
「大丈夫か?」
「ああ。思ったよりも疲れてな。それよりもボスの方はどうだ?」
「どうってのは?」
「俺も初めて他個体のゴブリンの魔力を弄ったからな……。何か違和感だったり、痛みだったりはないのか、聞いておきたくてな」
あまりにも心配しているという表情を隠さないものだから、ここは茶化してしまおうかと思っていた。
だが、俺が聞きたいこともあったから、普通に対応した。
ボスを心配するような言葉を聞いて朗らかに笑うボス。
若干、体調を気にするような言葉をかけなければよかったかと思ったが、ボスは茶化す様子もなく、自分の身体の状態を真剣に確認しだす。
腕を回したり、足を振ったり、時には拳を振ってみたりといろいろな動作をするボス。
そうして、ボスは満足できるほどの確認作業を終えた。
結果は。
「違和感はあるかもしれない……」
「なに?」
「いや、痛みだったり、体の動きが鈍い訳ではない。ただ……」
「ただ?」
「調子が良すぎる気がするんだ」
「調子がいい……。それは違和感というか良いことじゃねぇのか?」
俺は思ったことを口にする。
だが、少し考えてボスの言いたいことが何となく分かってきた。
ボスは調子が良すぎる、と言った。
それはもしや自分の想定する範囲以上の動きが出来てしまいそうという意味ではないのか。
それだったなら確かに問題だ。
ただし、今から戦いをするなら、という仮定の場合のみだが。
「ボス。調子が良すぎるんだな?」
「ああ」
「自分の想定以上に身体が動いてしまうってことで良いんだな?」
「そうだ」
「それは別に問題はない」
「ん?」
「よく考えてみろ」
俺は言葉を発しながら、ボスは思った以上に戦いができるのでは、思い始めていた。
「今すぐ戦いを行うという意味では身体の調子が良すぎるというのは問題だ」
「そうだろう?」
「だが、今からボスは戦う予定があるのか?」
「いや、今日はなにもないはずだが……」
「なら、問題はない。自分の想定以上に身体が動いてしまう。つまりは、一動作ごとに身体が振り回されるような状態は良くないことだ」
「そうだな」
「なら、少し身体を動かせば、その想定に感覚を合わせることはできるだろう?」
「出来るな」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「ふむ……。どうやら問題ないようだな」
何とかボスの言いたいことを把握して、納得できるような話は出来たようだ。
これらのやり取りは本来せずとも、普段のボスなら自然と理解できることだ。
そもそも考える必要のないことだ。
だが、魔力の流れを感じ取ったことによって、いろいろな感覚にズレが生じているのだろう。
それは知能面でも発生することだ。
例えば必要がないのに深く考えてしまったり、逆に頭が回らなくて普段出来ることが出来なかったり、要するに魔物が魔力に干渉されると、何かしらの影響が必ず出るということだ。
そう言ったことを出来るだけ丁寧に、ボスに説明する。
遠回りしつつも、ゆっくりと分かりやすく言葉にしていく。
そして、短くはない時間をかけて説明しているうちに、知能のズレが戻ってきたのか、話が理解できるようになった。
「分かった。何となくだが、理解が追いついてきた」
「そうか」
「つまりは、身体の状態すべてにズレが発生しているから、それを調整しろということだな?」
「そういうことだ」
「ならば、軽く模擬戦をしようではないか!」
「なんでそうなる」
ボスの発言に、俺は頭を抱える。
ズレを調整するのは必要だが、今すぐ身体の方まで調整する必要はないだろうに。
「いや、なに、こういう機会でもなければ、自分よりも強い個体と勝負できる機会はないからな、しかも命の心配がないという状況で、だ」
「まあ、その考えは理解できるが……」
「ならば、勝負しても良かろうが? それともしたくない理由でもあるのか?」
「うーん、理由はないか」
「なら、一戦やろうじゃないか」
もしやと思っていたが、ボスはなかなかのバトルジャンキーらしい。
おそらくだが、ボスは今の集落の状態を好ましくは思っていないのだろう。
それというのも自分に匹敵する強者がいないから。
強者がおらず、競う相手がおらず、命の危険も少ない。
ボスのようにバトルジャンキーで、それなりの知恵が回るものなら、今の集落は退屈で仕方ない状態なのだろう。
「はぁ、別に模擬戦ぐらいならしてもいいぞ」
「本当か?!」
「まぁ、ボスの身体の調整のためだから魔力は使用しないけどな」
「それは大丈夫なのか?」
ボスが何を心配しているのか。
それはボスがゴブリンにしては異常なまでの体格を持つことから来ている。
そもそも一般的なゴブリンは人の腰ほどの背丈で、体重もそこそこ軽い。
だが、ボスは人間種の男性と同じくらいの身長で、筋骨隆々の身体をしているのだ。
これで進化していないのだから、ボスは異常としか言えない。
「なら、体格差を考えて、お前は魔力を使えばいいだろう?」
「あ゛?」
俺がボスとの戦力差を考えていると、ボスは舐めたことを言ってきた。
魔力が使えない同族に、魔力を使って勝負するだと、舐めているのか。
俺のプライドを刺激してきたボスは面白いものを見つけたような表情をしている。
「まさか、俺に対してビビっているのか? 負けたときの良い訳が立つように、全力を出さないのだろう?」
「ボス。調子に乗るなよ? これは模擬戦だぞ?」
「だからどうした。言葉でなら何とでも言えるだろ」
「殺す!!」
俺はボスに突撃していった。
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