第217話 刹那の分かれ目

 ――救援パーティの快進撃と並行して要救助者たちの映る配信も見守っていた視聴者たちの多くが、次の瞬間巻き起こるだろう惨劇を直感し、悲鳴をあげるより先に反射で画面を閉じていた。



「「「――――――」」」


 奈落最奥。

 常人はもちろん並みの探索者では立っていることすらままならない濃密な魔力のなか、僅かな救出の可能性を胸に耐え忍んでいた者たちの刻が完全に停止する。


「「「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」


 それまでずっと続いていた希望への道をほとんどなんの前触れもなく絶望へと叩き落としたのは、堅牢なダンジョン壁を粉砕し安全地帯へと踏み込んできた奈落の怪物たち。


 しかもその奈落モンスタータイラント・ギガースの群れは侵攻してくるやいなや、壁と同化し音や気配も消しているはずの籠城組へ当然のように目を向けて――人々が事態を認識するより早く放たれるのはコンマ1秒の慈悲すらない一斉攻撃。


 数多のブレスが凄まじい速度で宙を奔り、巨人のうち1体が先駆けとなりブレス以上の速度で突っ込んでくる。


 それはもはや避けられない確実な死の具現化。

 あまりに速すぎて常人では認識が追いつかずとも、放たれる殺気と魔力だけで瞬時に息も思考も停止し死を確信させる。


「「――ッ」」


 その確信は常人を遥かに越える力を持った光姫と穂乃花すら同様。

 もはや思考停止という言葉すら生ぬるい真っ白な意識のなかで走馬灯を見ることすら叶わず喉が引きつり身体が硬直。


 それはこの籠城がはじまってからずっと怖れていた事態。数秒後に全員があっさりと死んでいてもおかしくないという恐怖がまさに現実のものとなった悪夢そのもので。

 

 先ほどまでどうしようもなく膨らんでいた希望が一瞬で叩き折られた誰もが愕然と崩れ落ちようとしていた――そのとき。



「――お願い!!!」


怪物女帝クレイジー・スタンピード〉!


 ただ1人。

 災害の群れにその場で唯一対抗しうる力を持つ者が叫び、あらん限りの魔力を解放した。


「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」


 瞬間、ナターリヤの影から飛び出してきたのは凄まじい魔力を放つ2体の怪物。

 

 1体はタイラント・ギガースに4本の長い腕が増えたような巨人〈アスラ・ギガース〉

 もう1体はあらゆる属性攻撃に概念的耐性を持つ怪物〈ギガントクマムシ〉


 例の合宿に参加したことでシャリーたちと同様に成長を果たしたナターリヤが〈怪物女帝クレイジー・スタンピード〉でどうにか使役できるようになった切り札。正真正銘の奈落モンスターたちである。


 瞬間――ドシイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!


「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」


 凄まじい咆哮と衝撃が弾けた。

 ナターリヤの操るアスラ・ギガースが奔り、真っ先に突っ込んできたタイラント・ギガ―スと組み合うように食い止めたのだ。


 しかし奈落級の攻撃はそれだけではない。

 先駆けとして突っ込んできた巨人に続き、様々な属性のブレスが後詰めのように要救助者たちへ襲いかかる。だが、


「オオオオオオオオオオオオオオオ!」

「グモオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ナターリヤの操る4本腕の巨人が、余った腕でギガントクマムシを鷲掴みにして――長く伸びる腕で振り回した。


 ドゴオオオオオオオオオオン!


 色とりどりのブレスが弾き飛ばされる。

 あらゆる属性攻撃に概念的な耐性を持つギガントクマムシの身体を武器に、四本腕の巨人アスラがそのすべてをなぎ払ったのだ。


「オオオオオオオオオオオオッ!」

「グモオオオオオオオオオオッ!」


 巨人のフィジカルとリーチ、クマムシの特性を組み合わせた防御陣は極めて堅牢。使役される奈落モンスターという異常を警戒してか遠距離攻撃に徹してくれるタイラント・ギガースたちの一斉砲撃を二度三度と防いでみせる。

 

 それはまさに、かつて光姫が『あなたが最後の砦なんです!』と評した信頼に応えるような獅子奮迅。


 だがその防衛は奈落級の戦闘。

 攻撃の直撃こそ避けられてもその余波だけで尋常ではない被害が周囲に発生する。


「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」


「……っ!!」


 四本腕の巨人アスラは敵のブレスを弾きながらタイラント・ギガースと引き続き組み合っており、その格闘は当然のように周囲のダンジョン壁を破壊。籠城組からある程度距離はあるが、それでもダンジョン壁の欠片がこちらまで飛び散りナターリヤは目を血走らせながら武器を手にそれを弾く。


 だが2体の強力なモンスターを使役しながら敵の砲撃に神経を尖らせていればそのすべてを完全に弾くことなどできず、


「――あ!?」


 いくつかの破片が後方へと飛んでいきナターリヤが声を漏らした――直後。


 ガギイイイイイイイイイイン!!


「ぐ、うううううううううううっ!」

「……っ!! はぁ……はぁ……!」


 威力こそ比較的弱めながら、しかし一般人など軽く消し飛ばす破片が弾かれた。


加速崇拝ラーニングアクセル〉で習得した受け流しの剣技を発揮した光姫。

 そして全身及び顔の下半分を隠す〈神匠〉製の漆黒装備に身を包み各種能力を爆発的に高めた穂乃花。


 ともにナターリヤの奮戦に自分をどうにか奮い立たせた2人である。


「すみませんナターリヤさん……! 情けなくもへばっていました……!」


「もう少し……もう少しだけ耐えれば……もう少しだけ……!!」


「……!」


 つい先ほどまで奈落の濃い魔力にやられ武器すら握れないかもしれないと言っていた2人が、余波の余波とはいえ奈落モンスターの猛攻に対処してみせたという事実にナターリヤは目を剥く。


 火事場の馬鹿力というやつか。なんにせよ、


「取りこぼしは任せたよぉ!」


「はい!」


「一秒でも長く……一瞬でも長く……!」


 光姫は全身から汗を流し鬼の形相で、穂乃花はほとんど意識も朦朧とした様で奈落級戦闘の余波を弾き始めた。


「あ……あ……あ……!?」

「うわ……あ……ああああああああっ!」

「うぇ……あああああああああっ!」


 奮戦する彼女たちの背後で響くのは、命を長らえたことで超常の戦いに巻き込まれている恐怖に気づいてしまった人々の悲鳴。余波だけで最後に残った生気まで奪い尽くされようとしている人々の気配。小さな女の子の怯える微かな泣き声。


「「「……!」」」


 そのすべてを背負い、決死の思いで防衛線を維持する。

 刹那の延命に死力を尽くし、全身の血管が千切れ食いしばる歯が砕けそうになりながら必死に立ち回る。


 その心に共通するのは一秒でも長く稼げばという一念。


 救援パーティの気配はまだ感じ取れず、いまどのあたりにいるかもわからない。


 しかし幸いにもナターリヤの所持する奈落級モンスターと踏み込んできた敵の相性がよく、このまま拮抗が続けばどうにかなるかもしれないと己を鼓舞して綱渡りのような戦闘を繰り広げた。


 だが――。


「……ごふっ!?」


 いまのナターリヤが奈落級2体を同時かつ全力で使役する代償はあまりにもでかすぎて……限界は予想よりも遥かに早く訪れた。


「っ! ナターリヤさん!?」


 恐らく戦闘開始から1分経ったかどうか。

 しかしそれでも奈落モンスターの群れを相手に要救助者を誰一人死なせないため限界以上の力を使った反動とばかりナターリヤが大量の血を吐いて崩れ落ち、光姫が悲鳴をあげる。

 

 それでもナターリヤは使役をやめずにギガントクマムシたちを操ろうとするのだが……その隙を見逃す奈落の怪物たちではなかった。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「グオオオオオオオオオオオッ!」

 

 操作の甘くなった四本腕の巨人アスラ・ギガースが見せた一瞬の隙にタイラント・ギガースが一撃。さらにその隙がでかくなると同時、ドオオオオオオオオオ!


 様子見の砲撃に徹していた個体のうち1体がさらに突っ込んできて――ゴシャアアアアアアアアアア! 浴びせられた絶大な一撃をきっかけにアスラ・ギガースがマウントを取られ、ほとんど機能不全に。さらには、


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「グモオオオオオオオオオオオオッ!?」


 もともと第1層と第2層モンスターで身体能力に少なからず差があるのだろう。打撃、特に押しつぶしには弱いという弱点を突くように、タイラント・ギガースの両手を組んだ打ち下ろし――ダブルスレッジハンマーが何度もギガントクマムシに叩きつけられる。


「あ、あ……っ」


 両者ともに奈落モンスターゆえにすぐやられるわけではない。だがそれはもはや防衛戦どころではなく、いくら血反吐を吐いて無理矢理モンスターを操ろうとしても無駄。強烈な反動で倒れ顔から血の気の引いたナターリヤの口から掠れた声が漏れた直後。


「「「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」

 

 盾を失った要救助者たちに放たれるのは、火や水流、魔力弾に、最も速く宙を奔る巨大な岩塊といった数多の属性を持つ奈落級ブレス。


「「――っ」」


「あ……や……っ」


「……ごめんねぇ……やっぱり私じゃ、守れなかった……っ」


 ナターリヤはいまだ自分の感知では気配を感じ取れない距離にいる救援パーティや固まる光姫たち、そしてきっと自分と同じものが好きなのだろう背後の小さな女の子に謝罪の言葉を漏らした。




 ――刹那。




 ひゅぱっ!!


 

「え――」


 

 迫るブレスの前、倒れたナターリヤの視界いっぱいに紫色のドレスが翻った。


 次の瞬間。


 ゴオオオオオオオオッ! 


 真正面から一番に迫っていた巨大な岩塊が――くんっ! 突如として力の流れを変えられたかのように明後日の方向へ吹っ飛んでいき、さらには左右から迫るブレスの大半が突如として空間の歪みに飲み込まれた。


 同時に――ドガアアアアアアアア! ガンガンガン! ゴギャア! ゴギィ!


「「「グギャアアアアアアアアアアアアアア!?」」」


 空飛ぶ巨大キューブが縦横無尽に暴れ回って遠方の巨人たちをぶっ飛ばしまくる。

 その意味不明な光景に全員が唖然となるなか、


「っぶねえええええええええ! でっけぇ岩とかアイテムボックス展開する暇もないくらいマジのマジでギリでしたしなんかもう危機十発どころか危機百発くらいありましたの! 久々に冷や汗ビュービューでしてよ!?」


 脱出用空間魔法装備と並行し、実は万が一に備えて改造強化していた単騎ワープ装備。その効果によって有効射程圏内に辿り着くや視界外の遠距離から瞬間移動し、アイテムボックスによるブレス収納やセツナ様から学んだ受け流しですべての攻撃を無効化したカリンが、ぶへー! と安堵の息を吐くように絶叫した。



―――――――――――――――――――――――――

相変わらず危機一髪を間違えて覚えてるお嬢様

次回は水曜更新ですわー!


※そして前倒し刊行についてですが残念ながらアニメとかではないですわー!(アニメの場合は告知時ではなく放送中に刊行速度があがりますしね!)とはいえもちろん悪い話とかでもないので、書籍とあわせて楽しみにしておいていただければですわ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る