第161話 襲撃と次の駒
「あ……ぐっ、がああああっ! ふ、ざけやがってえええぇ……!」
薄暗い建物に断末魔めいた女の呻き声が響き渡っていた。
全世界に深淵級ダンジョン崩壊テロという未曾有のダンジョンテロを仕掛けた工作員たちの日本支部、そのアジトだ。
そして身体には傷一つないにも関わらず、まるで魂がズタボロになったかのようにのたうち回るのは――アジトの主、猫屋敷忍だった。
救命にあたっていた部下いわく、あのイカレたお嬢様の拳で奈落級巨人とともにぶっ飛ばされてから1時間ほど気絶していたらしい。奇跡的に死こそ免れどうにか意識は取り戻したが……そこで待っていたのはフィードバックの影響でズタボロの魂と強烈な精神ダメージ。
そして山田カリンを潰すという渾身の作戦が、人為的ダンジョン崩壊という国際社会へのこれ以上ない脅迫手段とともに打ち砕かれたという悪夢のような現実だった。
「クソ……クソがああああああああああああ! あれだけ! 私があれだけ時間と労力を注ぎこんだ策が……人造奈落級という私の最高傑作があんな頭のおかしいガキに――うぶっ!?」
喚き散らしながら忍は吐きそうになる。
山田カリンにぶちのめされた最期の瞬間――迫り来るあの顔を思い出しただけで脂汗が噴き出し、全身の震えが止まらないのだ。
確実に成功すると思っていた作戦が打ち砕かれた最悪の現実とあわせ、猫屋敷に刻まれたダメージは尋常ではない。
加えて、〝最悪〟は作戦失敗だけに留まらなかった。
「最悪の失態です……! あの山田カリンに奈落級の経験値を渡したばかりか……奈落級の素材まで渡すことになるなんて……! それも3つも……!」
忍が気絶してからも配信をチェックしていた部下から告げられたその事実に愕然と声をこぼす。
人造奈落級が自壊ではなく討伐されたことによる影響か、あるいは単に山田カリンの豪運か。なんにせよあの怪物にとんでもない素材を渡すことになってしまったのだ。しかもそのなかのひとつである「宝玉」は、深淵ボスでしかなかった巨人を奈落級へと仕立て上げるために無理矢理食わせた正真正銘の奈落素材そのもの。
それをあの山田カリンが手にしたとなれば……奈落級の経験値とあわせて一体どれだけ強くなるのか想像すらしたくなかった。
敵に塩を送るどころではないあまりにもあまりな大失態。
それこそ組織内での降格どころか、命をもって償うでも足りないレベルのやらかしだ。
だが……、
「こんな状況になってしまった以上、祖国も本国もも私の開発力を完全には切り捨てられないはずです……!」
確かに人造奈落級で山田カリンを強化してしまったのは大失態だが……逆にいえばこれだけの事態、逆転には「人為的ダンジョン崩壊」や「人造奈落級」以上の手札が必要。そして現状それを用意できる可能性を持つのは猫屋敷忍だけなのだ。
もちろんいま本国に逃げ帰れば相応の罰が待っているだろうが……それでも研究開発の立場だけは維持できるはず。そこから本国の資金力で研究開発を重ねて功績を積みあげればいまの地位に返り咲ける可能性は十分あった。それこそ今回の人為的ダンジョン崩壊で増える可能性のある「新たな戦力」次第では、さらなるリカバーも狙えるはずだ。
……まあそのあたりを上手く主張する組織内での立ち回りはド下手クソなのが忍なのだが……それでも再起の芽は決してゼロではない。
ゆえに、
「諦めませんよ……! 私の研究成果を無茶苦茶にしてくれたあのクソガキに思い知らせるまでは……! うぶっ」
とトラウマで吐きそうになりながらも忍が再起を誓った――そのときだった。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオン!!
莫大な魔力が迸り、アジトを揺らすような爆発音が響き渡ったのは。
「は!? な、なんですか!?」
「大変です忍様!」
と猫屋敷が目を剥いていれば女の部下が血相を変えて、
「警察が――公安や対探課……いやもっと大勢の連中が突入してきました!!」
「は……!?」
猫屋敷は信じられないとばかりに絶句する。
だが確かに遠方から聞こえてくる怒声にこの大量の強力な魔力は――。
「なぜ……どうしてここが特定されたんですか!?」
あり得ない事態に、猫屋敷の口から絶叫が迸った。
『なんだこの建物全体に満ちる魔力は……!? 突入までまったく感じなかったぞ!? 間違いない、ここが連中のアジトだ!』
『破格の応援がいるとはいえ油断するな! 構成員の確保と証拠の保全に全力を尽くせ!』
テロリストのアジトに急襲を仕掛けた警官隊や福佐刑事たち公安の怒声がインカムに響く。
その声を聞いた元公安の佐々木真冬は、今作戦の指揮所で気配を消して目を細めていた。
「ビンゴね。カリンの深淵攻略に世間の目が集まっている裏で、都内はもちろん全国の警察から
そう。
今回の猫屋敷たちのアジト特定に至った最大の要因はただただシンプルな警察の捜査力によるものだった。
警察の捜査とはすなわち聞き込みや証拠捜索といった純然たる
そしてここしばらく、警察は世間の大騒ぎの裏でその総力を結集してことにあたっていたのである。
ブラックタイガーを中心とした犯罪組織の壊滅や山田カリンという絶対の抑止力のおかげで治安維持部隊全体に余裕が出来ていたのもあり、つぎ込まれたリソースは莫大。色々と怪しい疑惑のあった犬飼洋子の逃走ルート特定にはじまり、ふざけたテロを仕掛けてきた連中の根城を発見することに成功していた。
「まあ、さすがにこれだけ異常な事件を起こした相手。私たちにできたのは怪しいエリアのリストアップくらいで、決め手はあの女の参戦だったけれど……なんにせよ、ふざけた事件を起こしてカリンを潰そうとした落とし前はつけさせてもらうわ」
後遺症で体力に欠けるなか限界まで捜査に協力していた真冬は、静かな殺気の籠もった声で呟いた。
「一体なにがどうなってるんですか!? 周辺警戒班はなにを……ああクソ! もういい!」
部下たちが血相を変えて対応に走り、猫屋敷忍自身も突然の事態に泡を食って喚き散らす。が、その混乱も次の瞬間には強引に抑え込み、忍は即座に動き出していた。
犬飼洋子の失態から、万が一の場合に備えて各種物証の多くは魔法的な処理によってすぐさま消去可能になっている。そして最も重要な拠点のひとつであるこの場所には当然逃走ルートも確保してあるのだ。
「
ベッドから跳ね起き、研究の一環で作らせた魔法装備などを抱えて走り出す。
多くの物品やデータを消去せざるを得なくなったことは非常に痛いが……どうせ本国へと逃げる予定だった身。このまま逃げおおせてやる! と不屈の精神で部屋を飛び出そうとした……そのときだった。
「お、いたいた。お主じゃな? ここのボスは」
「……っ!?」
最早隠す必要もないとばかり。
可愛らしい声とともに、人外めいた魔力が忍の背後で爆発した。
(な……!? こ、の魔力は……!?)
まさか、あり得ない、と忍は振り返る。
果たしてアジトのなかを当然のように歩いてこちらに向かってきていたのは、子供のような小さな影。褐色の肌に銀の髪。
すなわち、アフリカ連邦の盟主。シャリファー・ネフェルティティが悠然とこちらを見据えていた。
「な……!? は!? あり得ない! なんでお前がここに……!?」
猫屋敷は愕然と声を漏らす。
ダンジョン女王ことシャリファーはいま、アフリカに攻め入る姿勢を見せた軍勢に睨みをきかせているはずなのだ。いや確かにダンジョン崩壊が失敗に終わった以上、その動きと連動していた侵略軍の腰が引けてシャリファーも動けるようになったのだろうが……それでもアフリカから1時間と経たずに日本へやってくるなどダンジョン女王がいくらバケモノとはいえ不可能なはず。それなのになぜ!? どうやってここに!?
「予想だにしてなかったという顔じゃな。まあ確かにいま妾はアフリカにおるはずじゃし当然か。ま、それを抜きにしてもカリンに
「……!」
ダンジョン女王は猫屋敷の疑問をはぐらかすように笑う。
本当にどうなっている。
仮にアフリカで多少犠牲が出るのを覚悟して早めに動いていたとしても、シャリファーがアフリカを長く離れるような様子があれば報告が来るはずなのに!
いや、いまはそれよりも……!
「どうやってここまで来たかは知りませんが……! あなた相手でもそう簡単には捕まりませんよ……!」
「ほう、偉い強気じゃな。ほれ」
瞬間、ドッゴオオオオオオオオオオオン!
逃げる素振りを見せた猫屋敷へ、炎と雷の凄まじい魔法が即座に襲いかかった。
捉えるために手加減しているとはいえ、レベル2000程度なら一撃で戦闘不能になる不可避の一撃。だが――ズガガガガガアアアン!
「お?」
「ふ、ふふ……ははははははは!」
シャリーの放った魔法が四方八方に乱反射し、響く轟音とともに笑声が響き渡る。
そして炎雷の煙が晴れると同時、姿を見せたのは無傷の猫屋敷忍だった。
その手に握られた小太刀にシャリーが目を向ければ、忍は高笑いを響かせる。
「やはり、私の研究技術は世界一! この対魔法剣があれば、あなたのバケモノじみた魔法も意味がないようですねぇ」
それは深層に出現する魔法反射虫や深淵の魔法吸収モンスターなどの素材をもとに忍が研究を進め作らせた試作品のひとつ。強力な対魔法効果を持つ破格の魔法装備だった。それも刀身に当たった魔法だけでなく、持ち主の身体全体に耐魔法効果をもたらす神器である。
テロリストの捕縛や証拠保全のために本気を出せないシャリーの魔法はもちろん、たとえ本気で襲いかかられてもある程度はしのげるだろうその装備を手に忍は魔力を練り上げる。
無論、このような
(山田カリンに比べれば……!)
そして魂はボロボロながら逆に恐怖耐性の上がった忍は、魔法という最大の武器がなくなったシャリーに突撃。小太刀で斬りかかることで強引に隙を作り上げ、そのまま脇を抜けて逃げ切ろうとした――その、次の瞬間だった。
「なるほどなぁ。じゃがその程度で国家転覆級を出し抜けると思うとるなら……少々甘すぎはせんか?」
ガチッ! バギン! ゴリゴリゴリィ!
「……は?」
響いた異音に、猫屋敷忍は間の抜けた声を漏らしていた。
なぜならシャリーの首を狙った耐魔法小太刀の刀身が完全に砕けて機能を失っていて――。
その刀身を、バリバリむしゃむしゃとシャリーが咀嚼していて――。
ごくりと嚥下した途端……シャリーのその小さな手に、いま失われた小太刀が生えてきていたのだ。それもシャリファーが試しにとばかりもう片方の手から放った魔法を反射するなど、その効果を保持したうえで!
「ほー。これはこれは。魔法反射や魔法吸収モンスターどもの素材を精錬凝縮、その他妙な加工をして作った武器か。カリンほどではないにしろ、やはりお主ら、隠し持っとる技術が何世代か違うな?」
「な……あ……!? なにが……!? ……! まさか、お前のユニークスキルは……!? 日本に瞬時に戻って来れたのも……!?」
食った獲物の特徴を身体に再現してみせたシャリーに猫屋敷が目を剥く。
あらゆる仮説が頭をはじけ、そして辿り着いたその推論は当たっていた。
シャリファー・ネフェルティティ保有のユニークスキル〈ぱくぱくもぐもぐ〉。
正式名称〈暴食晩餐〉
その能力は倒したモンスターの食肉化及び、ダンジョン内で摂取した際の各種特殊効果付与。
及び――ダンジョン由来の物品を食べることによるその特徴の一時的な再現。つまりシャリーは、ダンジョン素材やそこから生み出された武器を食うことで、その能力を一時的に使えるようになるのである。
カリンは以前入手したヒトガタの素材を加工する際、「あとでまた追加の改造が行えるように」と素材の一部を少し残していた。
そしてシャリーはアフリカ防衛に戻りにあたり、その素材の一部を特例でカリンから受け取り摂取。さすがに超長距離となると事前のマーキングが必須で回数制限もあるものの日本とアフリカ間の瞬間移動を可能とし、ダンジョン崩壊阻止成功とともに日本へワープ。アジト特定最後の一手になるとともに警官らと突入してきたのだった。
そしてその能力によってダンジョン素材からできた
「諦めろ。もう無理じゃ」
「ぐ、が!?」
捕縛縄に加えて以前影狼にも使用した風の拘束魔法を用い、愕然とする猫屋敷を完全に鎮圧していた。
「な……こんな……こんな馬鹿な……!?」
シャリーが隠していたその能力に、身動きを封じられた猫屋敷は愕然と声を漏らす。
その脳裏にはじけるのは、今後の自分の絶望的な行く末だった。
世界を揺るがす大事件を起こした首魁にして首謀者の一人。このまま捕まればさすがに脱獄の余地などなく、当然組織内での返り咲きなど不可能を超えた不可能。一生牢屋暮らしはほぼ確定だった。そしてなにより、
(下手をすれば……あの凄まじい感知能力を持つ山田カリンも取り調べに参加するかもしれない……!)
さすがにこの甘ちゃんたちが未成年に取り調べ参加までさせるかは不明だが……事件の規模を考えれば可能性は決して低くない。そしてもしそんなことになれば……恐らく忍は色々と終わる。そうなるくらいなら死んだほうがマシだった。
ゆえに……最悪の恐怖に駆られた忍は決断した。
「こうなったら……一か八か……!」
「ん? おいなんじゃ。こうなったらもうなにをしても無駄じゃろ。大人しくしておけ」
と言いつつなにか嫌な予感に駆られたシャリファーが念のために忍の意識を落とした――直後。
「……!? ん!?」
ダンジョン女王は目を剥いていた。
なぜなら完全に拘束し意識まで落とした忍の気配が――なんの前触れもなく別人のようなものに変わったのだ。まるでその身体からナニカが抜け出したかのように。
そして全開にしていた魔力感知に引っかかったその異様な気配に目を剥いていれば、
「……ん? え? どこよここ……。え、マジでどこ!? 示談金だまし取れる寸前だったあの男はどこ!? てかなに!? なんか拘束されてるけど身体にめちゃくちゃ力が漲ってるんだけど!? 肌もなんかピチピチだし!? ほんとになにこれ!?」
「……!? なんじゃ……!?」
不意に目を覚ました〝猫屋敷忍〟にシャリーは再度目を剥く。
口調や気配、さらには魔力の質など、目の前のテロリストがなにからなにまで別人のように豹変していたのだ。それはシャリーの高い探知能力をしてなんらかの技術や演技、スキルの類いとは到底思えないほど。
それこそいましがたどこかへ消えていった異様な気配が〝取り憑く〟のをやめたかのようで。
「女王! ……じゃなくて特別顧問さん!」
と、そんな女王のもとへ何人かの警官が駆け寄ってきた。
「いましがたアジトに潜伏していた構成員を全員捕縛しました! 奴ら対策していたのか物証のほとんどが破損していますが……特別顧問の速攻と不意の強襲のおかげでいくつかの物証は確保、ラヴィリスタンとの繋がりを示唆するものも確認されています!」
「もちろん大国が相手ですからこの程度の証拠では……いやこれ以上の確たる証拠でもすぐに攻め潰すなど現実的には不可能ですが……それでも各国に連携を促すには十分なものが!」
「また、以前から捜索が続いていた犬飼洋子の身柄も確保いたしました! ただ……」
といくつかの朗報のなかで犬飼洋子に関する報告だけ妙に歯切れが悪い。
そして「まさか」と思ったシャリファーがそちらにいけば……案の定犬飼洋子もまた猫屋敷忍のように「なにここ!? あと力が漲ってるんだけど!」とパニックになっていた。
どうも言動からして元々なにかしら悪さを働いていた連中には違いないようだが……。
「まさかこやつもなにかに操られていたとでも……? それに一瞬だけ感じたあの異様な気配……こやつら……いや、あやつら本当に人間か?」
思わずといったようにシャリーがぼそりと呟いた。
そしてパニックを起こす〝猫屋敷たち〟の精密検査や調査の準備を整える傍ら引き続きアジト内の証拠保全や残党捜索に全力を尽くすととももに、シャリーはその妙な気配について真冬及び公安らに共有。
その場で僅かながら獲得したいくつかの物証とあわせ、各国に対策と警戒及び議論の必要な脅威として報告するのだった。
*
(……ぐっ、ここ、は……!? ダンジョン女王からは完全に逃げ切れましたか……!?)
アジトから遠く離れた道端。
どのくらいの時間かわからないがしばらく完全に気を失っていた〝猫屋敷忍だった者〟がふと意識を覚醒させた。
全身に満ちる「肉体」の感覚。
一か八か。なんの設備も用意もない状態で憑依を解除し別の個体への憑依を試みたが……どうやら成功したらしい。直感だが元いた場所とはかなり距離もあるようで、女王が追ってくるようなこともなさそうだった。
だが……上手くいったのはそこまで。
さすがにそうなにからなにまで都合よくはいかなかった。
(……っ!? な、なんですかこの身体は!? ほとんど力が入らないうえにどこもかしこも痛んでいる……!?)
送れてやってきたその苦しみに猫屋敷は表情を歪ませる。
人間とはまったく感覚の異なる五感を総動員して自分がなにに憑依したのか確認して――彼女は全力で歯ぎしりした。いや、しようと思ってもできなかった。
なにせ忍は、死にかけの子猫に憑依していたのだ。
(く、クソ! これだから嫌だったんです! 他に手がなかったとはいえ強引な憑依なんて!)
ろくな設備も、憑依に適した悪党の用意もなしに憑依を試みれば相手は完全ランダム。それも人間のような強い自我を持つ高等生物にはほぼ取り憑けないのが忍らの憑依だ。加えていまの忍は頭のおかしいクソガキのせいで憑依の要となる魂もボロボロ。そのため(虫や魚などはもともと憑依の対象になり得ないが)ろくな憑依先にならないだろうとは元から覚悟していたが……それにしたってあんまりだった。死にかけの子猫など、憑依対象のなかでも最底辺も最底辺だ。
(ぐっ、このままではせっかく逃げ切れたのに普通に死ぬ! 少ないですが使える魔力を総動員してどうにか命を繋がないと!)
正直ここで生き残ったとしてもろくに喋れず活動範囲も極めて限られる子猫状態では本国帰還はおろか、この先かなり活動の締め上げられそうな日本国内の同志たちとの接触もほぼ不可能だが……しかしかといって死ぬわけにはいかない!
と死に物狂いで子猫の身体を助けようとした――そのときだった。
「あっはははははははは! ざまぁないわね! 敬愛すべき上司を陥れたクソ女にお似合いの末路だわ!」
「……!?」
突如頭のなかに響いた声に忍はぎょっとした。
そしてこちらに近づいてくる気配にろくに動かない身体で目を向ければ――猫の身体に強引に入ったせいでかなりぼやける視界に映ったのは一匹の子犬。捨て犬かなにかなのか毛色は悪いものの、しかし猫に比べれば遥かに元気そうで大柄な柴犬の子供だった。
そして当然、それはただの子犬ではない。
「お前まさか……犬飼洋子……!」
「ご名答。お互い動物に憑依したバグかしらね。変に会話が通じてありがたいわ。だってあなたを盛大に煽れるもの」
子犬にあるまじき嫌らしい表情に忍が息を呑む。
そして一体なぜこいつがここにという疑問に先回りするように、犬飼洋子は饒舌に喋り出した。
「私はねぇ。あんたに陥れられてからずううううっと復讐の機会を伺って密かに準備してたのよ。そんな機会ないだろうとは思いつつ……それでも万が一こうなったとき、あの檻から出されて私にもランダム憑依ができるようになったとき……あんたを追えるように」
「……!?」
つまり犬飼は忍がなんらかの事態で破滅に追い込まれ最後の手段を取ることになった場合に確実に追い打ちをかけられるよう、本来ランダムである憑依先の座標を秘密裏に忍とリンクさせておいたというのだ。
忍には何段も劣るが、それでも確かな魔道技術をもってして。
そしてその執念の甲斐あって、忍と違い魂が万全だった犬飼は捨て犬とはいえ元気な個体に憑依。いまこの状況が出来上がっていたというわけだった。
すなわち、憎き部下の生殺与奪を完全に握ったこの状況が。
「強引な憑依の影響で大した力も使えやしないし、こんな状態じゃ組織に返り咲くこともほぼ絶望的。檻の中にいたときと一緒で人生終わりよ。けどこんなナリでも……いまのあんたにトドメを刺すことくらいはできるわ」
「……っ! こ、このクソ女! ろくな能力もないくせにこんなことばかり周到で! 恥を知れ恥を!」
「アハハハハハハ! なんとでも言えばいいわ! それじゃあ……存分にいたぶってあげる!」
いくら喚こうがこちらの優位は揺るがない! と犬飼は子犬の姿で猫屋敷に襲いかかった――直後、ドガアアアアアアアン!
「っ!? ぎゃあああああああああ!?」
犬飼(in子犬)の身体が盛大に吹き飛んでいた。
多くの人間がダンジョン崩壊関連に夢中になっている隙を突こうとした犯罪者かなにかだろうか。パトカーに追われる車がかなりの速度で曲がってきて、犬飼を跳ね飛ばしていたのである。
猫屋敷への仕返しに夢中でそれに気づかなかった犬飼はそのまま空中を三回転。
猫屋敷の隣に落下して悲鳴を上げる。
「なっ、がっ……!? ふざけるんじゃないわよあの車!? 動物虐待でぶっ殺して……って、ちょっ、これ、顎もろくに動かないし全身が傷だらけで……このままじゃ死ぬんだけど!?」
と先ほどまでの威勢の良さとは一点。ボロボロになった犬飼に猫屋敷は一瞬唖然としたあと、
「……ぶっ! あははははははははははははは! バーカバーカ! 間抜けが調子に乗るからそうなるんですよ! ざまあみさらせ! そのまま次に憑依する体力もなくしたまま無様に野垂れ死ね――うごふっ!」
と、大笑いの途中で猫屋敷は血反吐を吐く。
そ、そうだった自分も死にかけだったのを忘れていた……! ちょっ、ウソだ、いまの馬鹿笑いで体力の限界が……生命維持に魔力を割くことも……!?
と2人揃って道端で死を待つだけの状態になっていた、そのときだった。
「……うわ。なんだこりゃ。せっかくいい気分だったのに嫌なもん見つけちまった。しかも中途半端に生きてやがるし……」
猫と犬の頭上で、ガラの悪い声が響いた。
不快そうな声を発したその男は、犬猫を避けるようにして一度はそこを通り過ぎる。
だがそれから一分と経たずにイライラと舌打ちしながら戻ってきて、
「チッ! クソ……こういうときあのアホなら見捨てねぇか……。ああもうめんどくせぇ、なんで俺がこんなことしなくちゃいけねーんだ。つってもただでさえ追いつくなんて無謀すぎるっつーのにこういうの見逃したら余計に遠ざかる気がするし……ああくそマジでふざけんなよあのイカれお嬢様……いつかぜってぇぶっ倒せるくらいになってやるからな」
なにやらぶつくさ文句を言いながら、犬と猫を抱き抱える。
さらには「ええと、確か動物にも使っていいんだったよな?」と犬猫に液体を振りかけ、そのまま歩き出していた。
「「……???」」
一連の出来事に、犬猫2人は一瞬なにが起きているのか理解が追いつかなかった。
なにせ色々と都合がよすぎたからだ。
どうやら自分たちを助けたのは探索者で、回復を促す応急薬(漫画のように一瞬で傷を治す効果はないが、それでも傷の治りを早めてくれる品)まで使ってくれたらしい。
そしてなにより2人の意識を引きつけたのは、自分たちを助けた男が口ぶりからしてどうやら山田カリンによくない感情を持っているらしいこと、加えてかなり強大な魔力を有していることだった。
(これは……どこか身に覚えのある魔力な気もしますが、この系統でここまで大きな魔力には身に覚えがありません……!)
(つまりこいつは私たちがまだ存在を把握していなかった、いまこの国で希少な山田カリンに負の感情を持つ実力者……!? しかもまだ若い……!)
ただでさえ人間に比べて視力が微妙な動物。加えて強引に憑依した影響で五感も鈍く、ぼんやりとしか顔がわからないし声もぼやけているが……とにかくとんでもない当たりに拾われたことに2人のテンションはブチ上がっていた。
(こ、これは僥倖すぎます……! いまの私たちでは大したこともできないですが……傷を癒やしたあとこの男の成長をこっそり促すことくらいは可能。山田カリンを倒すのは無理でもかなりのものになるはず! そして強くなったこいつと一緒に暮らしていればその魔力の影響で私の力もある程度戻り、やれることも多少は増えていくはず……!)
(そうして多少なりとも力が戻った暁には山田カリンに悪感情を持っているらしいこの男に正体を明かし、本国やその工作員と再接触できるよう橋渡しさせる! ついでに憑依とは関係ない現地の優秀な工作員として使ってやるのもいいわね! なんにせよ命を繋いで、仕返しのためだけに入ってしまったこの畜生の身体からまた人間の姿に戻るチャンスよ……! そうすれば私が組織内で再び成り上がるのは無理にしろ、また組織内で上手いこと立ち回って私以上のやらかしをしたこの化け猫の成果をかすめ取りつつ、改めて破滅に追い込むことだって……!)
先ほどまで瀕死だった2人の脳裏に明るい未来図が駆け巡る。
いま山田カリンに悪感情を持つ実力者など……それもこちらの力をある程度回復できる見込みのある実力者など皆無。そんな存在に巡り会ってあまつさえペットとして転がり込むことなどたまたま本国の同志と巡り会うよりも低い確率であり、不可能極まりないと諦めていたが……最悪が更新し続ける状況にようやく運が向いてきた!
そうとわかれば、
「クソ女、一時休戦よ」
「……いいでしょう。ほとんど力を失っているいまの私たちでこの男の成長を促すなら2人がかりのほうが確実。この男を利用し本国――ひいては祖国への帰還を目指すのです」
まあ一時休戦は一時休戦。折を見て絶対にお前は殺すが……と内心で煮えたぎる殺意を隠しつつ、2人は動物の身体で笑みを向け合う。
「あ? なんかいま鳴いたか?」
「にゃ、にゃ~❤」
「く、くぅん❤」
と、会話が聞こえているはずはないのだが……なにかを感じ取ったように目を向けてきた男に犬猫2人は念のため媚びた声で誤魔化す。
「鳴く元気があるなら大丈夫そうだな。……っつってもさすがに応急薬だけじゃ厳しいだろうし……この大騒ぎのなかで獣医なんて開いてんのか?」
と、その声を聞いた男――影狼砕牙は再度面倒臭そうな声を漏らしつつ、自宅へ続く帰路周辺に獣医はないかとスマホで検索をはじめるのだった。
――自分たちを拾った男が山田カリンに弓引くはずのない存在と気づきもせずに上機嫌の犬猫を抱えて。
―――――――――――――――――――――――
(作者は影狼様にならどんな展開を投げてもいいと思ってませんこと?)
さすがにちょっと長くなってしまったので前後で分割しようかと思ったのですが、猫様関連がスッキリしないまま話数をまたいでしまいそうだったのでオチまで一気に投稿させていただきましたわー!
また影狼様にやたらとパワーアップフラグが続きますが、このあたり新章ではそろそろ光姫様と穂乃花様にもスポット当てたいですわね。そして次回(多分来週更新)は久々の掲示板回ですわ(ちなみに犬飼様を跳ね飛ばした方は無事逮捕されましたわ)
そしてここで少々お願いなのですが、現在このラノ2025の投票が行われており、お嬢様バズも対象になっておりますわ! なにやらタイトル入力大変だったなどの声もあり申し訳ないですが……より多くの方にカリンお嬢様のやらかしが届くよう、皆様のリアルスパチャ(投票)の力で押し上げていただけますと助かりますの! こういうのもアニメ化など各種メディアミックスへの後押しになりますので!
↓というわけで投票先ですの
https://questant.jp/q/konorano2025
この手のリンクならカクヨム様でも大丈夫だったはずですが、もしダメだったら消しますわー!
以下投票用コピペですの!
・タイトル
【悲報】お嬢様系底辺ダンジョン配信者、配信切り忘れに気づかず同業者をボコってしまう けど相手が若手最強の迷惑系配信者だったらしくアホ程バズって伝説になってますわ!?
・著者(レーベル名)
赤城大空 ガガガ文庫
・イラストレーター様
福きつね
というわけでお時間あれば皆様よろしくお願いいたしますわ!
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