第128話 人為的連続ダンジョン崩壊テロ


 ダンジョンが世界に出現して以降、数十年前の旧ソ連などで2回しか観測されていない深淵級ダンジョン崩壊。


 その災害がアメリカのダンジョンで発生し、しかも通常の崩壊よりも広範囲にわたって地面が崩れ大量のモンスターを吐き出すという大事件は、世界中のメディアでこぞって報道されることとなった。


 SNSのトレンドは関連ワードで埋まり、どこの局も特集を組んで四六時中報道。ネット空間でも大量の実況スレが立つなど、世界中が注目する騒ぎとなっていた。


 しかし、一時世界中のメディアを席巻したアメリカの深淵級崩壊は、数日後には大したニュースではなくなっていた。


 市街地から離れた場所で起きたその崩壊が最終的に被害軽微で収まり、「強大な力を持つ何者かがモンスターたちを消し飛ばして鎮圧した」などと噂されながらも詳細が一切報道されることなく収束したというのが理由のひとつ。


 だがなにより最大の理由は……1度の深淵崩壊などただの始まりでしかなかったと知らしめる出来事が〝発掘〟されたことだった。


 過去2回しか起きたことのない深淵級崩壊。それも普通より広い範囲で地面が崩落するという未曾有のダンジョン崩壊を、発生する日時と場所を含め完璧に言い当てた〝犯行予告動画〟が、崩壊の1週間も前に複数言語で投稿されていたと判明したのである。


『私たちは反ダンジョン団体『DDCダンジョン・ディナイル・クラン』。ダンジョンという極めて危険な異物に依存する世界へ抗議すべく長年研究を進め、遂に強大な力を手に入れるに至りました。さしあたってダンジョンがいかに危険かを示すため、いまから1週間後の現地時間17時ちょうどにアメリカのイエローロックダンジョンにて大規模な崩壊を起こしてみせましょう』


 身元の特定を避けるためだろう。

 真っ暗な画面に女性を思わせる合成音声と字幕だけで構成されたそれは、時代錯誤も甚だしい反ダンジョン勢力――ダンジョンテロリストを名乗るアカウントによるものだった。

 

 この手の「予言」動画は通常「明日、西日本で地震が起こる」といった少々曖昧な予言を毎日アップし、実際に的中すればほかの動画をすべて消すという方法で予言を演出する古典的手法が確立されている。そのため発掘当初はその手のデマ動画と思う者も多く、



〝それダンジョンじゃなくてお前らが危険なだけやんけww〟

〝アホみたいな動画あげるならせめてもっと設定練れ〟

〝まあテロリストの主張なんてこんぐらい目茶苦茶なほうがリアルよ〟

〝てかいまどきダンジョンテロリストってwww〟

〝なんだだろう、俺が中学生のとき考えてたみたいな団体名やめてもらえます?〟



 などと揶揄するコメントも多かった。


 だがそのテロリストアカウントはほかの動画をあげた形跡などなく、そのうえダンジョン崩壊の発生時間を数分単位の誤差で完璧に言い当てていたことから混乱が加速。


 さらには信じがたいことに……その犯行予告は一度だけでは終わらなかったのだ。


『ダンジョン先進国アメリカでの崩壊は楽しんでもらえたでしょうか? 残念ながら被害軽微で済んだようですが……この調子で我々反ダンジョン団体がダンジョンの恐ろしさを思い出させてあげましょう。思い知らせてあげましょう。次は3日後のアフリカ連邦 にある深淵級、西方砂漠ダンジョンを現地時間の14時に崩壊させます。あなたたちがダンジョンなどという異物を許容することをやめ、利用ではなく消し去る研究に力を注ぐと誓うまで我々の〝抗議〟は続くと思ってくれていい』


 アメリカでの深淵崩壊によってこのアカウントが世界中から注目を浴びた翌日。

 新しくアップされた動画にて、今度はアフリカ連邦国内のダンジョンを崩壊させると宣言。


 そしてその予告どおり、西方砂漠ダンジョンが実際に崩壊したのだ。


 幸いにしてその西方砂漠ダンジョンも市街地から離れた場所にあり、アメリカの事例と同様に「巨大な遠距離砲撃らしきもの」によってどうにか鎮圧されたと噂され大きな被害は出なかった。


 だが、



〝おい冗談だろ!?〟

〝アメリカだけでもヤバいのに連続で深淵級の崩壊とかどうなってんだ!?〟

〝マジのマジで人工ダンジョン崩壊なのかよこれ!? いくらなんでも嘘だろ!?〟

〝いちおう世界規模で見ればこういう頻度でダンジョン崩壊が起きること自体は珍しくないけどこの規模は……〟

〝人為的な崩壊とかせめて下層級ダンジョンが限界であれよ!〟

〝街から離れた場所で発生してるおかげか軍やクランが防衛線張るだけでどうにか自然に収まってる?っぽいけど……なんなんだよこれ……!?〟

〝フィクションから飛び出してくるのはカリンお嬢様だけで勘弁してくれよ!〟



 件のテロリストアカウントによる〝予告〟が再度完全に的中したことで、被害軽微にもかかわらず世界は混乱。アメリカの深淵崩壊など霞むレベルの騒ぎになっていたのでる。


 そしてなにより世界中の人々を……否、日本を震撼させたのは、「もうこちらの力が本物だとわかっただろう?」とばかりに投稿された3つ目の動画だった。


『さあいよいよ本番。次は郊外なんて甘い場所じゃありません。いまから10日後の17時。日本の東京都内にあるダンジョンを――深淵を保有するを崩壊させましょう』


『長年ダンジョン崩壊について研究を進めてきただろう各国上層部はもう既に見当がついてるだろうから言ってしまいますが……これを止める方法は我々の要求を飲む以外にただひとつ。深淵の最奥にあるダンジョン核を崩壊前に一度破壊しておくしかない。止められるものなら止めてみるといい』


 先の事例でもはや否定などできなくなりつつある人為的なダンジョン崩壊。

 アメリカやアフリカとは違う、極めて大きな被害が出るだろう大都市圏での犯行声明。

 そしてなにが潜んでいるかもわからない特級の曰く付きダンジョンの崩壊予告に、日本中が大混乱に陥ることとなった。




「な、なんだか本当に大変なことになってますわね……」


 と、そのあまりにも唐突に世界の常識を破壊した脅威に日本中が上から下まで大騒ぎとなり、都内でも多くの学校が臨時休校となる事態のなか。


「というかそうだろうとは思ってましけど、やっぱり裏でこういう悪い人たちも蠢いてるんですのね……奈落崩壊ビームとかほどではないにしろ物騒ですわ。なんだか近所の方々も不安なのか元気がなくてよくない感じですし……こうなったらわたくしもお優雅なお嬢様探索者としてできることをしませんと!」


 カリンは連日続く報道を食い入るように見つめながら、ぐっと拳を握って気合いを入れるように宣言していた。


 緊急事態を前にそのやる気はかなりのもので、それこそそのまま〝ダンジョン崩壊を仕掛けてきた者の思惑通りに〟荒川ダンジョンへと突っ込んでいきそうな勢いである。


 が、


「まあでも……これだけの大事ならわたくしよりずっと強い方々がダンジョン崩壊対策やテロリスト様打倒に動いてらっしゃるはずですし、あくまで一学生でしかないわたくしがやれることなんてほとんどないでしょうけど」


 と、カリンは報道の空気に当てられてちょっと変な方向にやる気を爆発させそうになっていた自分を戒めるように冷静に呟いていた。


 カリンは自分自身の実力を、同世代の探索者のなかではかなりいい線いっているはずと自負している。だがそれはあくまで同世代の中、それも表の世界での話だ。本物の実力者が目立たないよう裏に身を潜めているだろうこともあってネットではカリンお嬢様最強などと持て囃されているが、実際のところはセツナ様のようなトップオブトップにはまだまだ遠く及ばないともちゃんと弁えている。


 ゆえに、目の前で事件事故に遭遇したなら迷いなく動くカリンではあるが、今回のように国が動くような大事件ではまだ未熟な自分に出番はないとも考えていた。


 が、それもきっとカリンより上手くやれる人が何人もいるのだ。


 強いて協力できることがあるとすれば、ダンジョン周辺を守るための戦力として招集された場合くらいだろう。しかしそれもセツナ様クラスの猛者やクラン、自衛隊内にいるだろう実力者が動くとすれば、パーティでの連携経験もほとんどない自分のような未熟者が招集される可能性は低いと思われた。


「うん。大変な事態ですが普段は裏に控えているのだろう実力者の方々がきっと事態解決に動いてくれているはずなんですから、わたくしは変に出しゃばらずにやれることをやるに留めませんと。さしあたってわたくしにできることといえば……やっぱりお優雅な動画配信ですわね!」


 カリンは確信を持って頷いた。


 世の中が大変なときに不謹慎とも思われるかもしれないが……むしろ大変なときだからこそいつもどおり多くの人に楽しんでもらえる娯楽が重要なのだ。


 それこそ自分が両親を亡くして塞ぎ込んでいたときにダンジョンアライブが救ってくれたように。こういうときだからこそ、一時でも不安を忘れられるよう大勢に楽しんでもらえるお優雅な配信を心がけるべきなのである。


「と言うとさすがに少しうぬぼれが過ぎる気がしますけど……」


 それでもそれが自分の原点なのだから。

 いま自分に出来ることを精一杯やるだけだ。

 

「まあさすがにこのタイミングでダンジョン攻略はちょっとどうかと思われるかもしれませんし、そうなるとどういう配信をすればいいのか悩み所ですけど……こういうときは雑談配信や修練配信も好評な光姫様に相談してみてもいいかもしれませんわね!」


 と、カリンは頭を悩ませつつも気合いを入れ直すようにひとまず今後の方針を確定。


 持ち前の良識と(アレな)常識に従うことで、ダンジョン崩壊を仕掛けてきた者の思惑を無意識のうちに完全スルーしようとしていたのだが――。



〝おいこれ東京ヤバくない!?〟

〝カリンお嬢様助けて!〟

〝あの破壊神お嬢様ならきっとやってくれるって!〟

〝奈落に挑戦しようとしてたお嬢様なら深淵の最奥にも辿り突けるんじゃありませんこと!?〟

〝崩壊の予兆が観測できないから机上の空論扱いされてたけど……崩壊の少し前に核を破壊しとけば止められるってのは昔から研究されてたしカリンお嬢様が辿り着いてくれれば……!〟

〝さすがに危ないんじゃあ……けどシャリー様も参戦すればどうにか……?〟

〝政府はすぐにお嬢様に打診したほうがよくない!?〟



 ブラックタイガーが自作自演疑惑を作り上げた際の悪意ある声とは真逆。

 カリンの実力と人柄を心の底から信じ慕うからこそ純粋に助けを求める声が、ネットを中心に様々な場所であがりはじめていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

実はちゃんと止まることも知っているタイプの猪武者、カリンお嬢様

ちなみに、だいぶ前にちらっと書いただけなのでややこしくなってしまってるかもですが、ダンジョンテロリストは犬飼様たち工作員と同根の隠れ蓑ですわね

ちょっと文字数が大変なことになってしまったので細かい説明とか含めて次回ですわ!


※体調戻ってきましたのであとがき修正しておりますわ! 皆様ご心配ありがとうございますですの…!

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