書籍2巻 書き下ろし試し読み 真冬とカリンのファーストコンタクト(後編)

 その日、真冬は特に部活などに入っていないにもかかわらず少し帰りが遅くなっていた。


 転校直後の諸々で職員室に用事があり、さらにそこでペットカメラの接続が急に止まったとかで困っている年配の学年主任に声をかけられたのだ。


「接続とか色々よくわからなくてねぇ。最近の子なら不調の原因わかんない?」


 職員室でスマホから自宅のペットの様子を確認しているのはどうなんだと思ったが、それは恐らく転校してきたばかりの真冬を気遣って声をかけてきたという面も大きいのだろう。


 なんにせよ公安で色々と仕込まれていた真冬にはその程度の技術的トラブルに対処するだけの知識は十分にあった。ペットカメラ及びスマホの機種などを確認したあと原因を特定して対処すれば年配の学年主任は大層喜び、それを見ていた担任も感心したように声を漏らしてからふと思い出したように口を開く。


「凄いな佐々木。……そういえばうちの子が最近配信? だかやってて機材の具合がよくないらしいんだが原因わかるか? ネットで調べても情報が多すぎてなにがなにやらでな。機種は――」


「ああそれなら――」


 と、なにやら芋づる式で通信機器について相談される流れになってしまったわけなのだが、真冬はそれに丁寧に答えた。幸い口頭でアドバイスするだけで解決する問題だったから大した手間ではなかったし、教員との関係は良好にしておいて損はないだろうから。


(……それに、多少時間をとられたところでやることもやりたいこともないしね)


 胸にぽっかりと穴が開いたような虚無感。新しい環境になってしばらく経ってもやはり消えることのなかったその感覚を自嘲するように、真冬は放課後の廊下でぽそりと呟く。


 そうして予定よりも少し時間をとられたこともあり、誰もいなくなった教室で手早く帰り支度をしていた、そのときだった。


「あのぉ、佐々木真冬様、でしたわよね?」


「え」


 がらり。


 教室のドアをあけて、予想外の人物が真冬に声をかけてきた。


 山田カリン。


 いつものようにとっくに帰っているだろうと思っていた人物。さらにはこれまで話しかけてくることのなかった珍獣である。


 そんな彼女がいきなり接触してきたことに真冬は少々面食らう。

 それもこんな周りに人がいない状況で一体なんの用だと思っていれば、カリンは前置きもなにもなく、


「実はわたくし、この夏休みにダンジョン配信者デビューしたいと思っておりますの! お優雅なダンジョン攻略で皆様に楽しんでいただけるお嬢様配信者を目指すんですのよ!」


 突如、目をキラキラさせながらそんなことを言い出した。


 は? と真冬が再度目を丸くしていれば、カリンは「い、言っちゃいましたわ!」となにやらそわそわしながらさらに続ける。


「けど実は、そのぉ、わたくし機械の類いには詳しくなくて……。それで突然申し訳ないのですが……よろしければどうか、ダンジョン配信の機材選びや初期設定を手伝ってもらえませんこと?」


「え?」


 あまりにも唐突なその申し出に真冬は当惑する。


 改めて話を聞いてみれば、彼女は前々からダンジョン配信者になることを強く夢見ていたという。ダンジョン攻略の様子を配信する、危険ながら人気な配信ジャンルだ。


 そしてどうやらこの問題児は(いつものように)生活指導の教員から職員室に呼び出されていたようで、先ほど真冬が通信機器の問題を即座に解決した様子を見聞きしていたらしい。反省文かなにかを書かされていたらしく、いつもと違ってまったく騒がしくなかったから真冬は気づかなかったのだ。


(ちっ……迂闊だったわ)


 まさかそんなことで向こうから絡まれることになるなんて……と真冬は反省しつつ、すぐにカリンからの申し出に答えを返した。


「普通に嫌。自分でやりなよそれくらい」


「え!?」

 

 カリンが目をまん丸に見開いてショックを受けたように声を上げる。

 いやなんでそんな心底予想外みたいな反応なの、と真冬はさらにお断りの理由を告げる。


「機材選びに初期設定って、ちょっとアドバイスするだけの話じゃないじゃん。私にそんな手間のかかりそうな頼みを聞く義理はないし、暇でもないから」


 嘘だ。

 全然やることなんてない。


 部活にも入っていなければ、転入してきたばかりでクラスメイトとの関係もそこそこ。誰かと遊ぶような約束なんかもなく、スケジュールは真っ白だった。


 だけどこのとき……なんというか、真冬は自分で思っていた以上にやさぐれていたのだろう。


 騒がしいカリンのことはもともと少し苦手意識があったし、なによりダンジョン配信に――ひいてはダンジョンやダンジョン社会にキラキラと夢を持っているような彼女の瞳が癪に障って、少し意地悪をしたくなってしまったのだ。


 だから真冬は少しキツめに、それこそ大半の人間が確実に怯んで引き下がるくらいに強い語気できっぱりと断っていた。


 が、次の瞬間。


「そ、そこをひとつお願いしますわー!」


「っ!?」


 いきなり詰め寄られて真冬はぎょっとする。


「機械とか接続とか配信の設定とか頑張って調べてもよくわからないうえに、わたくしその、お嬢様なのにおかしいと思われるかもしれませんがお金もなくて……機材関係は失敗できませんの!」


「ちょっ、そんなこと言われても……大体私だって言うほど詳しいわけじゃ――」


「嘘ですのー! 職員室ではめちゃくちゃ詳しそうでしたし、仮に知識がなくてもすぐにそういうの理解しちゃうくらい頭のいい方とお見受けしますわー!」


 意外とよく見ているカリンに真冬は「面倒な」と顔をしかめる。


「わたくしにできることならなんでも恩返しいたしますから! お願いですからどうか頼まれてくださいまし! ほかにアテもありませんのー!」


 とカリンはついに真冬の足にすがりついてなりふり構わず食い下がってくる。


 いや子供か!


「……はぁ。なんでそこまで必死になれるんだか」


 引き続き全力で頼み込んでくるカリンに、冷静さを取り戻した真冬が呆れたように呟く。


 ダンジョン配信は確かに人気だし華やかな動画ジャンルだ。

 だがそれゆえに競争は激しいし、カメラと視聴者を意識しながらのダンジョン攻略は事故も少なくない危険な活動なのだ。命がけで配信を行っても日々投稿される無数の動画に埋もれるなんて当たり前で、世間での人気に反して夢も希望もあったもんじゃない。


 だというのに、


「う~~、お願いですのぉ。わたくしの夢なんですの~」


 そんな現実を知ってか知らずか……いや恐らくこれはある程度わかっている。しかしそれでもなおカリンの目には揺るがぬ熱意が溢れていて……。


 そんなカリンの姿を間近でしつこく見せられ続けたからだろう。

 その言葉は、本当に無意識のうちに真冬の口からこぼれていた。


「……羨ましいよ。それだけ全力でやりたいと思えることがあって」


「……? 羨ましい、ですの?」


「あ……っ」


 真冬は首を傾げるカリンの声にはっとする。


(しまった。私としたことが……この珍獣があまりにアホみたいにダダをこねるものだからつい……っ)


 現役時代には考えられないポカに真冬は歯がみする。

 平和な環境に戦闘力だけでなく精神面までさびついたか。それもこんなに早く。


 と真冬が自らの劣化にうんざりしていたところ……そんな彼女をカリンがじーっと見つめていた。


「? なに?」


「なるほど、わたくしわかりましたわ」


 と、訝しげな表情を浮かべる真冬を見上げていたカリンはなにやら納得したように頷くと拳を握って、


「ではまず真冬様のやりたいこと探しをしましょう! わたくし協力しますわ! それでもしやりたいことが見つけられたらわたくしのダンジョン配信者デビューを手伝ってくださいまし!」


「……? はあ?」


「だってそうでしょう? 真冬様の仰るとおり、なんの見返りもなくこんなお願いするのはお優雅ではありませんし。もう夏休みに入りますから時間もあってちょうどいいですもの! 一緒に色々な場所に行けばきっと真冬様も興味を持てるなにかが見つかるはずですわ!」


 いやなんでそうなる。

 というか夏休みもこんな騒がしいのと一緒なんて冗談じゃない。


 なにやら一人で論理を飛躍させたうえにお節介まで焼いてきたカリンに真冬は顔をしかめる。


「いや、なにを勘違いしてるのか知らないけど、そういうのいいから。てゆうかそんな面倒なことするくらいなら配信デビューの初期準備くらいぱぱっと終わらせてあげるからそれでいいでしょ」


「けれど……全力でやりたいことがあって羨ましいという先ほどのお言葉は、本気でしたわよね……?」


「……っ」


 じっと真っ直ぐこちらを見つめながら言うカリンに真冬は思わず言葉に詰まる。

 すぐに否定すればそれで済む話なのになぜかそうはできず、苦い顔をしてカリンからつい目をそらしてしまう。 

 と、そんな真冬の反応をどう捉えたのか、カリンはなにやらあわあわと慌てだす。


「あ、も、もちろんその、真冬様が本当に嫌ならわたくし無理強いはしませんわよ! けどその、わたくしやっぱり、できれば真冬様に手伝ってほしいですし、お悩みがあるのを無視してわたくしだけお願いを聞いてもらうのはお優雅ではないというか……」


 そうしてカリンは先ほどまでの騒がしさが嘘のようにしゅんとなり、なんだか雨のなか捨てられた犬のように寂しそうな表情を浮かべるのだ。


「……」


 だから絆された……というわけでは決してない。

 以前の真冬であれば、なにがあろうと理性を優先して切って捨てただろう。先ほどの言葉は聞き間違いだなんていつでも否定できたし、なんならいますぐ職員室に戻って「また山田が騒いでます」とかなんとか教員にチクったってよかったのだ。


 けれど……なぜだろう。


 自分と正反対で無茶苦茶なこの子なら、なんだか本当に自分がやりたいと思えるものを見つけてくれるような気がして。


 根拠なんてなにもない。

 それなのに、なぜかそう思ってしまったのだ。

 ゆえに、


「……はぁ。わかったよ」


「え」


「やりたいこと探し、ちゃんと真面目に付き合いなよ」


「……! や、やったーですわー! もちろんですの!」


 そうして。

 この日の邂逅とカリンの必死のゴリ押し交渉をきっかけに――週末に夏休みを迎えた正反対の二人はやりたいこと探しのため、連れだって方々へ出かけることになるのだった。



―――――――――――――――――――――――――――

カリンお嬢様、受験勉強は大丈夫ですの……?

というわけで3月18日発売のお嬢様バズ2巻書き下ろしの試し読み更新でしたわ! 試し読みは前後編でおよそ8千字でしたが、書籍のほうには3万字フルで収録されておりますので楽しみにしていただければ。

(ちなみに書き下ろしのタイトル、書籍ではルビが振ってあったりしますの)


お嬢様のさらなるリアルバズや書籍の後押しにも繋がるので、面白いと思っていただけたら☆やフォローで応援していただけると嬉しいですわ。


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