書籍2巻 書き下ろし試し読み 真冬とカリンのファーストコンタクト(前編)

 公安警察。


 それは「公共の安全と秩序」を維持することを目的とし、国家体制を脅かしうる事案に対応する、警察のなかでも特殊な存在だ。


 扱う事案の重要性から活動内容や構成員の情報さえ表立っては知られていない秘匿性の高い部署であり、時に非合法な手段も用いて危険因子を〝排除〟する、治安維持部隊のブラックボックスとされていた。


 戦後、特別高等警察に代わる組織として成立して以降は反政府的な動きへの査察や内偵など情報収集を主たる活動としており、非合法な手段を用いることはそこまで多くなかったという。


 だが――ダンジョンの出現によってたやすく超人の生まれるようになってしまった現代ではそういった「お行儀のいい」ことも言っていられなくなり、ときに平和ボケと揶揄される日本でも人々の安寧のために清濁を併せ呑む必要性が増していった。


 異常な力を持つに至った探索者の監視や高レベル探索者を擁する反政府組織への潜入、各種工作、ときに凶悪な探索者へ暗殺まがいの襲撃尋問を仕掛けるなど、表沙汰にできない公安の業務は数多い。そしてそのなかでも特に念入りに秘匿されている活動のひとつが、才能のある孤児に英才教育を施して優秀な公安警察(あるいは軍人)に育てあげるというものだった。


 日本でダンジョンに入りレベルを獲得できるのは14歳から。


 それは子供の安全を考慮して制定された当然の人道的ルールであったが、同時に子供の命などお構いなくダンジョンに放り込む仮想敵国に高レベル探索者の数や質で後れを取りがちな原因のひとつでもあった。


 そこで公安をはじめとした一部の治安維持部隊は裏で身寄りのない子供を秘密裏に教育、選定し、見込みのある者を幼少期より政府完全管理のダンジョンで育て一部の人員を確保していたのである。


 そして――国の暗部ともいえるそんな環境にて歴代最優秀の成績を修め、最年少の秘匿公安警察として活動していたのが佐々木真冬だった。


 ベテランの公安警察さえ舌を巻くその才能は、一言でいえばズバ抜けていた。


 与えられた課題への対応力、目的を達成するために手段を選ばない容赦のなさ、そしてなにより、対人戦に秀でた戦闘スタイルスキル構成によってわずか14歳の時点で(表向きの)国内トップクラスの探索者と渡り合うことも可能となっていた戦闘力。


 それらすべてを駆使して、真冬は多くの事件解決に貢献。


 いつの間にやら〈毒蜘蛛〉などという不名誉な二つ名で呼ばれるようになり、公安内部はもとより公安の活動にも触れられる一部の警察トップ層にも「神童」として高く評価されていたのである。


 しかし――、


「神童も20歳はたち過ぎればただの人なんて言うけど……まさか20歳どころか15歳でただの人になるなんてね……」


 神童とすら称された真冬の現役時代は長く続かなかった。


 一瞬の油断。

 イレギュラー。

 修練のために潜ったダンジョン深部にて、取り返しのつかない大怪我を負ってしまったのだ。


 高レベル探索者ともなれば大抵の怪我はすぐに治る。

 だが真冬が負った怪我はかなり特殊で、一命は取り留めたものの長時間の戦闘が不可能になってしまったのである。いや長時間どころかごく短時間しか戦えず、体力も「常人に比べればかなり高い」程度。情報収集などの業務が多いとはいえ、当然のように命の危険もあるうえ激務に耐えるタフネスが必要とされる公安でそれは致命的な後遺症だった。


 それでもごく短時間であれば高い戦闘力を発揮できるので「ただの人」とは言いがたいのだが……なんにせよこれまでどおりの活動は不可能。


 予備役に近い扱いながら公安を事実上引退することとなり、真冬自身の希望もあってごく普通の公立中学への転校が決定。現役時代に築いたツテや闇の人脈は引き続き維持しつつも、表向きは一般人として人生を再スタートさせることになったのだった。


 存在そのものが機密の塊めいた秘匿公安警察でありながらそんな希望が通ったのは、現役時代の功績が大きかったからだろう。もともと用済みは消すなどという組織ではないとはいえ、特例に近い措置なのは間違いなかった。


 引退に際しては裏方部署への移動や公安の息がかかった教育施設へ戻るなどの手もあったが……それらの選択肢を蹴って普通の学校への転校を選んだことに大した理由はない。


 なくしたものを強く実感してしまう〝暗部〟とはできるだけ距離を置きたかったのと、まっとうな学歴があれば将来的に色々と選択肢が増えるからと思ってのことだ。


 それはきっと、 とても前向きな切り替え。

 次の人生を歩むための積極的な選択だった。

 けれど、


「はぁ。やっぱり、全然なにもやる気が起きないな」


 転校初日。


 新しい生活を前に、真冬は緊張でも高揚でもなく、やりたいことなどなにもない空っぽな気持ちのまま小さくため息をこぼしていた。


 別に真冬は国に忠誠を誓っていたとか、人々の安寧のために尽力する公安の仕事に特別強い生きがいや誇りを感じていたとかいうわけではない。淡々と自分のできる仕事をこなしていただけだ。


 けれど物心ついた頃から培ってきたもの、自分の才覚を全力で発揮し評価される場をいきなり失うというのは、なんとも言いがたいむなしさが伴うものだったのだ。まるで自分の中心にある熱をぽっかりとなくしてしまったかのような、そんな感覚。


 それでもいままでとは異なる世界に行けばそのむなしさも埋まるんじゃないか、新しくやりたいことでも見つかるんじゃないかと心のどこかで期待している節もあったのだが……当然そんな都合のいい話はない。


「夏休み前という変な時期ですが、家庭の事情もあって急遽転校してくることになりました。佐々木真冬といいます。よろしくお願いします」


 自分で選び転校してきた中学3年の教室は極めて平凡で、当然ながら劇的な刺激などなにもない。公安引退が決まってからずっと続いていた熱のなさ。それを象徴するような普通さで。


「……」


 氷のような真冬の雰囲気と整った容姿に教室がざわつく反面、当の本人は冷めた気持ちのまま、用意してもらった新しい席に着くのだった。 


 きっとこのむなしい気持ちとは長い付き合いになっていくのだろう。

 やりたいことなど見つからず、普通の世界でただ漠然と生きていくことになるのだろう。

 そんな諦観にも似た予感とともに。


 ……けれど、ただひとつだけ。


 その教室には普通とはほど遠いものがいた。


 そしてそれは転校初日――真冬が冷めた気持ちのまま自己紹介を終えて席に着いたあたりでいきなり現れた。



「おあああああああああああああああ! 遅刻ですわああああああああああ!」

 


 ガラガラガラガシャアアアアン!



 汚い叫び声をあげながら教室に駆け込んできた一人の少女。

 その勢いと妙にボロボロな姿に真冬は「え、なに」と目を見開くのだが、担任をはじめクラスメイトたちはまったく意に介していない。


 え? 私がおかしいの? と真冬が引き続き困惑していれば、


「おあ!?」


 ばちっ。その変な生き物と真冬の目が合った。

 すると少女はまた変な声をあげながら真冬に負けず劣らず目を見開き、


「……? な、なんだか教室はもちろん校内ですら見たことない方がいらっしゃいますわ。あれ? まさかわたくし教室どころか学校を間違えましたの……!?」


「転入生だよ山田」

「あんたが遅刻してる間に自己紹介が終わったの。佐々木真冬さんっていうんだって」

「カリンがまた全力ダッシュで教室入ってくるから佐々木さんびっくりしてんじゃん」


「ほえー」


 周囲のクラスメイトから説明を受けた少女――山田カリンがアホっぽく口を開ける。


「そうだったんですの。え、ええと、ではよろしくですわ真冬様!」


「いいからはよ席つけ山田。遅刻にするぞ」


「っ! や、やめてくださいまし! これ以上遅刻が積み重なったら成績がお優雅でないことになってしまいますわ!」


 と、担任に注意されたカリンは真冬からの返事を待つことなく自分の席へと嵐のように去っていき、

「……なんなのアレ」


 その騒がしい生き物とのファーストコンタクトに、真冬はこれまでどおり冷めた声音で言葉をこぼすのだった。






 そうして真冬の新しい生活がスタートしたわけなのだが、それから数日。


 山田カリンとかいうそのおかしな同級生に対して真冬が抱く印象は転校初日から覆ることはなく、徹頭徹尾「なんだこいつ」だった。いやむしろ、同じ空間で過ごせば過ごすほどにその印象は増していった。


 なにやらアニメのお嬢様キャラに憧れているとかで常にですわ口調で喋っているのだが、ことあるごとにボロが出る。真冬の転校初日だけでなくほぼ毎朝妙にボロボロな姿で登校してくる。休み時間はよくノートになにか書いてニヤニヤしている。


 そんな変わり種だからクラスで孤立しているのかと思えば、


「おい山田! 二組でも牛乳余ったってよ!」

「マジですの!? 確保ですわ!」

「ああ!? まーたわざわざ隣のクラスから来やがったな山田てめぇ!」

「お前じゃんけん強すぎんだよ! 帰れ!」

「皆様の運の悪さをわたくしのせいにされても困りますわー!? ほらいきますわよ! 最初はグーっ! じゃんけんオラアアアアアアアアアアア!」

「あああああああああああああああ!?」

「また山田の勝ちかよおおおおおおお!」

「去年から数えて30連勝はおかしいだろうがてめー!」

「イカサマだイカサマ! 先月の焼きプリンタルト返せー!」

「いやでも山田にイカサマなんてそんな知能は……それにもしなにかズルしてたら私たちが山田未満の知能ってことになる……!」


 と教室内どころかクラスを越えてなんやかんや受け入れられているようだった。


 そしてお嬢様がどうとか言っている割に決して優等生ではなく、


「おいこら山田! またその妙な髪形か! 直せって何回言えばわかるんだ!?」

「これは地毛ですわー! わたくしのお優雅な魂の影響で自然と先っぽがくるくるしてしまうんですの!」

「くるくるぱーしてんのはお前の頭だ今日こそストパーかけてやる!」

 

 と毎日のように大騒ぎである。

 

 しかし比較的友人が多そうな雰囲気に反して特定のグループに所属しているというわけでもなく、誰かとつるんだり遊んだりという感じでもない。周りの人間に軽く探りを入れてみたところどうやら去年から探索者をやっているようで、ここ1年ほど放課後は毎日ダンジョン攻略に夢中、誰かと遊ぶことはあまりないようだった。毎朝妙にボロボロなのも恐らくそのせいだろう。


(まあそのわりにはあまり強くないみたいだけど。軽いとはいえ毎日のように怪我してるみたいだし、見たところ魔力もそこそこ。デビューから1年の学生探索者としては並より優秀、くらいね)


 まあなんにせよ、その印象を一言でまとめるなら「騒がしい問題児」「珍獣」。

 クラスに1人はいる変な子……いやあそこまで変わった者は恐らくそうそういないだろうが、なにはともあれそういうタイプだった。


「正直ちょっと苦手な人種ね」


 職業病のようなもので、ほかのクラスメイトとともにカリンの情報もざっと収拾した真冬の感想はその一言に尽きた。自分とは反対に本能で動いてそうな類いの人間というか……積極的に絡みたい相手ではない。


 ただまあ、それは恐らく山田カリンのほうも感じているのだろう。たまに目が合うことはあるが向こうはそのたびに慌てて目をそらし、転校初日以外は話しかけてくることもなかった。


 きっと向こうも本能で真冬との相性の悪さを察しているのだ。


「ま、苦手なタイプではあるけど、こっちから話しかけたりしない限り直接関わることもないでしょ」


 同じ教室にいるだけで騒がしいことは騒がしいが、ただそれだけ。

 こっちから変なことをしなければ面倒なことにはならないだろうと真冬はそう結論づけた。



 が……そんな予想はすぐに崩れることとなる。



―――――――――――――――――――――――――――――

というわけで3月18日発売のお嬢様バズ2巻の書き下ろしエピソード序盤ですわ! 真冬様の年齢詐称疑惑がようやく払拭できましたわね……!


書き下ろし試し読みの続きは明日も更新。

本編再開は日曜日になりますのでどちらも楽しみにしていただけますと幸いですの。


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