第111話 カリンお嬢様のさらなるパワーアップフラグのフラグ


 シャリーさん14歳ことアフリカ統一ダンジョン女王(27歳)とカリンが友達になった週末の配信から一晩経った週明け。


「おい山田! あの美味そうな肉、アイテムボックスの中にまだあるんだよな!?」

「ダンジョン庁から正式に許可が出た途端アホみたいな量突っ込んでたよね!?」

「一口だけ! 一口だけでいいから!」

「何回かウィンナーあげたでしょ!」

「カリンちゃんの手でボコボコのミンチにされたお肉を食べるのってなんか背徳感ある!」


「ぬあああああああああ!? お肉カツアゲゾンビの群れですわー!?」


 教室に足を踏み入れた途端、カリンはクラスメイトたちに取り囲まれていた。


 お目当てはカリンが隠し持っているお肉ハンバーグ

 配信で美味しそうに食べていた様子を散々見せつけられたクラスメイトたちがこぞってカリンに群がっていたのである。


 モンスターの肉など普通は大なり小なり忌避感があるはずだが……カリンの語彙力ゼロな食事風景がよほど食欲を刺激したのか、そのあたりの細かい問題は誰1人気にもしていないようだった。怪物シャリーについてなど誰も訊ねず、お目当てはひたすら肉肉肉。


 そんな現金な同級生からカリンは当然のように全力で逃走しようとしたのだが……。クラスメイトたちはかつてカリンに自作自演疑惑がかかったときも「山田がそんな頭の回ることできるわけねぇよなぁ」と信じて(?)くれたし、たまにお弁当もわけてもらっている。


 というわけで、


「も、もってけドロボーですわ!」


「「「「おおおおおおおおおおおおっ!」」」」


 アイテムボックスから熱々のまま出てきたハンバーグにクラスメイトたちが歓声をあげた。


 譲渡にはあたるが一度食べれば終わりなうえに地上では魔法効果もないただの美味すぎる肉というのがダンジョン庁職員によって正式に確認されているため、身近な人物へたまに譲るだけならギリギリ私的利用の範疇――と事前に確認していたカリンもお肉の放出には躊躇いなしだ。


 ある程度の譲渡がOKという情報も下調べばっちりだったらしく、ご丁寧に紙皿と割り箸まで用意していた育ち盛りのクラスメイトたちが一斉に肉へ殺到する。


「うっっっま!?」

「これで地上だから味が落ちてるってマジ!?」

「今日のお弁当にお米多めに詰めておいてよかった!」

「これがカリンちゃん(が作ったハンバーグ)の肉汁の味……!」



「ふ、ふー。朝から大変な目に遭いましたわ」


「配信であんなに美味しそうに食べまくるからでしょ」


 と、お肉を囮にクラスメイトたちの群れから抜け出したカリンが一息ついていれば、そう声をかけてきたのはダウナーな雰囲気のクラスメイト。中学からの付き合いである親友の真冬だった。


「まったく。配信しながらとはいえ、会ったばかりの同格探索者(……っていうにはあんたの隠し持ってる力が大きすぎるけど)と2人きりでダンジョンに潜るんだから。配信者として有名になったら変なのが寄ってきて危ないから気をつけなって何度も言ってるのに。今回は本当に害がないみたいだからよかったけどさ」


「そ、それは確かにあまりよろしくありませんでしたわね」


 なんだかちょっとツンとしている真冬の軽いお説教に、カリンは少々肩をすぼめる。


「わたくしテンションあがってましたし、シャリー様が普通にいい子だったのでつい……あ、でもそのおかげでいいお土産もできましたのよ!」


 と、カリンはクラスメイトたちがお肉に夢中なことを背中越しに感知で確認しつつ、アイテムボックスからそれを取り出した。


 たくさん作ったハンバーグのなかでもとびきり美味しそうな見た目の逸品だ。


「クラスの皆様にもお世話になっているのでお裾分けしましたけど、本当は真冬に一番に食べてほしかったんですのよ。モンスターのお肉に抵抗がなければ、はいどうぞですわ!」


「え……でもこれ、あの女と作ったやつでしょ」


「ですの! いつも真冬には助けてもらっているのでほんのお礼ですわ! 地上では少し味が落ちちゃうようなので、それを補えればとたくさんのお肉を食べ比べて一番美味しかったヤツをいっちばん集中して作ったんですのよ! 特別製ですの!」


「う……」


 最初こそ真冬はそのハンバーグに複雑な視線を向けていたものの、カリンの顔に浮かぶのは母の日にプレゼントでも用意した子供のようで……根負けしたとばかりに軽く息を吐く。


「わかったわかった。食べるって」


「ほんとですの!? それじゃあ……あーんですわ」


「いやちょっと……」


 カリンがお箸で切り取ったハンバーグを口元に寄せてきて真冬は再度躊躇う。

 けれどニコニコのカリンが手作りの品を食べさせてくれること自体は悪い気もせず――きょろきょろ。ぱくっ。


 周囲の目がないか確認したあと、真冬はカリンがお箸で運んでくれたハンバーグを頬張った。途端、


「……うわ、おいし……」


「でしょう!?」


 目を見開いて思わず言葉を漏らしてしまった真冬に、カリンが声を弾ませる。

 

「わたくしどうしてもこの美味しいお肉を初めて食べたときの気持ちを真冬と共有したくって! お肉や調理の具合を色々と試行錯誤しまくった甲斐がありましたわ!」


「……」


(ああもう、こういうことがズルいんだよなぁ。……いや、私がバカみたいに単純なだけか……)


 と、心底嬉しそうなカリンの言葉とその本気度をハンバーグの美味しさから実感してしまった真冬は、昨日のカリンと女王の仲良し配信からちょっとだけ(ほんとにちょっとだけ)感じ続けていたモヤモヤが晴れてしまうのを自覚してしまって。カリンが全力で作ってくれたハンバーグを頬張りながら、自分のチョロさに呆れかえるのだった。





 と、朝っぱらから始まった教室でのハンバーグ試食大会という暴挙が「山田の担任でよかったと初めて思った(もぐもぐ)」という担任の教師らしからぬ感想で特に怒られることなくうやむやになったあと。放課後。



「えへへ。今日は久々に真冬にお返しできてよかったですわ」


 カリンはご機嫌に笑いながら、近所のATMにやってきていた。

 大切に大切にやりくりしてきた手持ちの通帳――両親が僅かながら遺してくれた口座から今月の生活費を下ろすためだ。

 

「けど真冬には前々から助けてもらってばかりですし、本当はもっとちゃんとしたお返しがしたいんですわよねぇ。とはいえシャリー様との奈落挑戦も保留になっちゃいましたし……とりあえずわたくしも真冬にあまり頼りすぎないよう気をつけないとですわ!」


 と小さく決意しつつ、カリンはATMを操作する。


「うーん、せっかくシャリー様からお土産のお肉をたくさんもらったことですし、やっぱり今月は1ヶ月食費0円生活でも……いやけどそれじゃ真冬にまた怒られちゃいますわね……栄養が偏りすぎとかで」


 と、カリンはちょっとだけ迷いつつも普段どおり生活費を下ろし、戻ってきた通帳を手に取って残高を確認した――その瞬間、


「」


 カリンがぴたりと停止した。

 瞬きもまったくせず呼吸は停止、時間でも停まったかのように微動だにしない。

 なぜなら、



 残高:およそ2億6000万



 通帳に記入されている数字の桁が突如として爆増。

 もともと入っていたお金がほとんど端数になるという異常事態が起きていたのである。


「ひゅ」


 突然の事態に喉から変な音が出て「!?!?!?!?!?!?」と脳みそがパニックになる。

 だがカリンにしては珍しく「こ、ここ、これってもしかして……!?」とすぐさまなにが起きているのか把握した。


 そう。

 あまりにも異例すぎる金額ゆえに事務手続きが遅れていたとみられる投げ銭と動画再生数に伴う広告費。それがついに振り込まれたのだ。


 金額からしてそれは恐らくダンジョン崩壊後に「3億の女」と呼ばれた雑談配信までのもの。

 スパチャ代は各種手数料でかなりの額が引かれたはずだがそれをある程度カバーするだけの広告費も大量に入っているようで――。


「ほ、本当に振り込まれてますわあああああああああああ!? ど、どうすりゃいいんですのこれえええええええええ!?」


 動画サイトのマイページでスパチャ総額は前もって確認していたし真冬ともお金の使い方は事前に相談していたものの、実際にその大金が口座に振り込まれているのを見た衝撃はやはり尋常ではなく、


「ま、真冬うううううううう! 助けてくださいましいいいいい! 重すぎて1人じゃ抱えきれませんのおおおおおおお!」


 先ほどの決意はどこへやら。


 カリンは感知スキルを全力発動。

 あ、怪しい動きをする人がいたら即座に〝対処〟しませんと……! と全身全霊で周辺を警戒しながら通帳を抱いてぷるぷる震え、速攻で親友に電話をかけるのだった。


      ※



【お友達は】カリンお嬢様総合スレ Part2032 【大陸の女王様ですわ】



100 通りすがりの名無しさん

おいお前ら! カリンお嬢様の配信告知きたぞ!


【わたくし】山田カリンのお優雅雑談生配信【一世一代のお買い物ですわ】

お知らせなのですが、皆様からいただいたスパチャ代が昨日ついに振り込まれまして……それに伴いわたくしとってもお高いお買い物をすることになりましたの……! そこで今日の配信はいわゆる高額商品開封動画になる予定ですわ……!

→ URL 19:00開始


101 通りすがりの名無しさん

お!? やっと振り込まれたんですのね!

わたくしたちのわからせ赤スパ!


102 通りすがりの名無しさん

普通はもうちょい早いはずなのにな

あまりに額が多すぎて事務手続きにめたくそ時間かかってた説ほんますこ


103 通りすがりの名無しさん

タイミング的に多分あの3億円事件のとこまでは振り込まれてるだろうし当然よ

1回の配信でスパチャ年間ランキング堂々の1位はそりゃ運営もいろいろバグる


104 通りすがりの名無しさん

ようやくかめでたい! これでカリンお嬢様のハリボテお嬢様具合が少しはマシになりますわ! そのお金でモンスター以外のちゃんとしたもの食べるんですのよ……!


105 通りすがりの名無しさん

シャリー様みたいなユニークスキルもないのにモンスター丸かじりしてたとかいう問題発言でまたスパチャが乱れ飛んでたのほんま草


106 通りすがりの名無しさん

けどアレですわね? こう言っちゃなんですがスパチャが入金されてすぐにお高いお買い物ってなんかお嬢様らしくないですわ?


107 通りすがりの名無しさん

節税目的じゃないか? 

ダンジョン崩壊犠牲者0感謝スパチャ3億は結構な割合を復興基金に寄付するってお嬢様言ってたけど、アレ親友ちゃんが寄付金控除知っててお嬢様に入れ知恵したんじゃないかって説あったし

今回のお買い物もわざわざ動画にするあたり親友ちゃんか税理士さんの提案っぽい


108 通りすがりの名無しさん

あーなるほど

収入多いと経費にできそうなでかい買い物して節税するっていうもんな


109 通りすがりの名無しさん

つってもなに買うんだろ

寄付で結構な額突っ込むにせよお嬢様は最初の4000万とか3億の一部は視聴者の気持ちを汲んでちゃんと受け取るって言ってたし節税に必要な買い物となるとかなりの額になりませんこと?


110 通りすがりの名無しさん

ウン百万の買い物とかしたら精神的負荷でカリンお嬢様破裂しそう


111 通りすがりの名無しさん

カリンお嬢様が爆発なんてしたら核弾頭なんて目じゃないくらいの破壊エネルギーが放出されそう


112 通りすがりの名無しさん

ゴジラのメルトダウンかな?


113 通りすがりの名無しさん

探索者の節税っていえば高級魔法装備購入や応急薬買い溜めが定番だけど……お嬢様の場合そういうの買ったら「この程度の性能ですの?」ってかなりがっかりしそうじゃね?


114 通りすがりの名無しさん

お嬢様はそのあたり上澄み工房の最高級品見ながら「やっぱり〝表〟の世界じゃそこそこのやつしかないみたいですわね~」とか言って最初から購入選択肢にあがってなさそう

とはいえだったらなに買うんだって話だけど


115 通りすがりの名無しさん

配信機材もいいの揃えようとしたら結構な値段になるけど億単位の収入と比べると安いしな

あるいは色々買う予定で今日はそのなかのひとつとか?


116 通りすがりの名無しさん

探索者だと経費扱いにできるでかい買い物は装備系くらいだけど配信者やってると「動画のネタ」って名目でそこそこ融通が利くはずだからな

マジで予想できん


117 通りすがりの名無しさん

まあなんにせよなにをご購入なさったか楽しみですわね!

なんやかんや中身庶民のカリンお嬢様ならそんなヤバい買い物しないだろうから安心して見られる配信になりそうですし


118 通りすがりの名無しさん

ですわね!

さっそく待機場へGOですの~!


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