第109話 最強ババアとやんちゃな孫(的なアレ)


「ぐっ……!? マジでなんなんだよこのふざけた風魔法スキルは……!?」


 深夜。


 影狼は自宅のリビングで荒い息を吐いていた。

 自らの動きを完全に封じ込め声さえ外部に届かせない異常な風魔法の牢獄から抜け出そうと、各種スキルを発動させながら悪戦苦闘しているのである。


 1週間ほど前に遭遇した埒外のバケモノ。

 銀髪褐色の少女に捕まって以降、影狼はずっとこの風の牢獄に囚われていた。


 幸い、少女が宣言した通りに食事の世話はしっかりされているし、風のなかは不本意なことに寝心地もよく、探索者がダンジョン攻略中に催したときのために使われる浄化魔法機能つきオムツ(あまり需要はない)もあって健康に支障はない。


 このままいけば約束通り2週間もしないうちに解放するという話も嘘ではなさそうで、そこまで焦って脱出を試みる必要はなさそうだった。


 だが――、


「あんのバケモノ……! マジで自宅特定したうえに台所でばかでけぇ肉焼いたり好き勝手しやがって! いやまあなんかやたら美味かったが……なんにせよ絶対この拘束解いて一泡吹かせてやるからな!」


 影狼は引き続き全力で拘束を解除しようと足掻いていた。

 あの怪物少女がカリンに接触しようとしていることを警察に知らせるためだ。

 まあ既に監禁から1週間以上経っているのでもう意味がないような気もするが……ここまでくるともう意地の問題だった。


「マジでふざけた魔法スキルだなこれ……! レベル1000ちょいの俺がいくらももがいてもびくともしねぇうえに日に1回重ね掛けすれば効果が続くとかイカれてんのか……! だが1週間も捕まってりゃ糸口も見えてくる……!」


 影狼はここしばらく鍛えていた感知スキルを全開。

 すると自分を取り囲む風に流れる魔力が朧気ながら見えてくる。

 そしてそのなかで数瞬だけ現れる魔力の薄まった場所に攻撃スキルを叩き込めば……風の勢いが僅かに弱まった。


 この拘束風魔法は、要するに魔法で組まれたパズルのようなもの。

 全神経を集中させなければならないが、感知スキルと攻撃スキルで突き崩す筋道があったのだ。昨日まではコツが摑みきれず時間切れでバケモノ少女に拘束をかけ直されてしまったが、今日のこのペースなら……!


 と何十回目になるかわからない攻撃を風の檻の弱所に叩き込んだその瞬間――ふっ


「……! や、った……!?」


 ふと影狼を取り囲む風が消え、ベッドのうえに投げ出される。

 

「よっしゃ……! やってやったぜ……! ざまみろバケモン……!」


 拘束を抜け出した影狼が歓声をあげる。

 だがその声は非常に弱々しいものだった。

 拘束を抜けるために全力を出し過ぎて精根尽き果てているのだ。

 

 遠隔起動の拘束魔法スキルでこの強さってマジでふざけすぎだろ意味わからんと再度悪態をつきつつ、しかし脱出を成し遂げたことに口角をつり上げる。


 だがそれで満足するわけにはいかない。


 もう意味ないかもしれないが、なんにせあの怪物のことを警察に……と影狼が部屋を出ようとしたそのときだった。


「おー、やるなぁ! 今回こそは解除できるんじゃないかとあえて声をかけずにおいたが、本当に解きおったわ。お主やはり素質はそこまで悪くないぞ」


「……!?!?!?」


 息が止まるかと思った。

 

 カーテンのたなびくベランダ。

 星明かりを背に、自分を監禁した怪物少女が立っていたのである。


「おま……っ、いつの間に……!?」


「ああそうそう。必死に拘束を解いたところ悪いが、もうカリンの心配はせんでいいぞ。妾とカリン、正式に友達になったからな!」


「………………………は?」

 

 ドヤァ……と得意げに胸を張る怪物少女に影狼が唖然とする。

 友達? なんだ? なにかの隠語か? と思っていれば、「ほれ確認してみぃ」と取り上げられていたスマホを渡される。言われるがまま1週間ぶりにネットを見てみれば、


「……………………ああ?」


 ネット中が大騒ぎになっていた。

 なんでもこのバケモノ、シャリーがカリンと互角(?)にやりあった挙げ句意気投合し、散歩気分で深層踏破したあと同接2000万越えのなか友達宣言したという。


 この世の終わりか? 

 つーか意気投合ってそんじゃあ俺のこの1週間の苦労は一体……。


 い、いやそれより、


(ちょっ、待て、なんだこのふざけたネットの考察……!? ありえねぇ……いやでもあの頭おかしいお嬢様とやりあたってのがマジなら……このクソガキまじでアフリカの……!?)


 と影狼がスマホから流れ込んでくる情報の暴力に大混乱していれば、


「うむうむ。やはりいい感じに成長しておるようじゃな。特に感知スキルの伸びがいい。やはり人間、適度な極限状態が最も成長するな」


「あ……?」


 ネットをチェックする影狼に飽きたのか、唐突にそんなことを口にした怪物少女に影狼が怪訝そうな声をあげる。感知スキルの成長って……それができねぇから伸び悩んでてめえみたいなバケモノに遭遇するハメになったんだろうがと悪態をつきかけて……はっとする。


 疲労困憊&情報の暴力で頭がいっぱいだったためにこれまで自分のことにまったく意識が向いていなかったのだが……確かに身に宿る力のキレが違うような……。


 自分の変化に気づいた影狼が慌てて自宅にある鑑定アイテムを使ってみれば……そこには確かに、大きく伸びた各種感知スキルの数値が表示されていた。1週間ダンジョンに挑戦しただけでは決して伸びないほどに成長した数値が。


 影狼は唖然として怪物少女を振り返る。


「お前これ……もしかしてわざとか?」


「いやなに、お主の目が強くなりたい者特有のそれだったのでな。ちょうどいい拘束スキルもあったし、迷惑かけるぶんちょっとおせっかいを焼いたまでじゃ。あ、ちなみにこれは妾が勝手にやったことじゃからな。頼みをひとつ聞いてやるという約束はまだ有効じゃぞ」


「……」


 イタズラっぽく笑う怪物少女に影狼は押し黙る。

 正直、このやべぇバケモノとは普通に縁を切りたい。

 なにやら山田カリンと意気投合したらしいのでどうも悪いヤツではなさそうなのだが、それはそれとして常識の通じないバケモノであることは間違いないのだから。


 ただ、


「じゃあ、俺を強くしろよ」


 恐らくこれは願ってもないチャンス。

 ほとんど反射的に、影狼の口からそんな言葉が漏れていた。

 すると怪物少女はにーっと笑い、


「ふふふ、そう言うと思っておったぞ。よかろう。ちょうど日本に長期滞在できるようになったし、カリンと遊ぶとき以外は暇じゃからな。たまに稽古をつけてやろう。というわけで早速明日あたり、お主の体力が回復したタイミングで深淵あたりに放り込んでやろう」


「いやちょっと待てよ」

 

 思わず食い気味にかぶせていた。

 聞き間違いか? それとも翻訳マジックアイテムとやらの誤作動か? と影狼は本気で疑う。だが、


「どこの深淵がええかのぉ。まあアレか。日本のダンジョンには詳しくないし、最初は優しめにしたほうがええじゃろうからな。戦いやすい草原ステージになっとった奥多摩ダンジョンとやらでええじゃろ。カリンが配信しとったやつ。あー、でもちょっと遠いらしいの。まあ最悪成層圏でも飛んでいけば昼間でもバレずに――」


「だからちょっと待てっつってんだろ!? 深淵!? バカ言ってんじゃねえ!」


 聞き間違いでもなんでもない。

 本気でいきなり深淵に影狼を放り込もうとしている怪物に影狼が声を張り上げる。

 いや確かに壁を越えるために試練が必要というのはわかる。

 だが物事には順序があるだろう順序が。


 と影狼は必死に訴えるのだが、


「大丈夫大丈夫、妾がついておればまあ、十中八九死なんよ」


「1、2割で死ぬじゃねえかふざけんなバカ野郎!」


 呑気にとんでもないことを言う怪物に影狼が再度吼える。


 1、2割に臆するなんてビビりかと思われるかもしれない。

 だがその慎重さこそがダンジョンで生き残るコツ、ひいては長生きして強くなる秘訣なのだ。死んだらレベルアップもクソもないのだから。ゆえに影狼は必死にそう訴えるのだが、


「じゃから伸びんのじゃよ。お主も、この国の探索者の平均値もな。命を失うリスクを重く捉えすぎておる」


「……!?」


 すっと怪物の声音に切り替わった少女に影狼が息を呑む。


「ま、そのあたりは一長一短じゃがな。ダンジョン先進国と呼ばれる国はリスクを軽視する命知らずが多い傾向にあり、子供の頃からダンジョンに放り込まれることもざら。それゆえ犠牲者の数もズバ抜けておる。アフリカなんかもかつてはダンジョンに入りまくって死にまくりのレベル上がりまくりの戦争しまくりで人口が激減したからのー。アレは育成ではなく選別じゃな」


 しかし、と少女はさらに目を細める。


「それゆえ強者の絶対数も多くなりやすい。そして数より質の重要性が増したこのダンジョン社会ではその非効率な〝選別〟が比較的有利に働いてしまっておるのじゃ。ま、それでもやはり〝選抜〟も色々とリスクが大きくてな。日本のようにしっかり社会の基盤を整えたうえで生き残る探索者の母数を増やし安定して多くの探索者を確保するやり方もまた理にかなっておる。そもそもこの国も公安を筆頭に裏では強かにやっとるようじゃし……っと話が逸れたな」


 怪物少女は一度咳払いして、

 

「まあなにが言いたいかというと、命も賭けずに強くはなれんということよ。ズバ抜けた才もないのならなおさらな。もちろんそれで死んでは意味がないから命を賭ける狂気とともに慎重さも必要となるわけじゃが……お主の抱えておる〝慎重〟はいささか趣が違かろう?」


「っ」


「ちょいと調べたぞ。聞けばお主、かつて深層進出した際、運悪く強力なモンスターと遭遇して即座に敗走したそうじゃな? それ以降、ダンジョン探索が少々慎重になりすぎているのではないか?」


「……」


 言われて影狼は押し黙る。

 正直いままであまり自覚はなかったのだが……下層をソロ配信できる身でありながらあれ以降深層に挑戦することを無意識に避けているなど、怪物少女の指摘に心当たりがあったのだ。考えてみればあまりにも当然すぎる伸び悩みの原因が。


「ゆえに、とりあえずその身で直接もっと強い恐怖とバケモノの脅威を感じろ。なんやかんやで殺しまではせん妾とは違う、本物の殺意に満ちたモンスターの恐怖をな。そうすれば深層で臆することなどなくなる。冷静に慎重に命を賭けて修行に励めるようになる。妾相手に命がけで情報を隠し通したときの意地と無謀を常態とし、さらには恐怖のなかでも身がすくまぬようにするのじゃ。なに、もちろんいきなり深淵のバケモノを倒せなどとは言わん。妾がモンスターを追い詰めてトドメはお主、とかやっても大した経験値にはならんしな。というわけでお主自身が深層で十全に戦えるよう、最初の修行は恐怖に慣らしに深淵へいく必要があるのじゃ。理解したか?」


「……わーったよ」


 と影狼は怪物少女の説明にふてくされたように呟き、


「じゃあとりあえず明日は折衷案で最強クラスの深層通常モンスターくらいで慣らし運転をだな――」


「よし! そんじゃあ明日は奥多摩ダンジョン深淵じゃな! 深淵第1層ボスいくぞ第1層ボス! 妾が後衛としてサポートするからお主が深淵ボスと切り結べ! 魔法の余波で死ぬ以前に恐怖が強すぎて精神崩壊するかもじゃが、なあに深層再挑戦にビビっておるような状態で妾にしらを切り通せたんじゃ! 大丈夫大丈夫! 素質はあるからいけるいける! こんくらいやればこの期に及んで日和ったことを抜かすお主の性根も1日で戦士のそれになるじゃろう!」


「ふざけんなてめえさっきより恐怖のハードルが上がってんだろうが! やってらんねぇ俺は下りるぞ――ちょ、その拘束魔法やめろ! あああああああ! こんなバケモンに修行頼むとかやめときゃよかったあああああああああああああああああ!」


 と、逃げだそうとした影狼は再度拘束魔法に捕まりつつ絶叫。

「明日無事に生き残ったら妾のことは師匠と呼ぶように!」とぬかす怪物少女にこれはもしや悪魔との契約では? と思いつつ、全力の後悔に苛まれるのだった。




 ――――――――――――――――――――――――――

 ちなみにシャリファー様は公安の手が回った高級ホテルなりマンションなりに身を寄せると思われますわ!(なんなら元々野生児みたいなもので現在もダンジョンに長期で潜ったりするので、ぼろいアパートとかでも普通にご機嫌で生活できる女王様ですわ)


 ※そして次回は掲示板回なのですが、早いとこカリンお嬢様メインのお話に戻りたいので掲示板回は明日更新してしまって日曜にはちゃっちゃか次にいきますわー!

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