第59話 集団ダンジョン講習


 週末。品川第一ダンジョン。


 都内にあるダンジョンのなかでも下層までしかないその初心者向けダンジョン周辺には多くの人々が集まっていた。


 今年で14歳になる探索者志望の子供たち。

 そして念のためにとついてきた保護者たちだ。


 ベテラン探索者の引率でレベルを獲得するためのダンジョン講習。

 複数の学校から希望者を集め各地で行われるその恒例行事には今回もそれなりの人数が集まっていた。


(今年は去年よりも保護者の数が多い気がしますね。ブラックシェルの件がかなり物議を醸してましたし、その影響もあるのでしょうか)


 講習引率を務める四条光姫は集まった人々を見渡してその数を改めて確認する。

 探索者志望の子供たちおよそ50人。保護者も含めれば80人近くになるだろうか。


 集団ダンジョン講習ではこの人数をしっかり護衛しつつ、子供たちにモンスターを倒させてレベルを獲得してもらう必要がある。


 そしてそのために、引率には過剰とも言える戦力が投入されていた。


 光姫を筆頭に、下層でのソロ探索も可能なレベル900のベテラン冒険者が計4人。

 

 上層はもちろん、仮にモンスターの大群や下層の強化種が現れても大勢の講習参加者たちを確実に守りきれる布陣だ。

 

 ただ、そんな布陣を前にしても参加者のほとんどははじめてのダンジョンに緊張している者が大半。


 なので光姫たち引率はまず緊張をほぐすために講習の説明とあわせて自分たちの実力をしっかりアピールするのだが……なかにはそんな配慮が必要ないほど図太い子たちもいるようで、


「すげぇ! 本物の光姫ちゃんだ! うちらも本当に光姫ちゃんの配信に映ってるよ!」

「あーもうモザイク邪魔だよ! 私たちは別に顔映ってもいいのに! 自動選別AIって融通きかないよね!」


 などと、ヤンチャそうなグループがこっそりスマホを起動させて光姫の講習配信にひそひそと歓声をあげていた。


(……ああいうタイプは早死にするんですよね)


 レベル900の五感でしっかりとその様子を把握していた光姫は目を細める。

 

(あまりやりたくないですが、あとで怖い目に遭ってもらったほうがいいでしょう)


 と光姫は武家出身らしく少々過激なことを考えつつ、


「それでは皆さん。先ほど説明したように私たちがダンジョン内でもしっかり守りますが油断は禁物。レベルを獲得していない人でも倒せるモンスターが大半の上層とはいえダンジョンにはイレギュラーがつきもの。薄闇のなかでは下の階層へ続く落とし穴などの罠を見落とすこともあるので、気を抜かずにいきましょう!」


 ダンジョンに入る際の注意点を繰り返しつつ、今日の集団講習の段取りを説明。

 

 他者の命にかかわる仕事ということでカリンのことは頑張って考えないようにしつつ、光姫は真剣な表情で後輩たちへの手ほどきを続けるのだった。



      〇



「あら? なんだかやたらと人が多いですわね?」

 

 配信のため品川第一ダンジョンに訪れたカリンはきょとんと首を捻っていた。

 ダンジョン周辺に広がる建設禁止エリアに、やけに多くの人々が集まっているのだ。


 一体何事かと思ったが、


「――というわけで事前に説明があったと思いますが、今日は皆さんにモンスターと戦ってレベルを獲得してもらいます。相手は上層モンスターですが舐めていると大怪我に繋がります。事前配布された武器に不安や不具合などあれば遠慮せず――」


「アレは光姫様……? あ、そっか。いまはダンジョン講習の時期でしたわね」


 集団の先頭に立って声を張る光姫に気づき、カリンはすぐにそれが毎年の恒例行事だと思い至る。


「そういえばそんな制度もありましたわねぇ。なんか色々かったるくてわたくしは参加しなかったからすっかり忘れてましたわ。ドレス着用も断固NGでしたし」


 中学時代、先生やギルド職員から頭おかしい子を見る目で見られたことを思い出し少しげんなりする。


「それにしてもまさかこんなところで光姫様に会えるなんて……改めて色々お話したいのに連絡先が聞けずに困ってたんですのよねぇ。せっかくだから話かけたいですが……うぅ、ここは我慢ですわ。お仕事の邪魔ですし、わたくしが現れたらなんだか凄い騒ぎになっちまいそうですから」

 

 自惚れるわけではないが、登録者数700万越えというのはそれだけの影響力がある。

 そのあたり自覚したほうがいいと真冬にも言われたばかりだ。

 なのでカリンはスッ、と完全に気配を消して、


「これからしばらくはどこのダンジョンでも講習とかちあう可能性があるから気をつけませんと」


 言いつつ、守衛さん以外の誰にも気づかれずダンジョンにこそこそ入場。

 配信が終わったあとにでも光姫様にこっそり話しかけるチャンスとかあればいいんですけど、などと考えながらドレス&お嬢様ヘアに変身して下層を目指すのだった。


      〇


「――報告。監視対象山田カリンが急激な速度で地下深くへ移動中。座標からして品川第一ダンジョンに潜行していると思われます」


 都内の一等地。

 国内最強級クラン、ブラックタイガーの本拠地に淡々とした声が響いた。

 仕事人という雰囲気の漂う表情の乏しい成人女性、百々目木どどめき遠子。


 画面越しだろうがなんだろうが一度マーキングした相手の位置座標を正確に感知し続けるユニークスキル持ち構成員の報告に、クランマスター黒井が「なんだと……?」と目を見開く。


「驚いた。まさかこんなにも早く、しかもよりにもよってを引き当てるとは」


 心の底から驚愕したとばかりに黒井が呟く。

 しかしそこに込められた感情は焦りや畏怖ではなく……望外の展開への歓喜だった。


「この時期はもともとダンジョン講習が多い。そこに配信者が多く立ち会うよう遠回しにもさせてもらった。が配信を通してより多くの目に触れるように。だがまさか講習開始初日、それも数ある配信者のなかでもトップクラスの注目度を誇るあのサムライ娘とかち合うとは。ダンジョン崩壊の件といい、ブラックシェルの騒ぎといい、配信者として随分と〝持って〟いるじゃないか」


 それこそ1年近くも泡沫配信者として埋もれていたことが改めて信じられないほどに。


 だが、


「残念なことに、その異常なツキと規格外の能力こそがお前を破滅に追い込むんだ」


 放置していればいずれブラックタイガーの利権や立場を無茶苦茶にしかねないと〝直感〟が告げる怪物、山田カリン。彼女を潰すための手間のかかる策。


 そのはじまりにふさわしいシチュエーションに黒井は口角をつり上げて――隣で待機していた男に作戦開始を告げた。



      〇


「そりゃそりゃそりゃですわー!」


 品川第一ダンジョンに入ってしばらくした頃。


 上層中層をすっ飛ばして下層から配信を開始したカリンは、次々と現れるモンスターを日本刀型の新武器〈ちゅぱかぶら〉で切り刻みまくっていた。



〝うああああああああああああ!?〝

〝お堅いモンスターで有名のスチールバレッドの皆さんがまるでバターですわああああ!?〝

〝打撃耐性のミノタウロス、斬撃耐性のスチールバレッドとはなんだったのか……〝

〝あくまで「耐性」であって「無効化」ではないから……〝

〝100の耐性に1万の攻撃を浴びせたらそりゃ耐えられませんわ……〝



 カリンが主に切り刻んでいるのは、鉱石に脚が生えたような無機物系モンスター、スチールバレッド。名前の通り鉄の塊が如き身体で弾丸のように突っ込んでくる手強いモンスターの一種だ。


 だがミノタウロスの打撃耐性に並んで語られる斬撃耐性持ちの彼らは、〈ちゅぱかぶら〉によって容易く切り裂かれていた。下層素材100個を凝縮して作られた刀の前には斬撃耐性などあってないようなものである。


「よしよし、良い切れ味ですわ。ですがこのスチールバレッド様は血がほとんどないので〈ちゅぱかぶら〉の魔法効果があまり発動しませんわね。さすがに切れ味が少し……あ、良いところにミノタウロス様ですわ!」


「ブモッ!? ブモオオオオオオオオオオオオッ!?」


「たくさん血を吸って切れ味を増すんですのよ~」



〝血の通うモンスターを砥石扱いでおハーブ〝

〝やっぱりこの刀ペット枠ですわ!?〝

〝ちゅぱかぶらちゃんにエサをやって可愛がるカリンお嬢様は可愛いなあ(白目)〝

〝蛮族を越えた蛮族!〝

〝ちゅぱかぶら様「ごくごくですわ! これさえあれば勝ちですわ!」〝

〝血の滴る妖刀にドレス……お優雅ですわね!(白目)〝

〝やってることがもうカーミラかなにかなんよ〝



「ふぅ! 大体こんな感じですわね!」


 数十万を超える視聴者たちが盛り上がるなか、モンスターたちを切り刻みまくったカリンは一息つく。


「皆さんにも十分楽しんでいただけたようですし、鞘の素材もとりあえずこれで十分。ここらへんで一度鞘作りのほうに移行していきますわ」


 カリンは拾い集めていたスチールバレッドの素材をアイテムボックスからドザザザザッと取り出し加工を宣言。今日の配信の目的のひとつ、鞘作りのために超速で素材の下ごしらえを完了させる。



〝今度は鞘か……まあこれは単純に頑丈なだけのやつでしょ〝

〝いやあの刀を納められる鞘ってそれだけでもう脅威では……?〝

〝鞘(超硬度打撃武器)〝

〝額縁でミノタウロス叩き殺すお嬢様が作る鞘でしてよ?〝

〝どんなものが出来上がるか戦々恐々ですの……〝


 視聴者たちからそんな声があがるなかカリンが加工のために魔力を練り上げた――そのときだった。



 ドッ―――――ゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!



「っ!? え!?」


 なんの前触れもなく、ダンジョン全体が大きく揺れた。

 地上のほうから凄まじい爆発音が響き、地震かと思うような衝撃が下層にまで轟いたのだ。



〝!?〝

〝なんだいまの爆音!?〝

〝山田ァ!? またなんかやらかしたのか山田ァ!?〝

〝爆発!?〝

〝音の感じからしてちょっと距離ある感じか?〝

〝カリンお嬢様大丈夫!?〝

〝イレギュラーか!?〝



「な、なんですのいまの……!?」


 突然の出来事にコメント欄に混乱が走り、さしものカリンも下層で経験したことのない現象に目を見開く。


 そしてなにがあっても対応できるようしばし周囲を警戒していれば――異変の答えがコメント欄に殺到した。



〝ヤバい! ヤバいって!〝

〝いまの爆発音カリンお嬢様もしかしていまそこ品川第一ダンジョンじゃない!?〝

〝マジでヤバい!〝



「た、確かにここは品川第一ダンジョンですけど、一体どうされましたの!?」


 影狼の一件依頼、カリンは潜っているダンジョンが特定されないよう気を配っていた。

 しかしそんな配慮をしている場合ではなさそうな雰囲気にカリンは正直に答える。すると、



〝やっぱり!〝

〝カリンお嬢様いまそこヤバい!〝

〝上層でヤバいことが起きてる!〝

〝爆炎石の鉱床があったみたいで大規模爆発事故が起きたらしい!〝

〝上層のダンジョン壁が広範囲で崩落起こして地上への道が完全になくなったうえにダンジョン講習やってた人たちが生き埋めになってるいま!〝

〝光姫ちゃんたちが頑張ってるけど犠牲は時間の問題!〝

〝モンスターの数ヤバい!〝

〝救助間に合わない!〝

〝崩落したダンジョン壁なんて簡単に撤去できない!〝

〝硬すぎるし強引に排除したらもっと崩れる!〝



「え……!?」


 大混乱の最中であることを示すような一貫性のない濁流のような情報。

 逼迫した状況であることが一目でわかる書き込みの数々に、カリンは大きく目を見開いて固まった。

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