第53話 お泊まり会と虎の尾


『緊急速報――都内の探索者クラン〈ブラックシェル〉事務所に対探課の捜査官が突入し全員が緊急逮捕』



「な、なんだかどえらい大事になっちまいましたわね……」


 TVに突如として流れたその速報に、カリンはおののくように呟く。


 警視総監とのコラボを終えたあと。

 あまりの心労にその後の打ち上げも早々に切り上げたカリンは、真冬が1人暮らしをするマンションに転がり込んでいた。


 最近は色々と忙しかったせいでご無沙汰だったが、割と頻繁にお泊まりするため真冬の家にはカリンのお泊まりセットが常備してあったりする。


 そのため気力を使い果たして自宅に戻る元気もなかったカリンは真冬に甘えて久々のお泊まりと決め込んでいたのだ。


 そうしてソファに突っ伏しながら勝手知ったる様子でTVをつけたところにブラックシェル逮捕の速報が流れてきてカリンは目を見開いていたのである。


「ネ、ネットでとんでもない大炎上になっていて正直ビビってたんですが……ま、まあ警察の皆様が逮捕したということは全面的に向こうが悪かったということですわよね……」


 カリンは自分に言い聞かせるように言う。

 それでもまだ各方面の動きの大きさや速度に心臓がドキドキするが……なんかもうここまでくると自分に落ち度があろうがなかろうが関係なく落ち着かない。

 

「ま、今回は色々と結果オーライだったけど、次からは少し気をつけることね」


 様々な食材のぶち込まれた鍋を運んできた真冬が軽くお説教するように言う。


「登録者数500万の影響力は尋常じゃないんだから。あ、もう600万だっけ?」

「さっき見たら650万になってましたわ……」


 軽く震えながらカリンがスマホを掲げる。

 穂乃花との修行風景やら警視総監コラボやらがまたかなりバズったようで、未成年酷使とその救出というニュースバリューもあわさり登録者数がゴリゴリ伸びているのだ。


 確かにこれだけ伸びたら、一挙手一投足がどんな影響を及ぼすかわからない。


 あまり迂闊なことをするとまた真冬に頼ることになってしまうだろう。

 視聴者に楽しんでもらうのは前提として、これまで以上に「お優雅な」配信を心がけなければとカリンは改めて決意する。


「あ、真冬頼りといえば……」


 と、そこでカリンはふと思い出す。

 一連の騒ぎや警視総監コラボなどですっかり失念していたが……実は昨日今日で用意していたものがあったのだ。


 カリンは鍋をつつくのを中断し、アイテムボックスからソレを取り出した。


「はい真冬。今回も色々とお世話になってしまったのでそのお礼ですわ」


 プレゼント用の包装に包まれた箱。

 それを見て真冬が目を丸くする。


「え……お世話になったお礼って、私は今回警察についていっただけでしょ?」

「うーん……そうなんですけど……」


 カリンは自分でも少し言語化に困るように眉根を寄せ、


「なぜだか、真冬にはもっともっとたくさんお世話になってる気がするんですわよねぇ」


「え……」


「まあそれを抜いても普段から結構助けてもらってますし、遠慮なく受け取ってくださいまし!」


「……」


 真冬は少しばかり目を見張りつつ渡された包みを開ける。

 中に入っていたのは――可愛らしいティーカップだった。

 目を見開く真冬にカリンがドヤ顔で口を開く。


「前に真冬がお気に入りのカップを割ったとかで凹んでらしたでしょう? なのでわたくし、そっくり同じモノを加工スキルで再現してみたんですの。あ、もちろんダンジョン素材なんて使ってませんので法律のほうはご心配なく」


「よくもまあ覚えてるもんだねあんな適当な会話。まったく……手作りなんて普通に買うより値が張るだろうに」


 買い物籠に値引きされてない肉や野菜を入れただけで喚き散らすくせにと漏らしつつ、


「ま、ありがたく受け取っておくわ。せっかくだから食後に紅茶でも……いや、夜も遅いしカフェインレス珈琲でいい?」


「お、お砂糖たっぷりでお願いしますわ!」


「はいはい」


 言って真冬はどこか軽い足取りで食後の片付けとお茶の用意をして。

 その後は久しぶりに2人でのんびり他愛のない話に花を咲かせたあと、諸々の事件が一応の決着を見せた安堵でぐっすりと眠りにつくのだった。

  

      ●


 ドンッ!!


 洗練された調度品の並ぶ部屋に盛大な破砕音が響く。


 国内最強クラスの腐敗クラン、ブラックタイガーの本拠地。

 クランマスターの執務室。


 ブラックシェルを電話によって切り捨てた直後、ブラックタイガーのクランマスターである黒井はテーブルに拳を叩きつけていた。


 轟音を立てて真っ二つに折れるデスク。


 その残骸を苛立ち混じりに蹴り飛ばせば、再び凄まじい破壊音が部屋に響いた。


「山田カリン……っ!」


 黒井の口から漏れるのは明確な敵意だ。


 ブラックシェルはブラックタイガーにとって良い資金源のひとつだった。

 

 あまりクランを拡大しすぎると税金や各種奉仕義務が増える。

 そのためブラックタイガーは元メンバーを独立させて実質傘下のクランを複数作り、ダンジョン庁に掛け合って仮入団に伴う補助金をゆるゆるの審査で通し搾取。傘下クランを経由し、ダンジョン素材換金とは別に多額の資金を国から吸い取っていた。その金は政財界への影響力をさらに強めるために使われ、武力と並行してブラックタイガーの地位をより盤石にしていたのだ。


 その仕組みにメスを入れられたばかりか警察の人員補充まで急速に進む展開となり、ブラックタイガーにとって非常に面倒な事態が進行しつつある。


 現段階ではまだまだ大した被害とはいえない。ブラックタイガーの実質戦力は傘下も含めれば間違いなく日本最大であり、警察もおいそれと強攻策には出られないだろう。〈神匠〉部隊が順調に成長したところでそれはおいそれと変わるまい。ブラックタイガーが有する戦力は伊達ではないのだ。


 だが、


「あの非常識なバケモノをこれ以上放置しておけばどう転ぶかわからん……っ」


 かつてダンジョンに潜っていた頃に散々助けられた黒井の才能――危険回避の直感が告げていた。山田カリン本人にその気はなくとも、ここであの人外をどうにかしないと確実にまずいことになる。


「やむを得ん。たとえ龍であろうと、虎の尾を踏んだらタダではすまないと思い知らせてやる。山田カリンボスモンスター退治といこうじゃないか」


 言って黒井は自分を落ち着かせるように息を吐いて。

 絶大な力を持つ山田カリンを潰すべく、仕込みに手間のかかるその秘策の準備をはじめるのだった 。

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