第38話 佐々木真冬の憂鬱



『ああもう死ぬんだと思ってたらいきなりモンスターが爆発四散して……! カリンお嬢様がいなかったら絶対にこの場にいませんでした! 命の恩人です!』


『もう完っ全に不動の最推しです! 一生ついていきます!』


『いやもう衝撃でしたね。ダンジョン崩壊というのは地震なんかと同じでどうしたって犠牲が出るものなんです。今回の渋谷みたいな人口密集地だと特に。出動要請があったときはこれでもかと血の気が引いたんですが……いやぁ、本当に夢かと思いましたよ。僕よりずっと若い子がとんでもない武器でモンスターを掃討して、深層の龍まで殴り殺すんですから。いい年してお恥ずかしいですが、僕ももうすっかりファンですよ』



 スマホに映ったニュース映像に、あの日の渋谷にいた者たちのインタビューが流れる。

 

 渋谷で突如発生したダンジョン崩壊。

 その災害の規模と、それを実質1人で完全鎮圧してみせた山田カリンの活躍は当日の夕方からTVを大きく賑わせていた。

 

 騒ぎになっているのは当然TVだけではない。


〝カリンお嬢様ヤバすぎでしょ(n回目)〝

〝動画のコメントにあった「お優雅トリング」は草〝

〝深層ボスとかはじめて見たし深層ボスが殴り殺されてるのもはじめて見た〝

〝異次元すぎるwww なんだよあのアニメみたいな怪獣決戦www〝

〝ダンジョン崩壊で犠牲者0とか世界的に前例ないのでは……?〝

〝影狼にアイテムボックス封じられた状態でアレってマジ!?!?!??!〝

〝なんなら装備云々抜きでもドレスノーダメ縛り解禁するだけでとんでもねぇことになりそう〝

〝もしかして人間ではないのでは……?〝

〝つ カリンお嬢様が体内から特大武器を引っ張り出す資料映像〝

〝↑それは削除しなきゃダメって言われてましてよ!〝

〝でましたわね~! カリンお嬢様の意向を繰り返し無視するおバカさんは通報通報! ヤツザキ春のBAN祭り開催ですわ~!〝

〝マジで一瞬で凍結してておハーブ〝

〝カリンお嬢様ファンの数と忠誠心が天元突破してますわwww〝

〝そらまああんだけの偉業成し遂げたうえにガチで命助けられた人とその親族もいると考えたらなwww〝

〝普通なら信者怖ってなるけどこれはまあしゃーないww〝

〝あまりに衝撃的な絵面だったから拡散してネタにしたくなるけどさすがにあの人数を助けるためにやむなく発動したスキルを茶化すのはアレだしな。なお隠しきれないチンピラ言動などについては信者さんたちも「まあ、うん……」という態度な模様〝

〝しかしまあ色々ツッコミどころはあるにせよマジでかっこよかったわ〝

〝わたくし女ですけど正直抱かれてぇてぇですわ……〝



 SNSや掲示板。

 検索欄に「山田カリン」「お嬢様」と打ち込めば無数の書き込みが溢れ、ネットの話題はほとんどそれ一色だ。


 いままでもカリンのトンデモな活躍が話題になることは多々あったが、今回の騒ぎはあまりにも劇的すぎた。TVで繰り返し報道されていることもあり、当分の間その熱は冷めそうにない。


「あの子の実力なら一度跳ねればあっという間だとは思ってたけど……想像よりずっと早くカッ飛んでいっちゃったわ」


 と、スマホをいじってカリンの話題一色のネットに溜息をつくのは佐々木真冬だった。肩の辺りで切りそろえられた黒髪が美しい、氷のような美少女である。

 

 カリンが親友と言ってはばからない中学からの同級生。


 そんな彼女はいま、人気のない路地裏に1人黄昏れるように佇んでいた。

 スマホをいじり、少しばかり不満げな表情で先ほどから時間を潰しているのだ。


「おや、これは珍しいものを見た。なんだかフラれたみたいな顔をしてるよ?」


 そのとき。

 1人の女が音もなく真冬の傍らに現れた。


「かつては裏で〈毒蜘蛛〉なんて呼ばれてた神童が随分と年相応の顔をするようになったじゃないか。良い出会いでもあったかな?」

 

 真冬に飄々と軽口を叩く女は、どこか奇妙な雰囲気を纏っていた。

 ニコニコと人懐こい笑みを浮かべる相貌は妙に認識しづらく、服装や体格を含めてどうにも印象に残らない。美女だとは認識できるが、なぜか酷く存在が曖昧だった。


 そんな胡散臭い女に、真冬は刺々しく口を開く。


「その年増の毒婦みたいな通り名で呼ぶのはやめろと何度も言ったでしょう。それと、仮にも社会人が学生を呼び出しておいて開口一番セクハラですか?」


「おいおいただの冗談じゃないか。それに……文句を言いたいのはこっちだよ」


 女は少しばかり真面目な口調になり、早速本題を切り出した。


「自作のアイテムボックスに深層ボス瞬殺って……のことをなんでいままで秘密にしてたかね。君あの子と付き合い長いんだろ?」


「私は正確には引退した身。あんたらへの報告義務なんてないわ。仕事なんて関係なく出会った友人の情報ならなおさらね」


「はぁ……相変わらず口が回ること。まったく参るね。なんにせよああいう逸脱者はボクたち公安へ事前にちゃんと報告してもらわないと。こちとらアメリカ様の手前、ダンジョン後進国で通ってるんだから」


「まだそんなこと言ってんのバカバカしい。まさかそのくだらない気遣いのためにブラックタイガーとかいうゴミクランをのさばらせて若い芽を摘ませてるとか言いませんよね?」


「あはは。それはさすがに穿ちすぎ。お上だってそろそろどうにかしたいと思ってるよ。ただうちは法治国家だからね。一度力をつけられると、スマートに潰すってのも難しいし時間がかかるんだ」


 そこまで言って、ふと女が笑みを深める。


「……そういえば最近、ブラックタイガー所属の炎上系若手エースとトラブル起こして将来的にタイガーとも本格対立しそうなとっても強い探索者が出てきたんだっけ」


 瞬間――ピィンッ。


 軽口を叩いた女の首筋に一本の糸が張られていた。

 少し力を込めれば絞め殺すか首を跳ね飛ばすかできそうな糸が。


「私はとっくに引退した身ですけど――」


 真冬が絶対零度の声音で呟く。


「あの子を利用するつもりならあなたでも容赦しませんよ。それに、下手にあの子を刺激しないほうがいい」


 そして真冬は真剣な声音で言葉を続けた。


「山田カリンの探索者としての実力は、もうとっくに上から数えたほうが早いから」


「……念のために確認するけど、それは日本で?」


「世界で」


「……」


 それを聞いた女の頬に一筋の汗が伝う。

 真冬が冗談やくだらない駆け引きでそんなデタラメを言う女ではないと知っているのだ。


「いや本当に参るね」


 降参降参とばかりに両手をあげた女が大きく息を吐く。


「これで我が国も、あがめ奉り便宜を図って大人しくしていただくしかない荒魂超人が3人か。まあカリンちゃんはまだ暫定だけど。なんにせよアメリカ様に隠すのも限界があるよ。ていうか彼女は動画配信で普通に表に出ちゃってるし」

 

 女は少し冗談めかして続ける。


「ま、でもそんなカリンちゃんがあそこまで善玉ってのが救いかな。まっとうな冒険アニメの影響が強いみたいだし、そう考えるとダンジョンものを推しまくってた国の政策も無駄じゃなかったってことかね」


「いやあれは普通に税金の無駄でしょ。国が推進したタイトルは全部爆死したんだから。普通に民間企業と優秀な個人クリエイターの手柄ですよ」


「……わかってるよ。公僕として雇い主を庇ってみただけ」


 女は遠い目をする。


「あ、ところでアニメといえば個人的に気になってたんだけど」


 女は思い出したとばかりに真冬を責めるような表情を浮かべた。


「アニメ好きはいいとして、君が側にいながらあの子があれだけ非常識なのはどういうこと? 強さに自覚がないだけならまだしも、アイテムボックスまでアニメと比べれば普通とか言ってたあの配信はボクも久々に頬が引きつったんだけど?」


「……」


 真冬が少しばかり声を詰まらせる。

 だがさすがになにも言わないわけにはいかないと観念したように、やがて小さく口を開いた。


「……ダンジョンの奥地や探索者の強さについて語りすぎて私の前歴を悟られたくなかったからというのがひとつ。あともうひとつは……あの子が『ダンジョンアライブ』についてあまりにもまっすぐな瞳で語るもんだから……夢を……壊せなくて……」


「……そ、そう。なんだか本当に丸くなったみたいだね君は」


 予想外の返答に少し戸惑いながらも、女は一応の納得を見せた。


「……まあ言い訳をさせてもらえば、あれでもセーブさせてるほうだけどね」


 真冬が少し気まずそうに言葉を続ける。


「本当にまずい話は配信で口外させないようにしてるから。『全部は語らないほうが優雅だよ。セツナ様も割と秘密主義だったでしょ?』とか言い含めてね」


「おいおい……まさかあのお嬢様、まだ上があるっていうのかい?」


「言ったでしょ。世界でも上から数えたほうが早いって」


「……」


 真冬の言葉に女は「はぁ」とまた大きく息を吐く。

 だがそれから少し思案したあと「まあうん、そういう感じか」と納得したように頷いて、


「そっかそっか。そこまで理解してる君が側にいるなら下手に監視を増やす必要もなさそうだ。そもそもアレを相手にこっそり監視つけるとかほぼ無理ゲーだし。〈毒蜘蛛〉を怒らせるのも面倒だからね。あとは君に任せたよ」


 そう言って、女は先ほどまでのしつこい問答が嘘だったかのようにふっと姿を消すのだった。


「……言われなくても」


 再び1人になった路地裏で真冬はぽつりと声を落とす。


「私が怪我で擦れてたとき、あのバカみたいな言動で救ってくれた親友だもの」


 それは普段のドライな声音とは違う真摯な感情がこもったものだ。

 だがそれと同時に真冬は再びスマホを起動して、


「ま、あの子がいつまでそう思ってくれるかは知らないけど」


 いじいじとスマホを操作。


 すっかり人気者になってしまったカリンのネット上での評判を眺めながら、少し拗ねるような声を漏らすのだった。



―――――――――――――――――――――――――

※追記。書き忘れてましたが「お優雅トリング」はコメント欄から拝借いたしました。作中掲示板ばりに現実のコメント欄も上手いことを仰るかたがいてビビります。問題あるようでしたら修正しますが、今後もツボに入ったものを引用(?)させていただくかもしれません

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る