第2話 ドロップキックお嬢様
男はカリンからまだかなり距離がある位置におり、ダンジョンの頑丈な壁に向かってなにやら呟いてた。
「はあ? 他の冒険者への迷惑? 俺様を誰だと思ってるわけ? 24歳で下層ソロ攻略を達成した影狼砕牙様よ? 湧いたモンスターとか全部ワンパンで刈り尽くすっつーの。お前らと違って後処理もちゃんと考えてっから。つーかそもそも
誰かをせせら笑うような、バカにするような口調。
だがそんな独り言は大した問題ではかった。
男が手に持っていた火種。それに照らされた紅色の石。
「え」
遠距離からでもその存在をはっきり視認したカリンはぎょっと目を見開いた。
なにせそれは、カリンでも知っている危険物だったのだ。
爆炎石。
火種さえあれば少量でも絶大な威力を発揮する、数年前に新しく見つかったダンジョン産の希少鉱物。堅牢な甲殻を持つ巨大モンスターでさえ容易く吹き飛ばすそれはしかし、ひとつの大きな欠点があった。その爆発とともにまき散らされる匂いが大量のモンスターを呼び寄せ凶暴化させるのだ。
ダンジョン庁がボス部屋以外での使用を控えるよう繰り返し呼びかけており、色々と世情に疎いカリンでも知っているほどの危険物。
そんなものがいままさにダンジョン下層で爆破されようとしていると気づいたカリンはその瞬間、
「なにやってんだてめぇオラアアアアアアアアアア!」
「は? ぶおっほおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ドッゴオオオオオオオン!
爆速のドロップキックをかましていた。
緊急時でもないのに下層で爆炎石に着火するなどテロリストまがいの狼藉者に違いない。そうでなくともいまのカリンは自分の配信をフェイク呼ばわりされた挙げ句圧巻の同接0で気が立っていたのだ。
着火寸前で一刻の猶予もなかったこともあり、彼我の距離を一瞬で0にする超速度で情け容赦なく蹴り飛ばす。
「てめえなに考えてんですの!? 下層で爆炎石なんて危ねえだろ脳みそ詰まってんですのオオン!?」
あまりのことにお嬢様言葉を乱しながら、爆炎石を取り落として壁に叩きつけられた男の胸ぐらを掴む。
「っ!? !?!? ごほっ!? がはっ!? な、なにが!? な、なんだてめぇいつの間に!? 不意打ちなんざかましやがって俺を誰だと――」
「誰だろうが関係ねえですわ!」
ボゴォ!
「ぐはあああっ!?」
カリンの頭突きに男がまた悲鳴をあげる。
命の危機を感じたのか、男は「てめ……っ!?」と完全な臨戦態勢で武器を握った。
が、
「まだ抵抗する気ですの!?」
ドゴオン!
「がっはああああああああっ!?」
男が武器を繰り出すより遥かに早くカリンの腹パンが炸裂した。
あまりの衝撃に男は武器を取り落とすのだが、直前に殺気を感じていたカリンは止まらない。
「こんなバカなことして! あなた成人してますわよね!? お股を痛めて生んでくれたお母様に申し訳ないと思わねぇんですの!?」
ドゴォ! バチィ! ベシィ! ドゴォ!
腹パン、往復ビンタ、さらに膝蹴り。
お説教をかますカリンの打撃がひたすら男に叩き込まれること数秒。
「あら?」
「……」
気づけば男は完全に気絶しており、カリンはふと我に返った。
「ちょっとやりすぎてしまったかしら……。ええと、この方も応急薬くらいもってるでしょうしそれを使って――って、わたくしの腹パンで壊れてしまった1本だけ!? ちっ、成人探索者のくせにしけてますわねぇ」
男の纏う魔力から応急薬の破損を読み取ったカリンは溜息を吐いた。
「仕方ありませんわ。お詫びも兼ねてわたくしの持つなけなしの一本を少しだけお分けしますの」
吹っ飛んでいった爆炎石を回収してからカリンは男に応急薬を一口だけ飲ませる。
「それにしても……普通に止めるだけのつもりでしたのに気絶してしまうなんて。下層にいるならこのくらいの攻撃耐えられるでしょうに、随分と弱いんですわね。……ん? 弱い?」
と、そのとき。
冷静さを取り戻したカリンはふとある可能性に気づいた。
なんだか随分と弱い男。さらには爆炎石を下層で着火するという頭のおかしい行為。
「あ、あれ? まさかこれ、なんらかのイレギュラーで下層に迷い込んで錯乱してらしただけとか……?」
カリンの全身からさっと血の気が引いた。
「そ、そうですわ。よく考えたら仮に炎上目的? とやらでもここまでおバカなことするはずがありませんし、ここは中層も近いエリア。こ、この方きっと中層からの迷子ですわ!? だ、だとしたらいくら爆炎石を爆破しようとしていたとはいえ、悪い事をしましたの!」
カリンは慌ててなけなしの応急薬を男に全投与。
とはいえ応急薬はすぐさま傷を治せるものではないし、加えてダメージが大きいのか男はまったく目を覚ます気配がない。
「や、やっちまいましたわ!」
男を抱えたカリンは大慌てでダンジョンを脱出。
ダンジョン入り口の守衛さんに男を介抱するよう頼み、同業者をボコってしまった経緯を必死で説明した。
が、物証の爆炎石も提出したのになぜかカリンの話は適当に流されお咎めもなし。
気づけばカリンはボコった男とともに救急車で病院に運ばれており、結果医者からは「怖いくらいに健康」「錯乱してるって聞いたんだけど……君なんで来たの?」「16歳女性の健康体サンプルに使っていい?」と診断。「解せませんわ……?」と首を捻りながら何事もなく帰宅することになった。
「なんだかよくわかりませんけど……同業者ボコについてお咎めなしということは問題なかったということでしょうし……大丈夫ですわよね?」
無事帰宅したカリンは遅くなった夕飯を食べながら小さく漏らす。
「けど配信を切ったあとでよかったですわね。仕方がないとはいえ乱暴な止め方になってしまったのは確かですし……あまりのことにちょっと言葉が乱れてお優雅なわたくしのイメージが壊れてしまう場面が多々ありましたもの」
まあそもそも同接0だったので配信を切ってようが切ってまいがあまり関係なかっただろうが……。まあなんにせよ結果オーライですわ。
そんなことを思いつつ、カリンは色々あった気疲れと安堵で帰宅後すぐ眠りにつくのだった。
――だが、このときカリンはまったく気づいていなかった。
〝なんだあのチンピラお嬢様!?〝
〝若手最強の影狼が一方的にやられたんだが!?〝
〝てかなんで下層にドレス!?〝
〝頭おかしいのではなくて!?〝
迷宮壁を爆破しようとしていた男が界隈で有名な迷惑系配信者『影狼』であり……彼が装着していたカメラが奇跡的にまだ生きていたこと。爆炎石爆破未遂という特級炎上行為によって万単位の同接を記録していた男のチャンネルで一部始終がしっかり配信されており、最終的に数万どころでは済まない同接を記録して切り抜き動画がすぐさま数百万再生を突破したこと。
そしてカリンのほうも配信が上手く切れていなかったためにチャンネルがすぐさま特定されネットが祭りになっていることなど。
すやすやですわ! と爆睡するカリンはまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます