【悲報】お嬢様系底辺ダンジョン配信者、配信切り忘れに気づかず同業者をボコってしまう~けど相手が若手最強の迷惑系配信者だったらしく動画がアホほどバズって伝説になってますわ!?

ドラゴンタニシ

第1話 底辺配信お嬢様


「はぁ……いつも通り、チャンネル登録者はもちろん、同接さえ伸びませんわねぇ」


 ダンジョン配信者――山田カリンの呟きがダンジョンの薄闇に木霊した。

 配信の最中にこんな愚痴をこぼすなんて本来はあまりよろしくない。


 しかし問題はない。なぜならいまこの生配信を見ている者は0人。

 いわゆる同時接続者数同接0と呼ばれる状態だからだ。


「こんなことでは、憧れたあの方にはいつまで経っても届きませんわね……」


 スマホに表示される無慈悲な同接0の数字に、何度目とも知れない溜息が漏れた。




 ダンジョンというファンタジーの産物が世界中に突如現れて数十年。

 当時は随分と混乱が起きたようだが、そんな騒乱もいまは昔。

 法整備などが進んだいまではダンジョン探索者も立派な職業のひとつとなり、その刺激的な世界を題材にした「ダンジョン配信」は数ある配信のなかでも指折りの人気ジャンルとなっていた。


 ときに死人も出る「ダンジョン配信」は批判の的になることもある。

 だがその配信ジャンルが規制されることはなく、むしろ国から推奨されていた。


 ダンジョンに潜ることで不思議な力を身に付ける探索者の数やダンジョン素材の産出量は国力に直結する。探索者の母数を増やしたい国にとってダンジョンへの憧れを煽る存在はなんであれ大歓迎だったのだ。


 その方針は配信者という存在が生まれるずっと前から同様で、探索者を題材にした創作物が国の主導でいくつも作られたほど。もちろん国の後押しに関係なく、突如現れたダンジョンという存在は多くの創作者を引きつけた。


 そんな情勢で数多の名作が生まれ続けるなか――山田カリンがはまったのはとあるアニメ作品だった。


 特に彼女の心を熱く照らしたのは、優雅に可憐にモンスターをなぎ倒すお嬢様キャラ。寂しくてひもじかった小学校時代のカリンが前を向くきっかけとなった憧れの存在だ。


( 私もあんな風になりたい)


 そう強く思ったカリンはまず口調や服装を模倣。

 憧れのお嬢様に近づけるよう命がけのダンジョン攻略にも精を出した。


 そしてそんなある日、カリンは「ダンジョン配信者」という存在を知ったのだ。

 画面越しにダンジョンを攻略し視聴者に元気を与える、あの日憧れたキャラクターたちに最も近い存在。


『これですわ!』


 天職だと思った。

 ゆえにカリンは友人にも相談し、なけなしのお小遣いで機材を揃えてすぐさま配信者デビューしたのだ。


 だがチャンネル開設から早1年。

 現実は漫画やアニメのように上手くはいかなかった。


 探索者としての才能は、正直あると思う。なにせいまカリンは下層と呼ばれる領域をソロで進んでいるのだ。高校生、それもわずか16歳でここまでやれる者はほぼいない。


 けれどそんな才能と反比例して、配信のほうはさっぱり伸びなかった。

 チャンネル登録者数3人。同接平均は圧巻の0。底辺も底辺の泡沫配信者である。


 カリンのチャンネルコンセプトは「お優雅なダンジョン攻略」。

 あの日憧れたキャラクターのように、優雅に美しくダンジョンを攻略していくという方針だ。


 ゆえに下層攻略であろうと被弾は0。髪にも服にもモンスターの攻撃をかすらせず、「お優雅」にダンジョンを進んでいるのだ。我ながらそれなりに凄いことをしているとカリンは思う。


 にも関わらずチャンネルがまったく伸びない理由があるとすれば――


「っ! 視聴者ですわ!」


 カリンは目を見開いた。じーっと睨んでいた同接0の数字が1に変化したのだ。

 

「わ、わ、わたくし今年で16の山田カリンと申しますの! いまは下層をお優雅にソロ攻略している最中ですわ!」


 この視聴者を必ず固定客にしてみせる。

 カリンは自己紹介しつつ、張り切ってその拳を振るった。

 迫り来るモンスターの攻撃をすべて完璧に回避し、一匹残らず〝お優雅〟に殴り殺す。

 すると、

 

「っ! コメントですわ!」


 今日の配信ではじめて動きのあったコメント欄。

 な、なにか面白いレスポンスをしないと! とカリンはさらに張り切る。が、


〝まーた生配信風のフェイク動画かよ〟


「え」


〝コメ ントに反応してるってことは背景だけいじってるタイプか〟

〝騙すならもっと上手くやれよ。希少品の浮遊カメラ視点じゃなくてボディカメラ視点にするとか〟

〝また時間無駄にしたわ〟


「ち、違いますの!」


 うんざりしたように連投されるコメントにカリンは叫ぶ。


「たまにやってこられる視聴者にはよく疑われるんですが、この動画は本物で! カメラも懸賞でたまたま中古品が――あ」


 カリンの言葉は途中で途切れた。

 同接0。もうなにを言っても決して届かない。


「あ、ああああ~」


 カリンは情けない声を漏らしてその場にしゃがみ込んだ。


 フェイク動画。

 この手のコメントはいままでにも何度かあった。


 AI技術やらの発展によって、最近は高精度の偽動画も作りやすくなっているのだ。

 いまでは視聴者数稼ぎなのかダンジョン配信者潰しなのか、そういう偽動画を生配信に見せかけて流す不届き者も珍しくない。


 もちろんちゃんと見れば素人でも作り物かどうかは割とすぐ見抜けるのだが……無数のフェイク動画をいちいちチェックする物好きはそう多くない。

  

「ましてやこんな過疎配信ではなおさら……そ れとも」


 カリンは自らがまとうフリフリドレスを見下ろした。

 

「やはりこの服装がいけませんの……?」



 憧れのキャラクターを模した優雅なドレス。

 しかしそのダンジョン攻略にふさわしくない〝お優雅〟な服装が原因で、カリンの生配信はネタ重視のフェイク動画だと思われやすくなっている節があった。


 身バレとかいうのを防ぐために比較的人の多い上層や中層では別の格好をしており、このドレス姿が画面越しでしか目撃されていないこともフェイクを疑われる要因だろう。


 となると視聴者数を伸ばすには一度このお優雅コンセプトを見直してみる必要が――


「い、いやいや、それでは意味がありませんの!」


 自分がなりたい配信者とはただの人気配信者ではなく、あの日憧れたキャラクターのように優雅な戦いでみんなに元気を与えられる配信者だ。


 そこを見失ってはダンジョン配信者を目指した意味がない。 

 もちろん場合に応じたテコ入れや視聴者のニーズに応えたチャンネル運営はしていくつもりだが、〝お優雅なお嬢様〟は山田カリンの根幹。その一番わかりやすい記号であるドレスを脱ぐわけにはいかなかった。


 それに 、コスプレ装備でチャンネルを伸ばしているダンジョン配信者だってちゃんといるのだ。もっと魅せるダンジョン攻略を意識したり、トーク力を磨いたり、改善すべき点はまだあるはず。


 自暴自棄になって自らの根幹をないがしろにするにはまだ早かった。


「……といっても、配信を初めてもう1年。既に色々と試行錯誤してこの有様なのですけどね……」


 自虐しながらカリンは大きな溜息を吐く。


「はぁ……。やっぱり向いていないのかしら、わたくし……」


 まだまだ夢を諦めるつもりはない。

 だがここまで成果がないとなると、ふとそんな弱音も漏れてしまう。


「まあ今後どうするかはあとで考えるとして、とりあえず今日はもう終わりですわね。お腹も空いてきましたし……。それでは皆様、乙カリンですわ~……はぁ、わたくしは一体誰に挨拶しているのやら」


 がっくりと首を折り、同接0の表示をどんよりと見下ろしながらやる気のない挨拶(独り言)を漏らす。どれだけやる気がないかといえば、「これちゃんと配信切れてますの?」「まあいいですわ。どうせ誰も見てないなら同じことですし」と懐にしまったカメラとスマホの扱いも適当なくらいだ。


 まあこれまで何度も同接0にふてくされて操作が適当になることはあったがいつもちゃんと切れていたし大丈夫だろうと、迫り来るモンスターを気晴らしに撲殺しながら帰路につく。


 そうしてカリンが中層にほど近いエリアに差し掛かったときだった。


「そんじゃいまから点火すっからな。『そんなことする度胸あるわけない』とか言ってたアンチども、見てろよ~」


 ニヤニヤとした笑みが想像できるような声が、ダンジョンの薄闇の向こうから聞こえてきたのは。

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