カスタマーズ・アンチテーゼ

小狸

短編

 物に対して愛を持つ。


 作品に対する愛が足りない。


 作者に対するリスペクトを持って。


 作る人が丹精込めて作ったのだから。

 

 そんな言葉を聞くにつけ、私は気持ち悪くて吐きそうになる。

 

 愛、尊敬、リスペクト?

 

 本気でそう言っているのだとすれば、神経を疑う。

 

 どこにそれがあるのだろうが。

 

 愛という文字があるのか。尊敬という価値があるのか。リスペクトするための公認が必要なのだろうか。

 

 この手の話になった時には、いつだって人はそうやって作者側を擁護する。そして都合よく、普段思ってもいないような、愛とか、尊敬だとか、リスペクトだとか、そういう下らない価値のない言葉を遣うのだ。


 素直に気持ち悪いと思う。


 嘔吐ものだ。


 なぜなら物は、そこにあれば物でしかないからだ。


 問うてみたいものだ、ならばお前たちは、愛のある物を選別するのか。


 自分たちに都合のいいものだけに、愛だとか、リスペクトだとか、そういうものを付与しているだけではないのか。


 いつだって人間は、そうやって何でもかんでも感情論に巻き込もうとする。


 心底うんざりする。


 根性論となんら変わらない。


 ――そんなことをしていたら嫌われるよ。


 それも、同じくよく言われる言葉だ。


 嫌われる程度のことを、まさか私が恐れると思っているのだろうか。


 中学生の時なんて嫌いあい嫌われ合いの泥沼であったし、会社に入ったってそれは変わらなかった。


 蹴落とし蹴落とされ、噂し潰し――そんな分かり切っていることを今更取り立てて言われても、何も思わない。


 ――どうしてそんなことをするの。


 これも、良く言われたなあ。


 どうしてと言われても、金のため、としか言えない。


 楽にお金を稼いで何が悪い。


 ああ、そうか。分かった。


 きっと皆が苦しんて死に物狂いで稼いでいるから、私が羨ましいんだろう。


 妬ましいんだろう。


 だけど指摘することも、特定することもできないから、苦し紛れにそう言っているのだろう。


 やはり人は愚かだ。


 馬鹿で、間抜けだ。


 先のことなんて考える訳がない、今が良ければそれでいいからだ。


 どうせ私の人生はまともなものではない。


 誰も助けてなどくれなかった。


 だったらいっそ、お金を稼いでやろうと思うのは自然な試みではないだろうか。


 いいじゃないか。自暴自棄になって人を殺したり身を売ったりするよりは、遥かに健全だろう。


 まあ。


 どうせ何を言ったところで、私の気持ちは誰にも通じないし――意味はない。


 今の私は正しいことをしていないかもしれないけれど、バレていないから、誰にも指摘されていないから、いい。


 皆そうでしょ?


 誠実にだけ生きている人間なんていないでしょ。


 嘘を吐かず、前向きにだけ頑張っている人間なんていないでしょ。


 誰だって嘘を吐くし、ズルをする。


 バレなければ――それは真面目にやっている子よりも評価される。


 そんな世界だろう。


 理不尽や不条理に真向まっこうから向き合うなんて愚かだ。


 初めから向き合わず、斜めに構えて馬鹿にして、裏道を通れば、いつだって私たちは幸せになれる。


 そう――私は、自分の幸せのために、やっているのだ。


 そして、お金のため。


 そうやって己を正当化した。


 私の名前は杖田つえだ楠美くすみ


 職業は、転売屋である。


 

 *



 地方のショッピングモールがねらい目である。


 今日発売のトレーディングカードゲーム、一つで千数円するという、四十枚弱のセットで、発売前から豪華カードが目白押しでネット上で騒がれていた。


 早朝、仲間と共に開店と同時に店内に入り、カードゲームを十箱程購入した。後ろに並んでいた子ども連れの親が、ぐちぐちと文句を言っていた。


 お前らが遊びでやっているのに対して、私は生きるためにやっているのだ。


 年長者に譲るべきだろう。


 それにお店側が何も対策をしていないのが悪いのだ。


 対抗してくる親に対してそれを言うと、子どもは泣きだした。


 これだからガキは嫌いだ。


 自分の欲しいものを、努力せずに手に入れられると思っている。


 きっとずっと甘やかされて生きてきたのだろう。


 聞こえるように舌打ちをして、すぐにその場を離れた。


 そして次にコンビニである。転売に詳しくなさそうな年寄りの爺がやっている時だ。


 箱で五個購入。続いて、付近のカードショップに、バイトとして雇った何人か、買いに行って貰っている人達からの連絡を待ち、待ち合わせ場所の公園で取引をする。バイト代と商品を交換する。


 良し、これで条件は揃った。


 そして、あらかじめ商品名だけ投稿してあったフリーマーケットサイトを眺める。成程、同業者が次々と展開しているらしい。やはりこれはねらい目だったのだ。夕方になり、仕事が終わって、ネット上では、


「在庫がない」


「また転売屋かよ」


「入手できなかった」


「予約してない奴ざまあ」


「ほんと転売屋死ね」


「目の前で全部買われた」


「転売屋も悪だけど、転売屋から買う人も悪だよね」


「買おうとする努力したら?」


「対策しない店が悪い」


 等々のコメントが乱舞していた。


 まあ在庫はなくなるだろう。


 だって私の家にあるのだから。


 努力もせずに何かを手に入れようなんて愚かしいと、そう思う。


 早速ながら、サイトにいくつもの返信が来た。


 限定品でもないのだから、待てばいくらでも販売されるだろうに。


 まったく、こんなカード程度に本気になって金を出すなど、本当、世の中は馬鹿ばかりだと思いながら、コメントに笑顔マークを付けて認識していく。


 結局この日は、七割交渉が成功した。


 初めは誰がこんなもの買うのかと思っていたけれど、買う奴は買うのだ――そうして私の生きるための金が手に入る。


 私達を滅ぼしたければ買わなきゃいいのに、それができない。


 自分の欲望を優先してしまう――本当、世の中に馬鹿が多くて助かる。


 とは言い条、最近は転売屋に対する批判もなかなかどうして強くなってきた。


 しかし仕方がない。


 家族を生かすためには、必要なこと――という理由を頭の中に勝手に作る。その実は、夫の稼ぎが少ないから、小遣い稼ぎで始めたものなのだ。そしてどうやら、私にはその才能があったらしい。


 今では月収だけでも夫の稼ぎを遥かに上回っている。


 亭主関白を完全に否定して、毎日精神攻撃をしている。


 早く死んでくれたら、夫の分の食費は浮くし、生命保険も入る。


 正直に、真っ直ぐ生きることが正しいことだと思っていた私に、今の自分の姿を見せたい。


 憲法に記載がないことでも、法律で定められていないことでも、先生に指摘されて

 いないことでも、ちゃんとあろうとして、真っ直ぐであろうとした、私。


 あの時の私は、間違っていたのだと。


 今でもそう思っている。



 *



 そんな私に転機が訪れた。それにより、私の今までの贅沢な生活は崩壊することになった――と、まあそんな一文が差し挟まれれば、起承転結の内の「転」が確立して物語っぽくなるのだろうが、残念ながら現実はそう簡単にはいかない。


 そりゃ、作家の人が創るものなら、悪は排除される。悪い奴は裁きを受ける。


 勧善懲悪って奴だろう?


 そしてスカッとして、読後感を演出するだろう。


 けれど――現実は違うだろう。


 誰も私の人生を読まない。


 誰も私の人生を顧みない。


 駄目な奴がいい奴になったり、駄目な奴が駄目なまま報われたり、そんなことはないのだ。


 駄目な奴は駄目なまま――徹底的に裁かれる。


 たとえ過去にいじめだとか、人格否定だとか、辛いことがあったとしても、今現在しか見られない。伏線なんてない、過去編など連載されない。


 意味はないのだ。


 今日に至っても、私は転売屋を続けている。


 ネットの反応を見ながら、笑いながら、売れそうな商品を多く買い、フリマサイトに名前を変えて売却している。


 勿論悪いことだという自覚はある。


 きっといつか、どこかのなにかという正義が、私を捕まえるだろう。


 ネットの自警団が特定してくるかもしれない。


 あるいは税務署が殴りこんでくるかもしれない。


 ――


 今は、誰も私を見つけない。


 今はまだ、バレていない。


 だったらそれでいい。


 今のことだけを考えて、見たくもない先のことは後回しにしよう。

 

 

 

 

 

 今日も私は、転売をする。



 (了)

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カスタマーズ・アンチテーゼ 小狸 @segen_gen

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