目視録
小狸
短編
「俺、小説、書くの辞めようかなって思ってるんだよね」
友人のそんな言葉に、僕は驚かなかった。
「そっか」
そして、止めもしなかった。
最近はめっきり更新もしなくなっていたから――そうだろうなとは思った。
久しぶりに更新したかと思えば、1000字程度の短い(しそしてこれは本人には言えないがあまり面白くない)小説のようなものを投稿する。そんなものの繰り返しだったからである。
「一応、理由を聞いても良いか?」
「あー、何だろうな。誰にも見られないから、かな」
返答するのも面倒臭そうに、彼は言う。
本当に辞めてしまうのだろうな――と、雰囲気から何となく感じた。
大学1回生の時に知り合って、そこから意気投合し、一緒に小説を投稿し続けた仲である。それに元々それを提案したのは、翔一の方なのだ。無料小説投稿・閲覧サイト『ノベルン』への投稿。
僕は彼からそれを聞くまで『ノベルン』があることを知らなかったし、そういう意味では、ありがたかったと思う。
「いくら投稿しても、いくら小説を書いても、閲覧数が伸びない、『良いね』の数も、評価の数も伸びないんだよ。それってさなんか、せっかく小説作ってるのに、何も報われないっつうかさ、そんな感じ」
「気持ちは分かるよ」
「分かるか? お前に」
「…………」
僕は何も言えなかった。僕の小説も、決してウケは良くないし、閲覧数が付かないこともままある。
ただ、僕は継続的に小説を投稿していた。
そうすることで、少しずつ閲覧数、「良いね」や応援コメントも増えていった。
一方で彼は、最初こそ連続で、調子の良い時には1日に2、3作小説を投稿していたものの、少しずつその間隔が開いていき、挙句の果てに今に至るという具合である。
「『ノベルン』って、だってもう、ウケる定型が出来ているって言うかさ。俺の書くジャンルは――現代ドラマってジャンルは、奇を衒おうとしている奴の巣窟でしかないんだよ。今の流行の『異世界転生』『悪役令嬢』『下剋上』の要素が入ってなきゃあ、結局ウケはしないんだ」
「そうでもないと、思うけどな」
「そうか?」
友人は、露骨に怪訝な表情を僕に向けた。
「実際見てみろよ、評価数トップは決まって、そういう『分かりやすく短時間にさらっと欲求不満を解消できる文章』なんだよ。俺はな、小説って媒体がインスタント化していると思っているんだ」
「インスタント化? なんだそれ、造語か?」
「まあな。簡単に読むことができて、余計なことを考える必要がなく摂取できる。その代わりに長く摂取し続けると、いずれそれに毒されていく。映画やドラマの倍速再生が当然にまかり通る時代だぜ。小説でもそれが起こらないと、なぜ言い切れる」
「…………」
言わんとしていることは、分からないでもなかった。
今の時代、世の中は大量のコンテンツで
ただ、そんな分析をしている暇があるなら――。
「小説は、最近はもう書いていないのか?」
僕は
「ああ? 最近はめっきり書いてねえよ。書くのが億劫っつうか、もうどうせ読まれないのだから、無意味な労力に思えちまうんだよ。どうせ俺よりも昔から小説を書いている奴がいて、そういう奴らが台頭して閲覧数首位にいって、単行本化されていくんだろうって思うとさ、やるせねえよ」
「……そうか」
ここで、僕が彼を説得し、再び小説の道を歩ませるという粗筋も、悪くはない。物語的だ。そこで新たな友情を育み、二人で新たに小説家として生きてゆく。うん、前向きでありがちな展開である。
しかし、ここは現実である。
何かを辞めようと「決意」した彼の意見は、そう簡単には覆らない。その意志を再燃させるためには、それこそ、僕の方も相当「強い」言葉を使わねばならない。
そして僕は、そこまで殊勝な人間ではない。
彼は僕の友人だし、彼のことを大切に思う気持ちもある。その一方で「そんな簡単に辞めてしまうのか」という諦観もある。
別に良いじゃないか。
大義なんてなくたって。
意味なんてなくたって。
評価なんてつかなくたって。
誰にも読まれなくたって――僕は読んでいるのだから。
書きたいものを書ける場所――創作できるところがあるというのは、僕らのような行き場のない、どうしようもない人間にとっては、桃源郷のようなものじゃないか。
その場所を、そんな理由で自ら捨てるのか?
僕は――そう言いたい気持ちを、噛み締めた。
「…………」
駄目だな、やっぱり僕には、彼を止めることはできない。
少なくとも閲覧数や評価を一定得ている僕の言葉は、どんな言葉であっても、暴力になる。「お前は良いよな」なんて言われたら、何と返答すれば良いか、僕には分からないのだ。
「アカウントは、削除するのか」
「ああ。後腐れないようにな――また伸びてない閲覧数を見るのが、正直辛い」
「そっか」
このやりとりを境に、いつのまにか彼とは、疎遠になっていった。
彼が今何をしているかは、分からない。
ただ小説を書き続けていて欲しいと願う僕の気持ちは。
余計なお世話なのだろうか。
果たして。
(了)
目視録 小狸 @segen_gen
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