奇襲

ネフィラーの山までは、そう時間はかからなかった。


…短い間ではあったけど、空を滑空するのは楽しかった。

元人間だからか、海の異人だからかはわからないけど、空という空間には言葉にならない憧れを感じる。

もしも、魔力などの制限を一切受けずに自由に空を飛び回れたら、どんなに楽しいだろう。


海とは全く違う空の世界を、自由に旅できたら。

そんな想像をすると、とてもわくわくする。

もっとも、空には海と同等かそれ以上に危険な異形がいるし、何より私達にとっては恐怖そのものと言える雷があるけど。


雷…と言うと、再生者尚佗のことを思い出す。

彼と戦った時は、正直ちょっと雷が怖かったけど、今なら大丈夫…かもしれない。

もちろん雷…というか電の攻撃をまともに受ければまずいけど。


…空の世界、か。





さて、そうしているうちに目的の場所へ到着した。

山の中腹にぽっかりと口を開けた空間。その中を覗くと、思わず見たことを後悔するほど大量のアンデッドがひしめいていた。

その数は、おそらく1500はいる。

まるで、大量発生した害虫を見ているような気分だ。


「メイラシア、ガラーレス、クローバンド…結構いるな」

龍神さんが、そこにいるアンデッドたちの種類をつぶやいた。

クローバンドはともかく、ガラーレスは正直恐怖を感じる。有翼人のアンデッドである奴らは、鳥と同じように水中の生物を捕まえることがあるのだけど、それには海人も含まれる。水兵も、特に夜は海の表層付近を泳いでいると奴らに襲われることがある。

当然、捕まったらもはや助からない。


つまり、奴らは私達にとっては事実上の天敵なのだ。

空の異形の中には、海人を獲物にするものもいるけど、空にいるアンデッドで私達を狙ってくるのは奴らだけだ。

ついでに言えば、生きた有翼人は私達を狙ってこない。だから私達は、彼らとガラーレスは別物であると強く認識している。


…でも正直、これは都合がいいかもしれない。

奴らに捕食された同族たちの敵を討つチャンスだ。

私の知り合いにも、何人か奴らに命を奪われた人がいるから、尚更そんな気持ちになった。



「さて、ではどうしましょうか」

カイナさんに対して、シルトさんはきっぱりと言い切った。

「強烈な一撃で、まとめて始末しましょう。変にもつれこませると厄介だわ」


それには、龍神さんも賛成した。

「賛成だな。一撃で全部やれるなら、それに越したことはない」


「アレイの気持ちは察するけど…今は時間もないからね。さっさと仕留めて、国に帰りましょう」


その言葉で、私はちょっと安心した。

シルトさん、奴らと私達の関係を知ってくれているみたいだ。

「いえ、大丈夫です。奴らを殺せるなら、それでいいです」

もちろんあそこにいる奴らだとは言わないけど、それでもガラーレスに同族を食べられ、怯えさせられることは今まで幾度となくあった。

その恨みを、ここで晴らしたい。


「しかし、あれだけの数を本当に一撃で倒せるでしょうか?」


「無理に全部倒そうとは思わない。兵も連れてきているのだし、仕留めそこねたものは普通に倒せばいいわ」


「だな。あくまで時短でやるだけだからな」


そして、シルトさんは手に大きな魔力球を作り出した。

「みんな、これに魔力を注いでくれる?」


「はい!」


「ええ」


「ああ」


私達は魔力球に両手を触れ、魔力を注ぎ込む。

他の人達は知らないけど…少なくとも私は、持てる魔力の大半を注いだ。

これまでに奴らに散らされた同族の敵討ちの気持ちと、私個人の奴らへの恨みと怒りをこめて。


かつて、奴らによってさらわれた同族たちのことを思い返していたら、あっという間に魔力を注ぎ尽くしてしまった。

ほぼ同じタイミングで、他のみんなも終わったようだ。

「ありがとう。これだけあれば、きっといける…!」


そして、シルトさんはパワーの詰まった魔弾を奴ら目掛けて飛ばした。

それは奴らを保護していたガラスのような風の結界を容易く破壊し、奴らに襲いかかった。


地響きのような音が響き、夥しい量の血が飛び散る。

一見、全て倒せた…かに思えたけど、そうはいかなかった。


「討ち漏らしが出たか…」


「ええ。…みんな、構えて!」

シルトさんの声と共に私は弓を、龍神さんは刀を抜いた。

そして、カイナさんとシルトさんは創造されし者リヒトーラスを召喚した。



それから10秒もしないうちに、倒しそびれたアンデッドたちが一斉に出てきた。数はおそらく200ほど、その半分以上はクローバンドだ。

私は弓に矢を番え、渾身の技を放った。


「弓技 [拡散氷矢]」

一度に複数の氷の矢を飛ばし、広範囲を攻撃する。単体でもそれなりに強い技である上、そもそも奴らはさっきの魔弾である程度のダメージを負っているはず。きっと、簡単に倒せる。

そう思っていたのだけど、意外にもそうはいかなかった。というか、大して効いていないようだった。


一瞬焦ったけど、よく考えれば魔力の大半を使ってしまっているのだから当然だ。本来技に魔力は必要ないけど、今の技は氷の矢を飛ばす、つまり魔力を使ったものだ。

魔力のない状態で使った所で、威力はたかが知れている。何なら、魔力が足りない状態で発動しようとすると、技を発動できずに大きな隙を晒す羽目になることもある。

そう考えると、無防備な状態を晒さなかっただけマシだ。


幸い、こちらには龍神さんたちの他に創造されし者リヒトーラスもいるので、魔力を使わない技で彼らのサポートに徹しよう。

もっとも、本当のサポート…というか補助系の技は結局魔力を使うので、普通に攻撃技を使って戦うことになるのだけど。


「[風魔幻影]」

シルトさんは術を唱えて自分の分身を作り出し、一斉に攻撃を仕掛ける。

また、同時に「[領主の追い風]」という術も使い、味方全員の素早さを上げる。

そのおかげで空中でも動きが早くなり、敵の攻撃を回避しやすくなった。


また、カイナさんも私達みんなの防御力を上げる術を使いつつ、岩の刃を手にして敵を薙ぎ払ったりしていた。

言ってはなんだけど、補助系の術や技を一切使っていないのは私と龍神さんだけだ。

まあ、私は使う余裕がないだけだけど。


私は、特にガラーレスを優先的に狙った。

言うまでもなく、積年の恨みがあるからだ。

普段は奴らに逆らうことはできないけど、今なら好きなだけ逆らえる。

そう思いながら、可能な限り徹底的に攻撃してやった。

貫通効果のあるスラッシャーの矢を放って、一気に4体を仕留められた時はすごくスッキリした。


そうこうしながら戦っているうちに、敵は全滅した。

シルトさんが「あっさり終わってよかった」と言っていたけど、私としてはもう少しガラーレスどもを倒したかった。

あんな奴ら、消えればいいのに。


…という私怨はさておき、とにかくこれで国に迫る脅威は1つ消えた。

あとは、国に戻ってもう一つの脅威に対処すればいい。


急ぎたかったけど、魔力がほぼ切れていたせいで急速な飛行が出来なかった。

それを聞いたシルトさんが私を運んでくれたけど、申し訳なかった。

帰ったら、すぐに魔力を回復させないと。


魔力を回復させる方法は、専用の魔法薬を飲むか、十分な休眠を取るかのどちらかだ。

キャルシィさんは急いでと言っていたし、ゆっくり休眠している時間はないので、魔法薬を飲んで済ませようと思う。


あいにく今は持ち合わせがないので、国に戻ったら適当な所で買おう。

お金はたくさんあるし、十分買えるはずだ。


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