難しい話

そうこうしているうちに、木の頂上付近までやってきた。

いや、付近というかまんま頂上か。

なぜなら、どうもこれ以上高い所にはうろ…というか、通れる空間はないようだからだ。

なかなかお目にかかれない高さの木の枝の上から、これまたあまり見られない景色を眺める。


程よく雪を被った森や山、そして町。

普通に空を飛べば見れる景色ではあるが、妙に新鮮に感じられた。


「龍神さん、聞いていましたか?」

カイナにそう言われ、はっとした。

「えっ?なにかあったのか?」


「シルトが、族長さんの代理人と話をつけてくれたんです。族長さんは今不在だそうですが、来るまでここにいていいとのことです」


「そうか。それは助かるな」

ちょうど部屋の中には切り株で作ったらしいテーブルとやけにおしゃれなデザインの椅子があったので、座った。

すると、なぜかアレイとシルトが変な顔をした。

「ん?どうした、お二人さん?」


「いえ、その…遠慮とかしないんですか?」


「遠慮?なんでそんなこと気にするんだ?」


「シルトさんは、椅子に座っていいかどうかは聞いてませんでした。勝手に座っていいんでしょうか…?」


「…ん?」

シルトの方を見ると、こちらも怪訝な顔をしていた。

「確かに、私は椅子に座っていいかは聞いてない。上がり込んでおいて、何も言わずに座りこむのはマナーに反するんじゃないかしら」


「そうか…?」

申し訳ないが、そういうことはわからん。

俺は、マナーとか暗黙の了解とかいうものを理解できないのだ。

それを察してくれたのか、カイナがフォローを入れてくれた。

「仕方ありませんわ。彼は、先ほどの会話を聞いていなかったようです。それに、彼ははっきりしていない事を察するのは苦手なようなので…」


「そうなの?…というかカイナ、あなたはどつして彼のことをそんなに知っているの?」


「えっと、それはですね…」


何やら口ごもったので、はっきり言ってやった。

「カイナは元々俺の同族だったそうでな、俺と同じ特性もあったらしい。だから、俺の気持ちがわかる…ってことなんだろうよ」


カイナは俺を見てきた。でもその目は、怒ってる奴の目だった。

「なんだ?」

数秒間その目を見て、やっとカイナが怒ってる理由がわかった気がした。

もしかして、カイナはこのことを知られたくなかったのか?

彼女は、皇魔女という現在の立場がある都合上、殺人者であった過去を蒸し返されたくはないのかもしれない。

まあ、なんでそんな思考に至るのかは全くわからんが。


「そう…そういうことね」

シルトは納得したようで、アレイも意外だという顔をしたものの納得はしたようだった。



「…この」


「えっ?」

カイナは俺を睨みつけ、呟くように言ってきた。

「余計な事を言わないでくれるかしら」


「どうせ言わなきゃないことだろ。あんたはシルトのお友達なんだよな?なら、何もかも包み隠さずに打ち明けるべきだろ」


「だとしても、殺人者の社会的評価が低いことくらい、あなたもわかるでしょう」


「それはな。だが、それを言うならあんたもわかるだろ?殺人者は好きで殺人者をやってるんじゃないって」


「それはそうですが、実際に人々に迷惑をかけているのですから、いい顔はされません。でなければ、殺人者を捕らえるなどという行為が行われるはずありません」


「どんないきさつがあれ、事実はありのまま伝えるべきだと思うぜ…本当に友達だって言うならな。俺は、友達なんてろくにいない。けど、だからこそ言える。本当の友達には、自分の全てを明かした方がいい」


そこまで言うと、カイナは黙ってしまった。

ちょっと、言い過ぎたか。


昔から、普通に喋ってるのに人を怒らせたり、逆に泣かせたりすることがよくある。

自覚はないのだが、俺は少しばかり言い過ぎたり、人を傷つけることを口走ることがあるらしい。

性格上なかなかはっきりと言えないが、申し訳ないとは思ってる。


だから、今回は謝った。

「あ、ごめんな。言い過ぎたか?」


「いえ…いいのです。…」

カイナは、どこか悲しげな目をした。

やっぱり、言い過ぎたらしい。


「人との関係を築く上で、意図せずして人を傷つける者ほど厄介な存在はいないわ」

シルトが、唐突に喋りだした。


「責めるわけではないけど…あなたはきっと、人の気持ちを理解できないのね。だから平気で人を傷つける言動を取るし、それを自覚しない。どうとは言わないけど…それでは、社会の中で生きていくことは難しいでしょうね」


「よーくわかっておられるな。そうだな、俺は社会の中で生きてくことはできない。だから働くこともできないし、稼ぐこともできない」


すると、アレイがえっ?と言い出した。

「そんなことないと思います。龍神さんは、アンデッドを倒すことに関しては十分に精通してますよね。それを生業にすれば、生活していけるんじゃないでしょうか」


シルトも、それに反応した。

「その通りだわ。現に、吸血鬼狩りの中でも報酬と引き換えにアンデッドの討伐や退治を引き受ける者もいる。…そう言えば、あなたは吸血鬼狩りの頂点…すべての吸血鬼狩りの団員から憧れられる組織、"カオスホープ"の団長なのよね?そんな人が、自らの仕事を収入源としていないのは意外だわ」


確かに、それはあるかもしれない。

だが、それをしない理由がしっかりある。


「それはその通りだ。だがな、俺は…なんというか、こだわりがあってな。昔から、アンデッドを狩るのは仕事であって仕事ではない、って考えなんだ。だから、それで稼ごうとは思わない。まあ、確かにその方が安定してるし、合理的だし、まともなんだが…でも、なんというかな。曲げられないこだわりと言うか…な」


ご多分に漏れず上手く表現できないので、とりあえずなんとかいい感じにまとめる。

まあ、これで伝わったかはわからないが。


「こだわり…ねえ。まあ、そこには干渉するつもりはないわ」

とりあえずは伝わった…のだろうか。

なら、よかった。


「でも、そうだとしても、あなたの殺人鬼としての行いは決して褒められたものではない。人々の平和と秩序を脅かしている以上、完全に見過ごすことはできないわ」


「それに関しては…まあ、何とでも言ってくれ。俺だってわかってる。けど、どうしようもない。今まで何度も試した…子供の時から、ゆうに300回はな。でも、上手くいった試しはない。だから…仕方ないんだ」


難しい話だが、こればかりは本音だ。

俺は、どうしたってまともに生きていく事ができない。

こだわりをなくせだの、人とまともに話せだのと言われても、とてもできない。

だからこそ、社会から外れて…人としてあるべき姿の輪から外れて生きている。


今まで、出来ることはすべてやってきた。

だから、今のが俺の全力であり、本気だ。

もし、これもダメだ、通じないとなったら…

その時は、命を捨てる他あるまい。


だが、自ら命を捨てることは許されない。

それは、生物としての禁忌であるからだ。

そして、アンデッドと戦い…

罪を重ね、日々を生きている理由でもある。


シルトはもう喋らなかったが、アレイは違った。

重々しい雰囲気の中、彼女はどこか悲しげに言った。


「私が、もっと早くそばにいてあげられたら、違ったかもしれない…」


      ◇

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