生きること
「龍神さん、終わったみたいですよ」
アレイに声をかけられ、意識が浮上した。
あれから、一時間も経ってない。…たぶん。
顔を上げると、すごいことになっていた。
緑色や黒色、あるいは水色の体を持つ
さながら、軍隊のようだ。
「おぉ…なかなかなことになってるな。これ、全部でいくらくらいいるんだ?」
「3000人よ。これにカイナの軍を足せば4000人、奴らのちょうど2倍になる」
「2倍か…まあいいだろう」
すると、シルトは何やら不機嫌になった。
「敵の2倍の兵が欲しいって言ったのは、あなたでしょう?」
「…だったな。まあいい。ところで…」
俺は、シルトの身なりについてずっと気になっていた事を言った。
「なに…?」
「あんた、一体何歳なんだ?妙にロリっこなお姿をしてるが」
この魔女さんは、今までに会ってきた皇魔女連中…カイナやルナーズと比べると、明らかに背が低いし、声も高い。
ひょっとしたら、まだ10代半ばとかかもしれない…いや、それはそれでいいんだが。
「え…?」
「あー、もしかして元々身長低いタイプか?なら仕方ないな。てか、よく見たら変な所だけ大きいじゃんか。そこは、アレイと違うな」
何やらアレイが反応してきたような気もしたが、続けた。
「俺の経験上、20前後の魔女は大抵170はある。あんたはどう見てもそんなにない…けどまあ、一応魔女か。そうすると、体重が気になるな。あんた、体重は…」
そこまで言ったとき、カイナが何やらわめき出した。
「あー、失礼!その辺にしてくださらないかしら…」
しかし、カイナは言い切れなかった。
シルトが、突然キレたからだ。
「…ずいぶんと言ってくれるわね!特別扱いしているからって、図に乗らないでもらえるかしら!」
え?と困惑している間にも、シルトは怒り心頭で続ける。
「あなた…私を冒涜するからには、相応の報いを受ける勇気があるのでしょうね!」
「…え?は?」
いや、そもそも何でキレてんだこいつは…。
全くもって、わからない。
そんな俺の様子が気に障ったのか、シルトはますます怒った。
そして、「この戦いが終わったら覚悟しなさいよ!」なんて言って、いなくなった。
あまりにわけがわからなかったのでアレイに助けを乞うたが、何故かこちらにもキレられた。
「はあ…?逆にわからないんですか!?あんなこと言われたら、怒って当然です!私もそうですけど、どんなに親しくなっても、最低限のマナー、礼儀というものがあるでしょう!」
「礼儀…?」
申し訳ないのだが、そういうことは理解しかねる。
俺は、人間の時から、礼儀とかマナーとか、空気を読むとかって事ができないのだ。
首をかしげる俺か、はたまたシルトの如く怒る彼女を見かねたのか、カイナが彼女に「アレイさん、落ち着いてください。彼の性格を考えてあげてください…」とフォローを入れてきた。
するとアレイはため息をつき、落ち着いた声で話しだした。
「大して親しいわけでもない女の人に年齢や体重を聞くのは、常識的には考えられないことです。それと、多くの人は、体格や身長について言及されたり、誰かと比較されれば不快に感じます」
なるほど、それはそうか。
何でそんな考えに至るのかわからんが、とりあえず世間一般の考えではそうなんだった。
となると、シルトに謝らなければなるまい。
「で、君はなんでそんなキレてんだ?」
すると、アレイは「はあ…?」と言いながら、恐ろしい目で俺を見てきた。
「…アレイ?」
「もういいです!こんなに常識がない人だなんて思いませんでした!」
アレイは怒りながら、シルトの後を追うように走っていってしまった。
「あ、おい…!」
何だ…
俺、何かしちまったのか。
別に、悪気はないのだが。
ふと、昔のことを思い出した。
もうずっと昔…人間の子供だった頃の話だ。
俺は幼い頃からゲームと読書が好きで、いろんなジャンルの事に関して結構な知恵をつけていた。
年長の頃には、保育員たる大人とタメを張れるレベルの知識を持っていて、他愛のない雑談のような話ですらも、大人とすることが多かった。
周囲からは、物知りだともてはやされた。
一方で、同級生とは上手くいかなかった。
どういうわけか、友達が出来なかった。
話していると、何故か相手がいきなり怒る。
あるいは、話がつまらないとか言われる。
普通にしていれば、変わってると言われる。
空気が読めないと言われ、のけ者にされる。
しまいには、いじめのターゲットにされた。
それでも、俺は諦めなかった。
人と話すのが好きだったのもあるが、それ以上に…
友達が、仲間が、欲しかった。
だが、それはとうとう叶わなかった。
だから、俺は人と関わるのをやめた。
自分の世界に籠り、暮らす事にした。
でも、一体どうしてそうなったのか…
全くもって、原因がわからなかった。
仕事に就いても、色々と苦労した。
19の時に
突然、肩を軽く叩かれた。
それは、カイナの手だった。
「…?」
「龍神さん。あなたは、なぜ彼女らが怒ってしまったのか、わかりますか?」
わかるわけがない。
いや、何となくはわかる。
でも、上手く言葉に出来ない。
「きっと、薄々わかってはいらっしゃるでしょうね。でも、上手く言葉にならない。そうではありませんか?」
「…なんでわかるんだ」
「以前、勝手ながら異能を用い、あなたの過去を拝見させていただきました。…色々と、困難の多い生涯を辿ってこられたようですね」
「…」
ため息をつき、座り込む。
カイナは少し遅れて、俺の隣に座り込んだ。
「私、以前は冒険者でしたが、さらにその前…転生する前は、先天性の精神障害を持つ人間でした。そしてそれがもとで、正しき道を外れたのです」
「え…?まさか、あんたは…!」
「ふふっ…」
カイナは口に手を当て、かすかに笑った。
「ええ、私は元殺人者です。もっとも私は狂信者…かつてのあなたとは別の種族でしたが」
なるほど…そういうことだったのか。
元々、この魔女に初めて会った時から、妙な親近感を感じてはいたのだが。
「私達のような者にとって、生きることはとても大変なことです。社会からはぐれ、生きる道を見失ってしまうのも、致し方ないでしょう。かくいう私も、かつては詐欺や盗みを働いて、日々を生きていました。あなたが強盗殺人を行っているのも、否定はしません…そうでもしなければ、生きていけないのでしょうから」
その通りだ。
俺は、どうしても社会の中で生きていけなかった。でも、命を捨てる勇気はなかった。だからこそ、こうして日々を生きている。
許されない行為なのはわかってる。でも、やめることはできない。
なぜなら、それは自殺に等しい事だからだ。
「人の気持ちを理解するのは、確かに難しい事です。ですが、だからこそ私達は他の人よりも優しくなる事ができるのだと、私は思います」
「それは、どういう意味だ」
「私達には、人の気持ちは掴めない。であれば、手当たり次第にやるしかないでしょう。小さな穴の中に落としたコインを拾うように、手探りで徹底的にやるしかないのです。私の言っている意味がわかりますか?」
「…ああ」
さすがにそこまで馬鹿ではない。
「礼儀やマナーというものは、確かに難解です。ですが幸いにも、私達でもなんとか習得することができる程度のものです。逆にこれがなければ、私達は本当に人と繋がる手段を失ってしまう。真の孤独が辛いものであること、あなたならわかるでしょう?」
返事が出来なかった。
俺は今まで永い孤独を経験してきた。
そして、それを寂しいと思った事はない。
だが、きっとどこかで思っていたのだろう…気づいていなかっただけで。
だからこそ、アレイとの旅が楽しいと思えているのだろう。
彼女は、何もかもが俺と対照的だ。
なのに、劣等感を感じたりということがまったくない。
これも、考えてみれば新鮮な感覚だ。
これが、どういう意味なのかはわからない。
しかし、少なくともこれだけはわかる。
今、俺が生きることは、アレイを最後まで守り抜き、生かすことだ。
「…」
俺は立ちあがり、言った。
「俺は、知らずして酷いことを言っていたのかもしれない。今から彼女らの所に行って、謝ってくる。…ありがとな、カイナ」
「いえいえ、いいのですよ。彼女たちも、きっとあなたを嫌いになったわけではありませんから」
カイナの最後のセリフは、確かな事であるような気がした。
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