豪華な夜
ラグジュアリーナイトというのは、月に一度だけ、中央広場付近にある「エルトマ」というクラブで開かれるイベント。
多くの一般客や水兵が集まり、一晩中踊りや歌、音楽、飲食を楽しむ。
ただのナイトクラブとの違いは、月に一度しか行われないこと、夜5時から翌朝6時まで行われること。
そして飲食代や参加費がタダであることと、スタッフも参加して楽しめることだ。
私も何度か行った事があるけど、本当に楽しいイベントだ。
もっとも、たまに男性客に変な誘いをかけられたり、しつこくからまれたりして困ることもあるけど…
「まだ少し時間がありますし、今から向かえば丁度いい頃になるんじゃないかと」
今は16時過ぎ。
そして、ここから中央広場までは30分ほどかかる。
「だな。
ちらほら見ながら向かおうか」
◆
今から行けば丁度いい時間につくだろう。
アレイもそう言うので、あちこち見ながら向かうことにした。
歩き始めてしばらくして雪が降りだした。
さらに間もなくして強くなってきたので、やむを得ず急ぎ店に向かった。
結局、店についたのは5時すぎだった。
途中から雪と風が一気に強くなったこともありだいぶ遅れてしまった。
冷えきった体を暖める意味でも早くつきたかったので本当によかった。
店内では立派なミラーボールに反射された光と洒落た音楽をバックにして、多くの連中が踊りやら飲み食いやらを楽しんでいた。
よく見れば、よくあるクラブとは違い、普通の人間や異人と水兵が一緒にいて楽しんでいた。
水兵の服装は、制服だったり私服だったり。
「へえ、水兵も参加できるのか」
「ええ。
それが、このイベントの特徴ですから」
「私服を着てるやつもいるが…
いいのか?」
「そうですよ。
このイベントにお客として参加する場合、服装の制限はありません。
ただ、スタッフは制服を着なきゃないですけど」
「まあそうだろうな…」
ラグジュアリーナイトというイベントの話は聞いたことがあったが、くるのは初めてだ。
最も、俺は踊りたいんじゃなくて旨い酒を飲みたいんだが。
そんな俺の気持ちを汲み取るかのように、アレイはバースペースの空席を指差した。
「あそこに座りましょう」
バーには10の椅子があり、うち8つが空いていた。
俺たちはその中央の椅子に座った。
「いらっしゃいませ…」
バーテンダーは、青い帯が3つ入った帽子をかぶった水兵だった。
「ご注文は?」
「そうね…
スターライクを頼もうかな」
「レギュラーハイボールを頼む」
「わかりました」
そう言えば、アレイはこの水兵を知っているのだろうか?
「アレイは、あいつを知ってるのか?」
「勿論。彼女はフィル。見ての通りここのバーテンダーです。あまり喋らないので、人気はそんなにないですけどね」
「ほう」
「アレイ、余計な事言わないでくれる?」
バーテンダーがしっかり反応してきた。
「え?だってそうでしょ?」
「あまり変な事言わない方がいいと思うよ。
あなた一人ならまだしも、その男が同伴してる以上はね」
「それはあんたには関係なくないか?」
「大有りなの。
そういうのを聞くと、寄ってくる人が少なからずいるからね…結果的に私が迷惑するのよ」
「バーテンダーなら、客と会話しなきゃないだろ?」
「それはそうだけど、私はあくまでお酒を提供して、その席で会話をするのが仕事であって、それ以上の範疇で男の相手をするのは違う」
「それは…まあ…な」
ここでフィルは言葉を一旦切り、氷を入れたグラスにカクテルを注いで、アレイに出した。
「アレイ、スターライクね」
「あ、ありがとう」
スターライクはほのかな甘さが特徴の、アルコール度数が低めのカクテルだ。
言うて俺も嫌いじゃない。
アレイはグラスに口をつけ、少しだけ飲んだ。
「いつもそうやって飲んでるのか?」
「ええ。
それに今日は長めの話がメインになりそうですし」
「話し相手になってくれそうな奴がいるのか?」
「いますよ。
フィルも、私にとってはいい話し相手ですし」
「大きなお世話よ」
「素直じゃないな」
「うるさいわね」
奴はグラスにハイボールを注ぐと、
「ほら、これ持って他に行きなさい」
と、追い出すように他へ行くことを推奨してきた。
「そうだな…そうさせてもらうか。
アレイ、行こう」
「お、あれは」
席を立ち、振り向くとすぐに見覚えのある顔が複数あった。
俺たちが座っていた後ろにも飲食スペースがあり、そこのテーブルの一つを囲んでいたのは…
「セレンたちですね。
折角だし混ぜてもらいましょう」
「ねえ!私たちも混ぜてくれる?」
アレイが元気に切り込んでいく。
「あ、アレイ。いいよ、別に」
「勿論いいわよ?」
ミリーとキュリンは快く承諾してくれた。
もう一人、セレンはというと…
グラスに入った飲み物…恐らく白ワインだろうかー
を、一口飲んでからこちらを険しい目付きで見てくるだけだった。
「みんな、この人を知ってる?」
アレイは三人に俺を紹介しようと思ったんだろう。
だがそんな必要はなかった。
「勿論。
私たちは城で彼と出会ってるから」
「あ、そうか。
それと、まだ誤解してるかも知れないから言うけど、彼は普通の殺人鬼とは違う。
私を殺さないと言った上に、私に弓と術を教えてくれたのよ」
すると、セレンが急に反応した。
「あなたに弓と術を教えたの?彼が?」
「ええ。おかげで、かなり戦えるようになったと思う。それに彼は、私の術の適正まで見抜いてくれたんだよ」
「へえ…それは良かったじゃない。
でもねぇ…」
セレンは俺をちらちらと見てくる。
「セレン、そんなに彼を邪険にすることないじゃない?
私たちだって、彼に助けられたんだし」
「ミリー、忘れたの?
殺人者は、私たちを狙ってくる奴の一つよ。
それに、私は個人的に殺人者を信じたくない。
ただでさえ、私たちを欺こうとする種族や組織は多いのに、ましてや殺人者なんて…」
「随分と殺人者を嫌悪してるみたいだな?」
そう言うと、アレイが弁明してきた。
「仕方ないかもしれないです。
セレンは、幾度となく殺人者に良くない経験をさせられてきましたから」
「そうか、それで…」
「アレイ、変な事言わないでくれるかしら。
こいつに私の事をベラベラ喋らないでよね」
「あのねぇ…
セレンの気持ちはわからなくもないけど、私たちがここに戻るきっかけを作ってくれた人に対して、そんな言い方はないんじゃない?
同族だからといって、私怨を無関係な相手にぶつけるのはよくないよ」
へえ?
アレイの言葉に驚いた。
「そうよ。少しでも嫌いな要素を含むものを全部始めから嫌いだって事にするの、あなたの悪い癖よ。
いつまでもそんな事してると、そのうち友達もいなくなって、仕事もなくなるかもしれないわよ」
キュリンも言ってくれた。
セレンは二人の意見を聞いてため息をつき、
「わかった、わかったわよ。
確かに、彼が私たちを助けてくれた事は事実だし、私怨を向けるのもよくないものね」
改めてこちらを向いて、
「前はありがとう」
と、少々ぶっきらぼうに頭を下げた。
「いや、いいさ。
俺みたいな奴は、信じられなくて当然だからな」
「そんなことないですよ。あの時あなたを信じたから、今私たちはここにいるのですから」
「そうですよ。もっと誇っていいことだと思います」
ミリーとアレイはそう言ってくれるが…
「誇る気はない。俺は自身の正義に従っただけだ。
俺は、虐められたり虐待されてる奴は放っておけないタチなんでな」
「なんかその言い方、ちょっとカッコいいです…」
「そうか?まあいい。
てか、君はもしかして戦闘に関心があるのか?」
「ええ。私たちは普段平和に生活してるけど、最低限の自衛は必要だし、何より前のリアースみたいに、定期的に私たちの身を付け狙う奴がくるからね」
皮肉られてるのは敢えてスルーする。
「それで、君はアレイが強くなった事をどう思ってるんだ?」
「もちろん嬉しいわよ。戦力が増えたんだから。
アレイはついこの前まで、術は使えなくて弓を多少使えるかな、って感じだったんだけど、正直自衛の戦力としてはあまり役に立ってなかったからね」
「随分はっきり言うんだな」
「そうだと思う。でも、何ていうか…オブラートに包んだ表現って苦手なのよ。
ユキさんとかにもそれ言われるんだけど…どうも、言い回しを考えるのが難しくてね…」
「龍神さん、でしたっけ。仕方ないんですよ。彼女は優しい表現が苦手なんです、わかってあげて下さい」
ミリーに、そう諭された。
「そうか…まあ悪く言うつもりはないが、気を付けろよ。素直なのは悪い事じゃないが、時と場合によっては相手を傷つける事がある。
それも、自身が思うのと違うシーンでな」
「アドバイスどうも。
それと、何飲んでるの?」
「俺はレギュラーハイボール。アレイはスターライクを飲んでるよ」
「そう。酔った勢いで誰かに手上げたりしないようにね」
「そこまでグビグビ飲まねぇさ。
そっちこそ何を飲んでる?」
「私たちは皆同じよ。カルヴァネードを飲んでる」
カルヴァネードはグルルという酒をベースに、ライムジュースと砂糖を加えたカクテルだったはず。
ラムをグルルに変えたダイキリ、ってとこだが、味は結構違う。
「へえ、結構強いの飲んでるんだな」
「私たちは話をしながら、少しずつ飲むからね。
それに、私はグルルベースのカクテルが好きなの」
「私も同じです。
酸味が強い方が好きなので」
「私は別にカルヴァネードは好きではないですね…
嫌いでもありませんが」
キュリンとセレンは好きだが、ミリーは好きって訳ではないようだ。
「ほほう…
てか、水兵って何歳から飲めるんだ?」
「13歳からですね。私たち含め、結構強い人が多いです。アレイはわかりませんけど」
異人は種族によって飲酒·喫煙ができる年齢が異なる。
早いとこでは12歳、遅いとこでは20歳と聞くので、13歳からってのはかなり早い部類だ。
因みに殺人者は15歳から出来るって事になってるが…
まあ言うまでもあるまい。
「意外と早いんだな。
すると、喫煙してる子もいるのか?」
「喫煙はしません。禁止されていますから」
まあ、よく考えれば当たり前か。
外見とイメージが最重要事項である彼女らにとって、煙草はご法度なのだろう。
まあ俺も吸う気はないが。
「そうか。ま、煙草なんか吸ってもいいことないだろうし、いいんじゃないのか?」
「私もそう思います。
…龍神さん、やっぱり彼女たちの楽しい時間を邪魔するのは悪いですし、他へ行きませんか?」
「だな。邪魔して悪かったな」
「そんなことないですよ。
久しぶりにあなたと話せてよかったです」
という訳で、俺とアレイは他へ行くことにした。
三人と別れて店内を散策していると、店の奥、ダンススペースほどの広さの所に椅子とテーブルが並べられた場所を見つけた。
そしてそこには、フィドルを肩から下げた見覚えのある顔の水兵がいた。
「あれ、あいつは…」
確か、ついさっきの魔法店の店主。
「あ、いましたね」
アレイはそう言って、彼女に近づいていく。
「あ、アレイ。それに…さっきの…」
「さっきぶりだな」
「やっぱりここにいたのね、マーシィ」
マーシィ…か。
そう言えばこの子の名前を聞いてなかったな。
「そりゃあね。
ここは私のホームポジションみたいなものだからね」
「そう…ね。
あ、龍神さんには言ってませんでしたね。
彼女はマーシィっていいます」
「そうです…私はマーシィ·エルダンテ。[理力]の異能を持っています。
母方の祖先は、セントルの魔女の一族、エルド一族です」
エルド、という名前を聞いて真っ先に、
「エルド…か。懐かしい名前だな」
という言葉が口に出てきた。
すると、二人の目が輝いた。
「え、龍神さん、もしかしてマーシィの祖先を知ってるんですか!?」
「あら、私の祖先をご存知なんですか?」
「ああ…君の祖先、メラリー·エルドには世話になった。
あいつはえらく優秀な魔女だったよ。
そして、とても心の優しい奴だった」
「どういう関係だったんですか?」
「単なる腐れ縁さ。今では考えられない話だが、1000年くらい前に魔女が迫害された事があったんだ。
その時に、俺はあいつに出会った。
俺は俺で、中央の役人に追われてたんでな。利害の一致で協力し合うことになったんだ。
そして、それから二人で5年くらい逃げ続けた。
その途中で、あいつの人柄を嫌って程知ったよ。
それでわかったんだ。
やはり魔女は悪人などではない、とな。
…てか、よく見れば確かにあいつと似てるな。
髪の色、瞳といい…」
メラリーの髪は清らかな青色だった。
そして瞳は、パッと見は紫に見えるが、覗き込む角度によって青にも赤にも見えるという不思議な色だった。
そしてこの子…マーシィも全く同じだ。
「1000年…
龍神さん、そんなに生きてたんですね…」
「ただの殺人鬼ではないようですね。
私のように、特別な血を引いているのでしょうか」
よく見れば、マーシィは首に水色の目玉のような宝石をかけている。
忘れるはずもない。あれは、魔女の瞳…
魔女の瞳とは特別な宝石で作られたアクセサリーで、魔力を増幅させる上、新たな異能を使えるようにするなどの追加効果もある魔女·魔皇特有のマジックアイテム。製造法は奴らにしか伝わっておらず、また仮に魔女·魔皇以外が身につけても恩恵は受けられない。
本人だけでなく子孫代々に受け継がれるため、あれを持っていて、かつ力を引き出せるという事は自身が正当な魔女·魔皇ないしその後継ぎであることの証明にもなる。
「いいや、別にそういう訳じゃない。
ただ、昔の知り合いに選ばれたってだけだ」
「そうなんですか…」
…そして、マーシィが身につけているあれは間違いなく、メラリーのものだ。
「それで、ここで何をしてるんだ?」
フィドルを持ってる時点で見当はつくが、一応聞いてみた。
「詩を詠っているんですよ。私は、大陸各地を旅する吟遊詩人なんです」
なるほど、それで制服に帯が入ってないのか。
「吟遊詩人ねえ…
水兵にしちゃ珍しいな」
「父が吟遊詩人だったので、それを継いだんです。
いつもは大陸の各地を吟遊していますが、半年に一度、一ヶ月間レークに戻ってくるんです」
「じゃ、今は冬休み中か?」
「そんな感じですね。年明けにはまた旅に出るので」
「いつぐらいから旅をしてるんだ?
あと、生活費はどうしてる?」
「旅を始めたのは24年前、復活の儀の翌年からですね。生活費は、主に旅先で魔法薬や魔法道具を売って稼いでいます。材料は持っていくのもありますが、多くは途中で工面しています」
「へえ…
詩はどんなのがあるんだ?」
「色々ありますが、歴史に関する詩が多いですね。私が旅の途中で作ったものだけでなく、父から受け継いだものもあります」
「歴史に関する詩…ねえ」
「何なら、一曲いかがですか?」
「何かいいのがあるのか?」
「ええ。
龍神さん、でしたね。レークの歴史はご存知ですか?」
「いや、詳しくは知らんな…」
「やはりそうですか。
では、それについて詠った曲を一つ…」
マーシィがフィドルを下ろすと、アレイが言った。
「いつものね。
でも確かに彼は知らないだろうから、丁度いいと思うわ」
「そうでしょ?
それでは…
古の詩 水兵の始まり
ジークの東の海底に暮らせし海人、古(いにしえ)より陸に興味を抱き、幾度も上がらんとするも、崖に阻まれて叶わず。
されどある時、群れの掟を破りて海の南西に渡った海人、陸に平安なる砂浜を見つけたり。
海人は数人の仲間をつれ、密かに群れを離れて泳ぎ続けた果てに砂浜へ辿り着き、念願の陸の大地を踏んだ。
海人たちは海岸を開拓し、集落を築いた。
やがて海人、陸の地に適合してゆき、男は水夫、女は水兵となり、とうとう海兵と種名を改めた。
海人の集落は村となり、ついにレークの町となった。
長い時が流れ、最初に砂浜を見つけし海人、娘を残し没す。
娘、町で最も見晴らしのよい高台に母の墓と自身の住居を築き、以降これをシルミィ神殿と名付けた。最初に先の海人たちの踏みし砂浜は、これをテマクの砂浜と名付けた。
今に生きる水兵の長、その娘の末裔なり」
見事な詩だ、と思うのと同時に疑問も湧いた。
だがそれを口に出す必要はなかった。
「この詩には続きがあります。聞きますか?」
「もちろんだ」
「では詠いますね。
レークの町の誕生より、何十万年かの後。
突如として、テマクの砂浜に魚雷と共に海底の者来たれり。
それは海底の国、モルゲイの使者であった。
モルゲイの使者、集まった海兵に対し、汝ら我が国にその身を捧げよと声明を出すも海兵、これを拒む。
するとモルゲイの者は一度国に戻り、軍隊を連れて戻り来たり。
海兵、命懸けで戦いてこれをなんとか退けるも、この日より海兵、日頃より彼の国より狙わるる事となる。
それから15年の後、ついに海兵の男一同、団結して立ち上がり、250の戦艦に乗り込み、女に見送られながら海底の国を潰すべく出発す。
その後、男たちは帰らざるも、海底よりの侵略もまた途絶えた。
残された女たちは、己が種族を水兵と名乗った」
…なるほど、そういう事だったのか。
水兵達が自身を海兵と名乗らないのは、かつて確かに存在し、あの日以降二度と帰らなかった男たちの事を思い出さないようにするためなのかもしれない。
「相変わらず素敵な詩ね、マーシィ」
「…見事な詩だった。
なんで水兵に男がいないのか疑問に思ってたが、そういう事だったんだな」
「ありがとう…ございます。
正直私は、この詩好きじゃないんですけどね。
悲しい歴史なので…」
「そうだな、確かに悲しい歴史だったな…」
ここで俺は言葉を一端切り、真剣な面持ちでマーシィを見た。
「…話は変わるが、八大再生者に関する詩はあるか?」
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