古の詩

「八大再生者というか、七大再生者の詩ならありますよ。

[古(いにしえ)の詩 七大再生者]というものが」


「七大の方でもいい、詠ってみてくれるか?今、ここで?」


「ええ、いいですよ。

アレイも、折角だから聞いてくれる?」


「いいよ。

私も再生者には興味があるし」


「では…」

マーシィはフィドルを取り出し、詠い出した。

「古の詩 七大再生者

今は昔、黒界の地に七つの生ける死者あれり。

千古に彼の七人を呼びしは、酸鼻たる死の始祖。

彼の者共、いずれも他の生ける死者より強し。

猛る地維 王(おう)典(すけ)

疾の悪女 流(る)未(み)歌(か)

燐火の魔女 楓(かえで)姫(ひめ)

腐海の泡沫 ラディア

氷(ひ)哀(あい)の水兵 メレナ

悪性新不死生物 ルベロ

霹靂の帝 尚佗(しょうた)

彼の七人、決して抗えぬ脅威なり。

彼の七人、我らが同胞の敵なり」

文章も見事だが、詠い上げる声も綺麗だった。

彼女が詠い終えると同時に、拍手したくなった程だ。

「どう…でしたか?」

マーシィは恥ずかしそうな、だがどこか期待しているような表情と声調で聞いてきた。


「とてもよかった。すごかったよ」


「素敵だったよ、歌声も、歌詞も」

するとマーシィは、

「アレイだけでなく、外部の人にもそう言って貰えるのは嬉しいです…」

と、照れくさそうに笑った。

「こんな綺麗な詩を詠えるのに、なんで聞く奴がいないんだ?」


「今の時間はまだ誰もこないんです。

もう少し夜がふければ、常連さんが来てくれると思います」


「そういうことか。人気はあるのか?」


「人気がある、かはわかりませんが、皆さん結構喜んで下さいます。

多い時は30人ほど聞いてくれます」


「結構いるんだな。

そんなにいるんならいいじゃないか」


「そうですね…」

マーシィは誉められて少し嬉しくなったのか、

「八大再生者の詩の後は、生の始祖の詩と三聖女の詩ですよ!聞きますか?」

と、元気に聞いてきた。

「三聖女というと、生の始祖…シエラとその二人の仲間のことか」


「そうです!彼女らの詩もあるんですよ」


「なら聞かせてくれ。

あいつらのことは結局よく知らないんでな」


「では、まず生の始祖の詩から詠いますね。

古の詩 生の始祖 

第八の儀式、死の始祖の顕現より13000年目の儀式。その後に現れし、魔才の優秀なる子。

彼女は人間にして、忌むべき子とされたいずれの異人より優れた逸材であった。

人々と不死者、彼女に死の始祖の面影重ね、恐れ、殺めんとするも、神、それを許さず。

娘、死の誘惑をはね除けて成長したり。

そんな娘には、幼き頃より二人の仲間があった。

娘と共に魔導を学び、育ちし者、苺。

豊富な魔力を有し、二人を見守りし者、凛央。

やがて娘は魔導の道を極め、人の身を改めて陰陽の道をゆく。

古より共にあった二人の仲間をつれ、死の定めに抗わん。

七大再生者を封じ、死の始祖をも北東の枯れた地に追いやった彼女は、後に生の始祖と、望まれし子と呼ばれた。

娘の仲間は、娘と三人まとめて三聖女と呼ばれた」


こんな事を言ってはなんだが、本来この世界で聖女とは修道士系という系統に属する種族の女の事を指す。

司祭は修道士系最上位種族なのでわかるが、陰陽師は祈祷師系という別系統の種族。

なのに三と呼ぶのはどうも、合っていないような気がする。

「望まれし子…か」

アレイが呟いた。

「七大再生者の個別の詩もありますよ。

聞きますか?」


「ああ頼む」


「誰の詩からでもいいですよね?」


「まあ、それは別に…」

そして、マーシィは再び詠い出す。

「古の詩 猛る地維王典

始めに戦ありき。次に血飛沫ありき。

己が命を投げ出し、全てを戦に投ぜし者。

第一の儀の後に現れし、悠々たる狂戦士。

地の属性を司り、ドーイの地の下を根城とし、各地の人々を襲い、戦を求め、血肉を欲した彼を、人々は猛る地維王典と呼ぶ。

三聖女、ドーイの地の下へおもむき、王典と対峙す。

王典、強きものとの対峙に喜び、地の力を振り絞りて三聖女と戦う。

唸り怒る大地、降り注ぐ岩、振り下ろす豪鎚。

されど三聖女、身折れず。

ついに王典、鎚を生の始祖に奪われた挙げ句に敗れ、ドーイの洞窟深くにて、祀具の鎚に封じられた」


俺は詩が終わると、自身が知っている情報と詩の内容を照らし合わせた。

猛る地維こと磐涎(ばんぜん)王典(おうすけ)。

自身の身の丈より大きいハンマーを使い、地の属性を司る再生者。

初めは死の始祖に従う気はなかったが、奴に同行を求められた時の「自分と共にあれば、好きな時に好きなだけ血を見られる」という死の始祖の言葉で再生者となった。

元殺人者で血と戦いを愛し、戦いと強者を求むあまり、あちらこちらの町を襲い滅ぼした。

だが後にシエラたちに倒され、どこかの町の地下深くに封印された…

これが俺の知っていた、奴に関する情報だった。

「今の…自分で調べあげて書いたのか?」


「ちょっと違いますね。私の家系では代々、大きな出来事が起きた時や過去に起きた未解決事件が解決した時にそれらを記録しているんです。それを見て書きました」


「へぇ…

まず、次のを頼む」


「はい。

古の詩 疾の悪女流未歌

静かなる空に、凶風と共に現れん。

数多の哀れな魂を従え、宵闇に舞う者。

第二の儀の後に現れし、冷血なる女王蜂。

風の属性を司り、湾曲した剣と秀麗な姿を持ち、ネフィラーの岩山の頂に巣を築き、多くの男の心を奪い、軈(やがて)はその身を喰らい、生者を憎んだ彼女を、人々は疾の悪女流未歌と呼ぶ。

三聖女、岩山を登りて巣に辿り着くも、流未歌は地上の者を相手にせず、一息で吹き飛ばした。

三聖女、ブイクタの樹海に住まいし反逆者ラモンに力添えを願う。

生の始祖の説得の末、ラモンは三聖女と共に飛び立ち、流未歌に挑む。

陰陽師と司祭と反逆者、三種族の力には流未歌といえど敵わず、巣の奥にて祀具の扇に封じられた」


皇京(おうきょう)流未歌。

この世界では珍しい曲刀を扱い、風の属性を司る再生者。

舞を好む一方人が嫌いであり、人の殲滅を目的としていた死の始祖には初めから忠順だったと言う。

元は俺と同じく、人間界出身の人間。

その風貌と美しい舞を利用して多くの男を手玉に取り、散々利用した挙げ句に喰い殺す、という事を繰り返した。最も、奴の舞なんぞ美しいどころか殆ど無価値に等しいものだったのだが。

最後は扇に封印され、巣に安直されたとの事だ。


「途中で止めなくていいから、最後まで詠ってくれ」


「わかりました。

古の詩 霹靂の帝尚佗

空を切り裂き、雷(いかずち)を携えん。

天の彼方に帝国を築き、落雷と共に降り立ちし者。

第三の儀の後に現れし、伶俐(れいり)なる帝。

彼は電の属性を司り、古クルイア帝国跡を空に浮かべ、自身を恐れる者を我が国の民とし、楯突く者を究(きわ)めの糧とし、彼方の国より人々を見下ろした。

人々はそんな彼の者を、霹靂の帝尚佗と呼んだ。

三聖女、空飛ぶ船を作りて挑むも、帝の纏う雷に焼かれ地に落ちる。

そんな三聖女に、西方の黒い吸血鬼ノワール·ヴァンプアリス手を差しのべる。

アリスは三聖女に雷神の護りを与え、空へと飛び立たせた。

黒い吸血鬼の護り、帝の雷を持ってしても焼き払えず、オズバの山の上の彼方にて、祀具の鎧に封じられた」


儡乃(らいの)尚佗(しょうた)。

両端に刃がついた薙刀を扱い、雷の属性を司る再生者。

やはり最初は死の始祖に従う気はなく、奴を殺そうとしたが歯が立たず、その強さに敬服して従ったという。

こちらも元は人間。

かつて栄えた帝国の遺跡を術でまるごと空に浮かせ、遺跡に眠る死人を甦らせて民とし、自分は一国の皇帝を名乗った。

一方で生者に悪意があったのかというとそういう訳でもなく、己を怖れ、あるいは信じる者は生者でも自国の民として受け入れた。

だがそれ以外の者には容赦がなく、非道な人体実験や拷問、虐殺などを行っていたという。

シエラたちは最初飛行船を作ってこいつに挑んだが、雷を食らってあえなく撃墜された。

そこで現れたのが、(詳細は不明だが)黒い吸血鬼のアリス。

奴はシエラ達に雷神の護りというものを与え、再び空へ送り出した。

この護りのおかげで、シエラ達は尚佗の雷にも耐える事ができ、奴を倒す事ができた。

奴はその後、オズバの山上空に空飛ぶ国と共に封じられた。


人間だった時は、悪い奴じゃなかったはずなんだが。

どこで道を間違えることになったんだろうか。



「次行きますね。

古の詩 燐火の魔女楓姫

悉くを燃やし、魂の炎と共に来たれり。

禍つ館を築き、業火を呼びし者。

第四の儀の後に現れし、炎火の魔女。

火の属性を司り、かつて焼き尽くした村に館を築いた。

目につく生者全てを焼き払い、己が眷属とした。

三聖女、ニーム水兵長メグを連れ魔女の館に赴き楓姫に挑む。

楓姫は焦熱の波動と紅蓮の光を放つ。

されどいずれもメグの操る水に阻まれ、三聖女を焼く事はできず、炎を水にかき消されて倒され、祀具の指輪に封じられた」


燐火の魔女、もとい苑途(えんず)楓姫。

刃が隠された杖(いわゆる仕込み杖)を武器とし、炎を司る再生者。

生前より確かな火の術の才覚を持っており、あらゆるものを焼き払える事を誇りに思っていた。

ゆえに、唯一燃やす事の出来なかった死の始祖を恐れ、敬った。

元はとある森の中のある村にてとても頼りにされていた魔女だったが、再生者となってすぐにその村を焼き付くし、その跡地に館を建てた。それ以降は定期的に生者を殺して手下に変えたり、あちこちの町や村を襲ったりした。

三聖女の前にも何人か討伐に向かった者がいたが、いずれも失敗に終わっていた。

奴の操る炎を攻略するのが最優先と考えた三聖女は、水を操る能力を持つ水兵の町ニームの長に協力を願い出た。

そして奴が根城としている館に乗り込み、水兵長の放つ水に自分たちの魔力を与えて産み出した水の力で炎をかき消し、難なく楓姫を撃破した。

その後、楓姫は館の最深部にて祀具の指輪に封じられた。


「次の詩です。

古の詩 悪性不死生物ルベロ

全てを喰らい、醜悪なる肉塊を産み出せし。

生者を内より食い荒らし、疫病をもたらす者。

第五の儀の後に現れし、異人の癌。

闇を司り、世に紫の霧と共に疫病をもたらした。

病人を集め、その体で巣を築き上げた。

全ての生者を侵し、貪らんとした。

三聖女は病に侵されし者を見て、ルベロの存在を知る。

そして惨禍の中心たる洞窟に彼の在りかを見、乗り込んだ。

ルベロは三聖女を闇の力を持って追い返さんとするも、聖女らはこれをはね除けた。

とうとうルベロは闇と肉塊の中よりあぶり出され、喉をかき切られ封じられた」


悪性新生物…いや、悪性不死生物ルベロ。

武器には爪を用い、属性は闇。

ウイルスのような病原体の性質を持ち、生者に死の病をもたらす再生者。

病に侵された者は決して助からず、死後は奴の築いた巣の一部として取り込まれると言われる。

ある洞窟に築いた巣を拠点とし、近くの集落でどんどん病を広め、壊滅させていった。

しかし、病に侵された村のうちのひとつを三聖女が訪れた際にルベロの存在が明るみとなり、巣の在りかを特定されて呆気なく討伐、封印された。

ちなみに名字や生前の種族がなんだったのか、そして一体何に封じられたのかなど、数多くの謎がある。

俺としては、奴の正体は再生者というよりは死の始祖の力で異常変異したウイルスか何かであり、名字がないのもこのため、という事だったのではないかと思っている。


「次です。

古の詩 腐海の泡沫ラディア

生くる全ての者を溶かし、死にきれぬ死者を生み出せし者。

毒なる海水を振り撒く、残忍なる海の主。

第六の儀式の後に現れたる、毒水の使い手。

彼女は水を司り、波を持ってタヨンの島国を滅ぼした。

ある満月の夜に、高波を率いて東岸の町を襲った。

ある新月の夜に、ケルバー湾と繋がる川を滅ぼし腐海とした。

腐海のほとりに住まいし水兵と魔女は住みかを失い、ロミの町へと移り住んだ。

ロミの町に居合わせた三聖女は彼らから話を聞き、ラディアの討伐を決めた。

されど三聖女、腐海の毒水に阻まれほとりで足を踏む。

魔女スクラーズ曰く、北東の術士紀琉葉(きるば)に力を借るとよいであろう、と。

三聖女、長い旅の果てに紀琉葉の元にたどり着く。

紀琉葉は魔人の木で船を作り上げ、この船は腐海の水にも汚れず、溶けずと言い、三聖女は多いに喜んだ。

そして船は腐海に浮かべられ、紀琉葉の繰りでラディアの元にたどり着く。

幾度となく万物を腐食する水に晒されるも、三聖女は光の力でこれを防ぎ、抗った。

数日に及ぶ水上戦の末、ラディアは倒され祀具の壺に封じられた」


腐海の泡沫ラディアことラディア·イグベル。

武器には槍を用い、美しい海を瞬時に汚れた毒の海に変えるという。

元は海人で、日々海が汚れていくことに心を痛めていた。死後、死の始祖に生者がいるから海が汚れる、従って生者を皆殺しにすれば海は綺麗になるのだと吹き込まれ、以降は水質汚染を主な手段として生者を殺すようになった。

そしてある新月の夜にケルバー湾(レークの南西にあるかなり広く深い湾。少し近くにはロミという小さな町があった)とそこに流れこむ川を汚して「腐海」と呼ばれる場所を作り出し、拠点とした。

湾の海岸には水兵や魔女が共に暮らす町があったため、彼女らは甚大な被害を受けた。

多くの者が腐海の毒素によって倒れ、生き残った者もロミの町への引っ越しを余儀なくされた。

しかし、その時丁度ロミには三聖女がいた。

そして生存者たちが三聖女に事情を話した事で、三聖女はラディアを倒すべく船を手配して腐海へ向かった。

しかし、普通の船では腐海の水の毒に耐えられず溶けてしまいこぎ出すことができなかった。

どうすればいいか考えあぐねていたその時、かつて腐海の岸の町に住んでいた魔女スクラーズが、ここから北東の山の向こうに住む術士の紀琉葉に助けを求めてみては、と提案した。

紀琉葉は当時木工職人の術士として有名だった人物で、豊かな術の才能を持っているという噂があった。

また、基本的に山奥から出てこず一人で生活している事、様々な種類の木材のことに精通している事でも知られていた。

彼を知っていた三聖女は、確かに彼ならば、と長く過酷な山道を越えて紀琉葉の元に赴いた。

紀琉葉は事情を聞いてすぐに一本の木を持ってきて、この魔人の木で作った船ならば大丈夫だろう、すぐに製作すると言った。

その後、三聖女と紀琉葉は協力し船を完成させた。

船と三聖女は紀琉葉の能力で腐海まで送られ、三聖女を乗せた船は紀琉葉が操縦し、ラディアと戦った。

そして、見事ラディアは倒され封印された。

これに関しては、知ってたのと大して変わらないな…

と一瞬思ったのだが。


「この詩には続きがあるんです。聞きますか?」

と言われたのだ。これは意外だった。

「え、続き?…わかった、たのむ」


「では。

ラディアの消えし後、紀琉葉はロミの者達の勧めにより魔女の指導者となった。

されど魔女たちとの日々の過ごすうち、紀琉葉は心身を痛めてゆき、ついに闇の術に取りつかれ力を求めた。

三聖女紀琉葉を労いいさめるも、もはやそれは無意味であった。

そしてとうとう、紀琉葉は吸血鬼となり魔女たちはその眷属とされた。

三聖女やむを得ずして立ち上がり、ロミの町に入ってゆく。

生の始祖、かつて共に戦った者なれど、堕ちたならば殺めるのが情けと皆に言い聞かせ、紀琉葉に剣を向けた。

剣が紀琉葉の胸を貫き、血がその刀身を滴った時、生の始祖瞳を潤ませ嗚咽した」




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