警戒
狭い空間の中に、張り詰めた空気と殺気が満ちる。
「お姉ちゃん…龍神さん…」
アレイが心配するような声で言った。
「アレイ、こいつに何かされてなかった?」
「え?別に悪い事は何も…」
「そう…」
「…お姉ちゃん、なんで龍神さんを知ってるの?」
「こいつは殺人鬼の吸血鬼狩り。それも、世界最大の吸血鬼狩り集団、「カオスホープ」のリーダー。
…そう言えば、アレイには吸血鬼狩りと殺人者の事を言ってなかったわね。
吸血鬼狩りは、古くから存在するアンデッドを狩る組織。殺人者は、生まれつきアンデッドを殺す力を持つ種族。
殺人鬼は私にとって、種族としての敵。そして、家族の仇。
覚えてるでしょ?私と私達の家族は、他ならぬ殺人者に殺されたのよ」
「…」
アレイは黙ってしまった。
「それで?
あなたは何のためにアレイについてきたの?」
「何の事はない、アレイと旅に出る準備をするためについてきただけだ」
「ふーん…」
奴は鎌を下げた。
だがその声調と目付きからして、すぐにでも首を落とす用意ができている、と言葉にせずとも伝わる。
「それだけ?
おおかた、他に目的があるのでしょう?」
「…もし、お前にこぎ着くのが目的だと言ったら?」
「簡単よ。姉として、再生者として、あなたを片付ける。私を目当てにしてアレイを利用した、という事なのだから」
「ほう」
奴は落ち着いた声で淡々と話しているが、その全身から殺意がひしひしと伝わってくる。
「回りくどい言い方をしてないで、早く本音を言ってくれる?
さっさと終わらせたいのよ」
「終わらせる…死にたいのか?」
「それはあなたよ。こっちには使用人だっている。
対してそっちは一人…
人数的にこっちが有利なのは言うまでもない」
「頭数に驕る奴は、本当に強い敵相手にはあっけなく潰されるぞ?
…ま、所詮アンデッドなんてそんなもんか」
「ずいぶん腹立つ言い方してくれるわね」
先の見えない会話が続く中に、アレイが割り込んできた。
「お姉ちゃん!聞いて!」
「アレイ?どうしたの?」
「この人は悪い人じゃないの!
殺人鬼だけど、私たちを全力で助けてくれたし、私を強くもしてくれた!
何より、今まで私を殺さなかった。
この人は、信じてもいい人だと思うのよ!」
「アレイは知らないのよ。こいつらが見せる優しい顔は、獣の顔の上に被った仮面に過ぎない。それに騙され続ければ、いずれは自分の身を滅ぼす事になる。
何があっても、信じてはいけない存在なのよ」
こりゃ、ただ再生者だから、家族の仇だから…という理由だけで殺人者を恨んでるのではなさそうだ。
「でも、この人は違う!少なくとも私は、この人は信じていい人だと思うの!
それに、私はこの人に助けて貰った恩返しがしたい!
だからお姉ちゃん…お願い!」
「アレイ…」
必死に懇願する妹の姿を見て何か思うところがあったのか、奴はやがてため息をつき、
「…わかった。
それで、こいつをどうすればいいの?」
「今日ここに彼を泊めてあげてほしいの。
あと、明日から彼と旅に出たいから、それを許してほしい。
店にはもう言ってきたから、あとはお姉ちゃんさえいいと言ってくれれば…」
「こいつを泊めて、しかもあなたと2人で放り出せ…って言うの?」
「ええ…
大丈夫よ、彼は私を殺さないと言ってくれたし、私も彼についていきたいの。
だから…!」
そして、アレイは頭を下げた。
「わかった、わかったわよ。
旅…ってのについては二人で話し合うとして、とりあえずこいつを…」
「やった!
じゃ、龍神さんを案内するね!」
「待って。あなたとこいつは別室にする。
少し待ってて、手頃な部屋を用意してくるから」
奴は奥に行こうとした…
がすぐに振り向き、
「そうそう、あんた…私が見てないところでアレイに何かしたら許さないからね?」
と釘を刺してきた。
「わかってるって…
ま、信じてくれとは言わないが」
「言われても信じないわよ。
殺人鬼で、しかも吸血鬼狩りの奴の言葉なんて…
信用するに値しないもの」
奴はそんな言葉を残し、去っていった。
「大事にならなくてよかったです…」
「そうか?俺にとっては十分に大事だよ。
願ってもない大物に会えたんだからな」
「どういう事ですか…?
そう言えば、なんでお姉ちゃんの名前を…?」
「言わなきゃないな。君の姉…星羅こころは、八大再生者。
アンデッドを最初に産み出した"死の始祖"に仕え、生者の命と領土を狙う、8人の高位のアンデッドの一人なんだ」
「…!」
「そして俺は、奴らを全て見つけ出して倒すため、このジークの地に来た」
それを聞いたアレイは、ひどく衝撃を受けたようだった。
まあそうだろうな…
と、ここでこころが戻ってきた。
「…殺人鬼、あんたの部屋を用意したわ。
部屋はそこの廊下の突き当たり。トイレは部屋を出てまっすぐいった先よ」
「そうか…
じゃ、上がらせてもらうぜ」
靴を脱ぎ、持ち歩いている袋に入れて上がる。
部屋に向かう間、ずっと視線を感じていた。
それはアレイのもあったが…
それ以上に、こころの殺意に満ちた視線が刺さってきた。
用意されたのは、物が溢れた汚い部屋だった。
一応窓やベッド、机や時計はあったが、ほかにも様々な物がごちゃごちゃ散乱している。
どうやら物置として使っているらしかった。
まあ別にいい。
昔いた家もこんな感じだったし。
念のため電膜を張って調べてみたが、盗聴機などの類いはなさそうだ。
そのままベッドに入って寝ようとしたが、寒さ故か慣れない枕故か、いつも以上に眠れない。
こりゃ、朝まで寝付けないパターンかもしれんな…
結局その後全く寝付けず、寝返りをうちながら時間を無為に過ごすこととなった。
ふと用を足したくなった。
トイレは…ここを出てまっすぐ、だっけか。
それとなく時計を見たら、10時23分を指していた。
この部屋に来たときは確か、6時15分くらいだったはず。
もうそんなに時間がたっていたのか…
ドアを開ける。
二人はもう寝たのか、人の気配はない。
暗い廊下を進み始めてすぐ気にかかったのは、廊下の両脇の壁に、一定間隔で石像が立っていたことだ。
すれ違いざまに見た所、古代遺跡なんかによくある、腕組みをした人をかたどった棺…のような石像だった。
なんでこんなもん並べてんだか…と思いながら奥に見えるドアを目指して進む。
石像のうちの一つの前を通りすぎる振りをして刀を抜き、振り返り様に突きつけた。
「…何者だ」
「ありゃ、あっさりバレたか」
返事をしてきたのは女の声だった。
「バレない方がおかしいだろ。
特有の腐臭を消してないんじゃあな」
「あれー?
臭いは大幅に減らしたはずなんだけどなあ?」
「普通の奴ならともかく、俺をそれで欺ける訳がないだろうが」
「それもそうね。
全くさすがだね、"最強の"吸血鬼狩りさん」
そして、そいつは姿を現した。
「お前は…」
紫色の手を見る限り、そいつは腐人だった。
腐人とはゾンビの一つ上の種で、簡単に言えば感情と自我があり、普通のゾンビを束ねているアンデッドだ。
一部のものは、より上位の種である吸血鬼やリッチに仕えていると聞く。
しかしここは再生者の館。
吸血鬼やリッチの城とは訳が違う。
ただの腐人が、再生者に仕える事なんてあるのか?
そんな疑問が一瞬湧いたが、すぐに消えた。
向こうが全容を露にした時、そいつが4000年の歴史と確かな実力、そして欲望を操る力を持ち、アンデッドは勿論、吸血鬼狩り及び殺人者にもよく知られている腐人…セン·ランであるとわかった。
「いやはや、驚いたな。
再生者だけでなく、大物の腐人もいたとは」
「大物って、嬉しいこと言ってくれるねぇ。
けどね、そんなこと言われても私の首は渡さないよ」
「面白い、守ってみろ」
そうは言ったが、こいつがここにいるのには何か目的があるだろう。それを聞き出すのが先だ。
「…で、お前はここで何をしてる?」
「わかんない?監視だよ、監視」
「俺のか」
「そそ。こころに頼まれてね、あんたを今晩中ずっと視てる事になったんだよ」
「ほう…
だが、気付かれていいのか?」
「別に。第一、あんたを殺せとも追い出せとも言われてないしね。
私はあくまでも、あんたを見てるだけ。
あんたがこころと妹に何もしない限りは、あたしからはあんたに何もしないよ」
「そうか…
てか、お前こころとどういう関係なんだ?」
「昔からの友達、ってだけだよ。
ま、戦いの時に雇ってくれたりもするけどね。
ほんで、今日ここに泊まってたらたまたまあんたが来て…ってわけ」
「なるほど、偶然だったと」
「でも正直嬉しいよ。今の最大の吸血鬼狩りのトップに、それも戦い以外で会えたんだもん。こんな経験、今までにしたことないよ。
ま、喜ぶだけにしとくけどさ」
「それが身のためだな」
「んじゃ、おやすみー」
奴はそう言い残し、闇に消えた。
「はあ…」
さっさと用を済まして、寝室に戻ろう。
部屋に戻ってベッドに入ると、あら不思議。
あっという間に寝付く事ができてしまった。
目覚めたのは6時ぴったりだった。
目覚ましをかけた訳でもないのに、だ。
しかも俺は本来、4時間も眠れば十分な体質だ。
こんなに長く寝たのはいつぶりだろうな…
そんな事を思っていると、
「龍神さん!」
元気よくアレイがドアを開けて入ってきた。
「おぉ…」
「おはようございます!
ご飯出来てるので、食べてって下さい!」
「あ、ああ…」
いつになく長い睡眠をとったせいか、頭が変にボーッとする。
リビングに入ると、窓から差し込む朝の光がえらく眩しく感じられた。
「お姉ちゃん、龍神さんをつれてきたよ」
「そう…」
奴は、部屋の中央のテーブルを取り囲む7つの椅子の中の一つに座っていた。
そして卓上には、何やら豪華な食事が並んでいるのが見える。
「龍神さんは、適当な席に座って下さい」
「ああ…」
改めて見ると、広いテーブルの上にはオムレツ、ポテトサラダ、フレンチトーストなどの洋風料理がところせましと並んでいた。
食事が始まっても、こころはムッとした表情を変えないので、
「おはようさん。ずいぶんと豪勢な朝食なんだな?」
と切り出した。
「いつもは二人分しか作らないんだけど…
今日はあいにく、大きなゴキブリがいるからね」
奴はそう言ってオムレツをすくい取る。
「はいはい…
いちいち俺を拾わなくてもいいだろうに」
「あんたこそ、態々私に話しかけてくる理由はないと思うけど。
どうせすぐにいなくなるんだし。
あ、アレイ、このケーキ食べていいわよ」
「どうだかなぁ…」
そんな事を言いながらフレンチトーストにかじりつく。
「しかし、これだけの量をよく…」
「私がつくってるんじゃないわ。
使用人にやらせてるのよ」
「使用人?」
奴は黙って俺の後ろを指差した。
振り向くと、台所で料理の後始末らしき事をしている女の使用人の姿があった。
「あれか。しかし、あれはどう見ても…」
「ゾンビよ。当然でしょ?この館に生きてる奴なんていないんだもの」
「それもそうか。
奴らは使用人としてはどうなんだ?」
「そこそこ優秀、ってとこね。
感情がないから、何を命じても忠実にやってくれる。
ただ、昨日のあんたの監視だけは嫌がったわ」
「ほう?」
「一応命じてはみたんだけど、みんな殺されたくないって言って嫌がったのよ。
だからセンを派遣したわけ。
昨日、あいつに会ったんでしょ?」
「ああ。しかし、死人のくせに殺されたくないとか、いい笑い種だな」
「てことは、私のことも笑い者扱いするつもりなのかしら?」
奴の目付きがよりきつくなった。
「んなわけないだろ。
てか、そんなきつい顔しなくていいんじゃないか?
ほら、素敵な美貌が台無しになってるぜ?」
すると、奴は一瞬間をおいて少し表情を緩めた。
「…へえ、多少はいい口を利けるのね」
「昨日あれだけ信用しないとか言っといてそれか。
ま、別にいいんだけどな。
改めて言っておくが、お前もお前の妹も殺すつもりはない」
「そうですよね…
私は信じてますから」
アレイはそう言いながら、サラダを箸で一掴み取って口に入れた。
「アレイ…少しは警戒しなさいよね。
それで、昨日アレイと話したんだけど…」
「おっ?」
「あなたとアレイが旅に出る、って話自体は別にいいと思うわ。
あなたは敵だけど、それは私にとっての話であって、アレイや他の水兵にとっては違うのなら、そこには干渉しない。
それに殺人鬼…もといあなたの強さは、私自身が嫌と言うほど知ってる。
あなたほど強い奴が同伴するのなら、途中でアレイを死なせるなんて事もないだろうし」
「じゃ、妹の願いを聞き届けるんだな?」
「ええ。ただし一つだけ言っておくわよ。
私はあなたを信じてないけど、アレイは信じきっている。
その思いを…無駄にしないでよ。
そんな事したら許さないからね」
奴は少々意外な形で釘を刺してきた。
「そういう事なら大丈夫だ」
最後に紅茶を流し込み、朝食を終えた。
「ご馳走さまでした!
龍神さん、ちょっと待ってて下さい!」
アレイは完食するや否や、自分の部屋へ戻っていった。
そして数分後…
「お待たせしました」
白い帽子をかぶり、緑のジャンパーと白いタイツを身につけ、青いリュックを背負ったアレイが部屋から出てきた。
「制服の上から着てるのか?」
「ええ、水兵とわかるように」
「わかるようにする必要があるのか?」
「一応…
昨日ユキさんにそう言われたので」
と、ここでこころがやってきた。
「準備はできたのね。
それじゃ、行ってらっしゃい」
「うん。お姉ちゃん、ありがとね」
俺は一足先に玄関に出ていた。
「アレイ、行くぞ」
「は、はい!」
そうして館を後にした。
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