1章・流れる血
賛美
今は午後3時26分。天気は晴れ。気温は-4℃。
俺は、レークに向かって歩を進めている。
あれから二週間が経ち、保護されていたレークの水兵達はみんな帰ったと聞いたので、アレイも当然いるだろうな、と思う。
だが今回の最も大きな目的はそれではない。
因みにレークは大陸の南東、オズバ山脈と呼ばれる山を越えた先に位置する港町だ。
水兵の町自体は大陸沿岸のあちこちにあるが、レークはその中で最大の規模を誇る。
まあそれはそうだろう。
何せ、ここは水兵の発祥の地だからな。
このノワールの海には、古くから海人と呼ばれる異人やその仲間の種族が生息している。そして、その中の一部が今から50万年ほど前、この地に上がってきた。
それが少しずつ陸地に適応した進化をしていき、水兵となったという。
男が存在しない理由、繁殖の方法などの謎は多いが、最も温厚な異人と呼ばれるほど他種族に友好的であること、陸にいる=最も人々の近くにいる海人であること、ジークの一部沿岸地域にしかいない珍しい種族であること、皆が美しい女であることから、えらく人気が高い。
なんなら、彼女らに会うためだけに、遥か西のセントル大陸から旅行に来る奴もいるほどだ。
…まあ、その一方で彼女らの臓器や身体を欲したり、狙ったりする不逞の輩も一定数居るのだが。
そしてなんとも残念な事に、そんな輩は俺の同族にもいたりする。
レークとオズバの山の下山道の境目の所には、(明確な目的は不明だが)2mほどの高さの鉄製の柵がある。
ただ道は普通に通っているし門も開いてるので町に入れないということはない。
全部で七つある門のうちの最北端、ベルジャーの門をくぐると、目の前に山のように盛り上がった土地と、その頂上に立つ立派な建物が現れる。
そここそ、今回の目的地。
急ぐ必要はないので、ゆっくり歩いていく。
建物の入り口についた。
間近で改めて見ると、本当にでかい。
「何の御用でしょうか?」
緑の帯が入った制服の水兵に声をかけられた。
「招待されたんだが…聞いてないか?」
すると水兵は少々お待ちを、と言ってなにやらノートを取り出し、どこかのページをパラパラと見て、
「失礼しました、龍神さんですね。長がお待ちです。どうぞ」
と、通してくれた。
そのまま水兵に案内されるがままに歩いていく。
途中で辺りを見てみたが…
本当にすごい建物だ。
大理石のような白い石で作られた柱には何かの模様や絵が彫られ、天井にはまわりをピンクと青の美しい模様で囲まれた四角い採光窓。
デザインといい気持ちといい、人間界のローマの神殿の映像を見た時に似ている。
だが見とれている場合ではない。
進み続けること数分、目的の場所とおぼしき部屋の前についた。
案内してくれた水兵はまた少々お待ちを、と言って扉をノックし、その向こうに消えた。
そしてすぐに戻ってきて、どうぞお入りくださいと言ってきた。
扉をくぐると、途端に途方もない威圧感を感じた。
ただそれは脅しや圧力をかけてくるものではなく、寧ろ奥へこいと招いているような感じのものだった。
リアースの城のホールにも負けない広さの部屋。
その奥に、立派な玉座がある。
「お待ちしていました」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そして、玉座の両脇の壁にある扉のうち右側が開き、三つ編みにした金髪と瑠璃色の瞳が特徴的な水兵…アレイが現れた。
「龍神さん…!」
「お、アレイ。久しぶりだな」
「そうですね。以前はありがとうございました」
「礼なんかいらん。それより、ユキはどこだ?」
「あ、ユキさんなら…」
と、天井から玉座に向けて真っ直ぐに、一筋の光が伸びてきた。
そしてその光が消えたとき、玉座に座るユキの姿があった。
「…来ましたね」
「ずいぶん洒落た登場の仕方だな」
「当然でしょう。私はこのシルミィ神殿、そしてレークの全ての水兵の主なのだから」
「水兵の長には不思議な力があるというが…
こんな天使みたいな登場をするとは予想外だったよ」
28代目水兵長ユキ…もといユキ·ファンド·ルマンド·レイリーク。
400年の命(400年毎に一つ年を取る)を持ち、他にはない緑のリボンがついた帽子を被った、レークの水兵を束ねる者。
水と光の属性を宿し、「命」を操る力と、「造晶」の異能を持つ。
命を操る力は備え持つ天使のような3対の翼によるものらしく、その羽の一つにでも触れればあらゆる傷や病が癒えるという。
しかし基本的に神殿から出ないので会う事自体容易には叶わず、仮に会えてもそう簡単には恩恵を受ける事は出来ない。
一方戦闘面では棍を扱い、敵対すると見なしたものには魔力の波動を放ち、物言わぬ魔力の結晶に変えることもあるという。
水兵はもちろん、他の異人からも神に近しい、あるいは大いなる特別な力を持つ存在として畏れられ、崇められる存在だ。
「…みたい、ねえ。まあいいとしましょう。
二人とも、そこに並びなさい」
「はい」
アレイが俺の隣に立つ。
「…まずはあなた達にお礼を言わないとね。
私が、またここにこうして座れたのも、レーク自体の活動が再開できたのも、あなた達のおかげ。
本当に感謝しているわ。ありがとう」
「ユキさん…」
「ふっ…」
普段なら礼なんかされてもなんとも思わんのだが、みんなから神聖視される奴にそんなことを言われてると考えると少し胸が暖まる…ような気がする。
「もう1人の殺人鬼にも、後からそうするつもりなんだけど…
今回の活躍を賛美し、あなた達には恩賞を与えます」
「え!?」
アレイはずいぶんと嬉しそうだ。
「恩賞?」
「ええ。アレイには叙勲を。そしてあなたには…」
ユキは徐(おもむろ)に立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
そして顔を近づけ、声をなだらかにして、囁くように、
「望むものを」
と言ってきた。
そのきれいな金色の髪からは、何やらほんのりといい香りが漂ってくる。
「ほう?」
「何でもいいのよ?あなたが欲するもので、私に用意できるものなら。金銭でも、名誉でも、武具でも。
そして勿論…」
ユキはここで言葉を切る。
「快楽でもね」
…その目付き、表情、仕草はともに艶かしく、確実に男を誘う女のそれだった。
「本当にいいのか?」
「ええ。あなたは、それだけの事をしてくれたのだから」
「…悪いが、そのどれにも興味は無いな」
「あら、そうなの?それは残念ね」
「ただ、一つだけ求めることがある」
「何かしら?」
「しばらく、アレイを連れ回させて欲しい」
「え?」
アレイとユキが同時にそう声をあげた。
「私を…ですか?」
「そうだ。ちょいと付き合ってもらいたい事があるのでな」
ユキは少し考え、
「…何するつもりなの?それによるわ」
「大したことじゃない。仕事に同行してもらうだけだ」
「仕事…つまり、アンデッド狩りに付き合わせるという事?」
「よく知ってるな、その通りだ」
俺の仕事。
それは、生きた死人ーアンデッドを狩る事だ。
ノワールには昔から、すでに死んでいるにも関わらず生きているかのように立って動きまわる死体や死人の魂が存在していた。
奴らはゾンビ、吸血鬼などいくつかの種類が存在するが、一括してアンデッドと呼ぶ。
奴らの問題点は2つ。
一つは、生者を襲って同じアンデッドにすること。
もう一つは、普通の攻撃では死なないことだ。
奴らを倒せるのは、銀の武器か光の属性を用いた攻撃か、異人の一種である殺人者、または古くから存在する組織、吸血鬼狩りに所属する者の攻撃のみ。
そいつらを狩るのが、殺人者…そして吸血鬼狩りである俺の仕事だ。
「でも、アンデッドって普通の攻撃では倒せないんですよね?
私なんかにはとても…」
「いいや、そんな事はない。
君なら、そのままでも十分アンデッドとやりあえる」
「なぜ、そう思うの?」
ユキが割り込んできた。
「あれ、あんたは知らないのか?この子はシエラの子孫。
そしてシエラは、吸血鬼狩りの源流となった集団の創設者でもあった。
つまり、アレイには生まれながらにして、吸血鬼狩りの素質があるんだよ」
「…そう。そう…だったわね。
彼はそう言ってるけど、アレイ、あなたとしてはどうなの?」
「龍神さんがそう言うのなら…。
それになんか、何故だかはわかりませんが…
私はそうしなきゃないような気がするんです」
思ったのとは違う答え方だが、まあOKしてくれるだろうなとは思ってたのでよかった。
さてあとはユキさんのご意志次第だが…
「…わかった。
あなたさえいいのなら、別に咎めはしない。
シャレオ達には言っておくから、存分に頑張ってきなさい」
「わかりました、ありがとうございます」
「…そういう訳だから、あなたの望む通り、アレイを連れ回す事を認めるわ。
けど、一つ条件があります」
「なんだ?」
「全てが終わったら、必ずアレイを生きて返しなさいよ。もし死なせたりしたら、処罰を与えるからね」
「心配するな、それは絶対にない」
「なぜ言いきれるの?」
「…ま、それは結果を見せれば全部蹴りがつくだろ」
「それはそうね。
さて、そうと決まれば準備をしないとね。
アレイ、もう仕事はいいから帰る支度をなさい」
「はい」
アレイはそう言って、また右側の扉に消えていった。
「あなたは普通に入り口からお帰りなさい」
「え?」
「心配はいらないわ。
あなたがここから出て、そのまま真っ直ぐ中央広場に向かえば、つく頃にはアレイも来てると思うから」
「そうか…ならいいな」
そう言って、部屋を後にした。
中央広場というのは、文字通りレークのほぼ中央に位置する広場だ。
まあ広場、というよりは公園に近い感じだが。
中央には噴水があり、その周りにはベンチがある。
そして広場には、飲食店を始めとして様々な店がある。
その地理的条件故、ここはいつきても賑やかだ。
(さて、あとはアレイを待つだけだな…)
そう思って適当なベンチに腰掛けようとしたら、
「龍神さん」
アレイの声がした。
「お、もう来たのか」
アレイは青いショルダーを肩からかけていた。
「行きましょう」
「だな」
帰る途中、ふと気になった事を話した。
「アレイ、一つ聞いていいか?」
「何ですか?」
「水兵は制服の帯の色とか数が色々あるみたいだが、それは何か規則的に分けられてるのか?」
前のリアースの時から気になっていたことだった。
水兵達の服は、基本的なデザインはみんな一緒だが、帯や白でない部分の色がバラバラなのだ。
例えば、アレイの服は白と青だが、リアースやこの町で見た水兵には青が緑や赤の子もいた。
何か、法則があるのだろうか。
「はい。まず帽子と制服の帯の色は、就いている職業によって違います。
青が接客業、赤が製造業。黄色が運輸業、紫がレスキュー隊。緑が管理職、白が医療関係者、オレンジがメディア関係者…といった感じです」
「ほう」
「帽子の帯の数は、その職業内での大まかな立場を意味しています。
私たちの社会には明確な階級がなく、かわりにこれでおおよその立場を示しているんです。
帯の数は1本から4本まであり、5段階目は一本の帯を結んだリボンになります。
一部の業種で違いはありますが、基本的には一本は新入生で、あとは勤務年数と実績に応じて帯が増えて行きます」
「へえ…すると、君は…」
アレイの帽子には、3本の青い帯が巻かれている。
「私は飲食店勤務なので、帯の色は青。数は3本なので、副店長の一歩手前といった所ですね。
私は20年ずっと同じ仕事をしてきましたが、業績は実際の所良くも悪くもないので、年数的にも妥当なラインかなと思います」
「ほほう。…君は幸せだし、偉いぜ」
「え?」
「なんやかんやあっても、同じとこで20年もやってきたんだからな。
仕事につけない奴、続けられない奴は腐る程いるってのにな」
「その言い方…もしかして、同じ仕事を長くやった事がないんですか?」
「気になるなら見てみればいいだろう?」
「それもそうですね…」
アレイは目を閉じた。
そしてしばらくして目を開け、
「…そういう事だったんですね。
ごめんなさい、事情も知らずに酷い事を言ってしまって…」
と頭を下げた。
彼女には理解ができない事かも知れないが、俺は社会では生きられない存在。
故に仕事をせず、人を殺す事を生業としているのだ。
「気にするな。
で、君の家はどこなんだ?」
「今住んでる家はこっちじゃないです。
こっちには私の姉の家があるんです、旅に出る事を伝えて準備をしようと思います」
「そうか、じゃあ俺は外で待たせてもらう」
「そんなことする必要はないですよ。
もう夕方ですし、是非泊まっていって下さい」
「いいのか?」
「はい。お姉ちゃんにも、龍神さんの事は言ってありますから」
「なら大丈夫そうだな。
…姉、ねえ」
「はい…
前にも見ましたが、龍神さんには弟さんがいらっしゃるんですね」
「まあな…今はどこで何をしてるのかも知れんがな」
「連絡も取ってないんですか?」
「ああ。正直ほぼどうでもいい連中だからな」
「あら。でも、弟さんたちはそうでもないかもしれませんよ?」
「なぜそう思う?」
「見た感じ、弟さんたちは龍神さんに対し、心の底から嫌な印象を抱いている感じではありませんでした。
きっと、どこかで頼っている部分があるんですよ」
「だと思いたいがな」
そんな事を話しているうちに、あたりは暗くなってきた。
「冬の夕暮れは早いな」
「そうですね…
余計寒くなってきましたし、急ぎましょう」
やがて、上まで80mはあるであろう登り坂が現れた。
「この上です」
傾斜は20度くらいだろうか。
角度自体はそんなでもないが、長いのがなかなか辛い。
どうにか登りきった。
「ここが、私の姉の家です!」
それは家…というより、西洋風の見事な屋敷だった。
「おお…立派だな」
流石はシエラの子孫の姉、と言った所か。
豪勢な門を通り、入り口を開けると同時に、
「お姉ちゃん、帰ったよー!」
アレイは元気な声をあげた。
「アレイ、お帰り」
奥から赤いワンピースを着て、薄い緑色の髪をしたロングヘアーの女が現れた。
「その方は?」
「この人が前に言った、私たちを助けてくれた人。
しかも、私に弓と術まで教えてくれたんだよ!」
女は視線を俺にうつす。
「へえ、あなたがね…」
と、ここで女の目付きがみるみる鋭くなった。
そしてー
ガッ!!
「お姉…ちゃん…?」
アレイの動揺する声が響く。
俺はというとー
手で鎌の一撃を受け止めていた。
「…こんな形で面会することになるなんてね」
「全くだ。
まあこっちとしては願ったり叶ったりなんだがな」
「私はいい迷惑だわ。だって、妹に残酷なものを見せる事になるんだもの。
そうは思わない?
殺人鬼にして最強の吸血鬼狩り…冥月龍神」
「思うさ。
だが、アレイはお前の思うほど弱い娘じゃないぜ?
八大再生者、星羅こころよ」
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