【二話】「君は護られる者、その正体」其の一
菊の華に彩られた
しかして五十年ぶりくらいに丸帯を結んだが、どうも変だ。この状態じゃないのは確か。
姿鏡で自分の着物姿を様々な角度から確認しつつ、違和感の解消方法を探ろうとするがなかなか思い出せない。
変に斜めっているような……。
まぁいいか、と無関心になりながらも部屋を出て行き、警護者のいる部屋へと向かった。
その際何人かのお手伝いさんとすれ違うも、皆が私を見るや否や逃げるように去って行く。
人から見れば私は恐ろしい怪物だから、これは仕方ないことだ。
されど、一番の化け物は貴方たちの雇い主でしょうに。
──タイミングを見て絶対逃げ出しやる。それか私を傷つけた老夫婦や娘たち共々皆殺しだ。
なるべく人前ではこの様な愚痴は話さないように気を付けようと心に決め、目的の部屋へと辿り着いた。
警護相手となる人の子──小さく凛とした佇まいで色も知らぬ
堅苦しいのは嫌いだし、礼儀や作法も大嫌い。はて此処は三途の川か八大地獄か。
されど苦痛は乗り切るしかない。初日の挨拶は大事なので、ここは礼節に失礼のないよう、マリア像に祈るよう──襖の前に正座し、時代劇に出てくる女中の様に喉を張る。
「失礼いたします」
すると間を待つことなく直ぐに「どうぞ」と涼し気な返しが送られ、私は襖を開けた。
「おはようございます、
……酒呑童子にございま──」
朝日を浴び逆光に白髪を透明な繊として煌びかせていたのは、
──意表を突かれた。
彼女は立派な女児でありながら、どういう訳なのか学ラン姿でいる。
深々と被られた学帽のツバ下にある
「今日から宜しくお願い致します……
爽やかで柔らかい物腰にまたも面を喰らう。
私の様子を見てか、不思議そうに今度は
「どうかなさって……?」
「い、いえ……私の名を呼んでくださりましたので」
彼女にいつ教えたかと思考を巡らせるが、どうも思い出せない。
「衆能江様がじぃじと話をしていた時、外から『衆能江という名がある』との声が聞こえてきたもので……お気に障ったならすみません」
「い、いや……じゃなくて、私の事はご自由にお呼びください」
霞命は『うん』と言いたげにこくりと頷き、私の方へと静かな足取りで近寄り突如帯を外し始めた。
「結び方、難しいですよね。──一緒に覚えましょう」
違和感のあったまま放置してた帯を、まるで子に言い聞かせるが如く母の所業で一から教えながら結んでくれる。
一瞬脱がされるのかと思ったが、考えすぎだ。
「──いけない、車を待たせている。急ぎましょう」
少し駆け足気味に霞命は先頭を歩き、後を追いかける様に私は渋々と付いて行った。
底が知れぬ童よな。
※
専属の運転手が赤信号の度にルームミラーで帽子を整えるような仕草をして此方をちらり見ている事に気付き、私は心中で舌打ちをした。
霞命──中学二年生の通学に乗車する形になったが彼女の隣故、脚を閉じ、失礼の無いよう姿勢を保っていたが、ものの数分でストレスを覚える。
しかして、霞命の妙な学ラン、美少女学ラン。不自然
恰好良いが、さてどうしてか。
「お具合、優れませんか?」
彼女の凛々しい制服姿を尻目に視ていたのがバレ、素直に感想を言おうと決心を固めた。
「……学ランなのですね」
「見てのとおり学ランです」
「此方に来てまだ二日ですので無知で恐縮なのですが、庄司家では女性が男性の制服を着るというのが、仕来りにあるのでしょうか?」
「……男が学ランを着る事っておかしな事ですか?」
「うーん、それは私の主観ですと一般常識の──
……何?」
いったい、どうした、事か。微かに聞こえてくる車の振動以外何も聞こえない。
性に見分けがつかない程に、双眸は老いぼれてしまったのか。
世の中、不思議がまだ
「もしかして……女性だと勘違いしてらしたのですか?」
霞命の表情は相も変わらなぬまま、少々拗ねた声色で此方を見つめていた。
すると小さく鼻で溜息をし、霞命は窓に移るビル群へと視線を移してしまう。
「……仕方ないです。こう見えても一応『三人目の清姫』ですから、見た目の“再現”が濃くなっちゃったんですよ。
だから女性らしい
自分の血筋を少し残念そうに語る、その様子は少年らしい。
しかし、嗚呼
霞命の様な人たちは、人々が語り継いできた逸話を“血”として受け継いだ古くから
創人の
物語中に出てくる異能や技能を使用できるという点以外は殆ど人間──しかし、元となった物語の内容を『記憶』として受け継ぐ事が出来るのは“初代”のみで、子孫たちに記憶が継がれる事は決してない。
自分の力として独占しようとする者もいれば、人と交わり子を増やしていく者もいる。
物語の再現体となる確率は代を重ねる毎に低くなり、受け継げなかった者は普通の人として世を生きる。
“三人目”という言葉からして『安珍・清姫伝説』の再現体となったのは、原点である初代と霞命の間の代の一人、そして霞命のみだったのだろう。
一方、私は初代だ。子も作らぬまま寿命も知らぬまま老いも知らぬままこの年まで生きている。殺害した人間から金を奪い、家を一時的な寝床にしていたという生活ばかり送っていた旅人殺人鬼である。
「──衆能江様」
「え? は、はい」
「足下、窮屈ですか? 伸ばしても構いませんよ」
私はきょとんとした表情を浮かべていたが、すぐさま我に返った──霞命は私が何度か姿勢を変えていた事に気付いていたのだ。
「い、いえ、平気です」
「……先程からソワソワとなさっているご様子。環境が変わって落ち着かないのですね」
心を見透かしたかのように語る彼の横顔は、やはり手弱女そのもので……どこか恋しい。
「ありのままでいて欲しいのです。せめて僕の前でだけは気楽に肩の力を抜いて、堅苦しい態度はしなくても良いのですよ」
珍しい
「──では、お言葉に甘えて」
と、脚を伸ばし組んだ。
伸ばした時に天井にぶつけたりもしたが、彼は気にせず窓の奥を見つめている。
態度が最悪すぎるかもしれないが、ご主人様の言う通りお言葉に甘えているのだ。
視線を感じルームミラーに睨みを返すと、運転手はすぐさま前を向き直し運転に意識を集中させた。
「じゃあ、霞命って呼び捨てにしても良いの?」
「えぇ、ご自由に。──衆能江さん」
ふぅん、甘い
──まぁ、その点も色々と問題があるんだけど。
※
学校でも私は彼の傍で見守り、外敵を排除する──なんて訳にもいかず、既に数時間以上も学校の屋根の上から霞命を観察していた。
眼も耳も良いので対象は逃さないし、話の内容も澄ませば聞こえてくるので問題はないが……。
「まったく……爆弾が無ければこんなめんどくさい事しないのに」
手術痕は綺麗さっぱり消えているので気付いてなかったが、私の脳と心臓と首の骨には計三個の爆弾が埋め込まれている。
霞命から五十メートル以上離れれば『ピー』という電子音と共に起爆する奴隷器具。
私は
更には霞命が何者かに殺されたり、第三者に埋め込まれた爆弾を破壊されても起爆する最低仕様。
威力はというと、米軍の使用する『M18クレイモア地雷』レベル──そんなワンオフサディズム器具に大金掛けてまで私に警護を任せたいか?
実際にやってみて大丈夫そうか試してみても良いのだが……正直、少し怖いので様子見。
現時点で五時間目なのだが、ずっと眺めているのは退屈という名の地獄でしかない。
私への昼飯は無論無し、別に良いけどこの無賃労働さ。
『安定した食事と寝床に在りつけたんだから喜べ』だ? 下衆以下が。
それで一つだけ、
終始無言の美少年女、その違和感と寡黙ぶり。一人黙々と忍者物小説を読む学ラン
「アイツ……」
十六夜さん、貴方のお孫さん。現代用語で言うところのボッチです。
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