催眠術をしてみたい!

うさだるま

催眠術をしてみたい!

「俺ちょっと催眠してみたいんだけどいい?」


他のクラスメイトがもう全員帰った、西日の入る教室で、亮は言った。


「催眠?うーん嫌かな。ちょっと忙しいし。」


亮のいつもの頭のおかしい提案に慣れた様子で、琴音は返す。手にはノートとペン。今日出された課題をやっているようだ。しかし亮のテンションは変わらない。


「ありがとう。頑張ってみるよ。」

「えっ、拒否権は?」

「じゃあそこに立って!」

「ねぇ、拒否権は?」

「いいから、いいから」


亮は構わず課題をする琴音を立たせる。とても満足そうな顔だ。しかし、すぐに表情が青ざめる。ポッケをゴソゴソ。財布をゴソゴソ。何かを探しているようだ。


「しまった!やっちゃった!」

「どうしたの?」


亮は焦って言う。


「5円玉もってない!持ってきたのに!100円玉とか10円玉とかしかない!」

「使っちゃったの?」

「うん。購買で100円のパン買った時に、使っちゃった。」

「そうか。じゃあ2枚はあったのに使ったんだね。」

「仕方ない。代わりのものを見つけなきゃ。」


そう言うと、亮は亮自身の鞄の中を探し始めた。


「どう?何かありそう?」


琴音が問いかける。


「うーん。えっーと、これは?!」


亮が取り出したのはよく見るドーナツ屋の箱だった。


「それは、ドーナツ?」

「そう。穴が空いてるからいけるんじゃない?」

「いけそうではあるね。ちょっと中を見ていい?」


そう言って琴音が箱の中を覗くと、数個ドーナツが入っていた。


「何個かあるけど、どれつかうの?」

「あ、ポンデは後で食べるからダメ。」

「食べるどうこう関係なくない?まあいいけど。」

「ああ、オールドファッションもダメ。俺、好きなんだよね。」

「へぇ、珍しいね。」

「そんな事ないだろう!オールドファッションいいだろ!」

「はいはい、で?どれ使うの?」

「琴音用に買ってきたやつがあるからそれ使おうかな。」

「私用のヤツ使うの?えぇ、どれよ?」

「エンゼルクリーム」

「穴、無くない?」

「いいんだよ。中が空洞なんだから。それに、ドーナツへの愛があるからね。」

「その愛、5円玉の代わりにしていいの?」

「ほら!ピシッとして!」


亮は突然、大きな声を出して、琴音を先程立たせた位置に戻した。そして、エンゼルクリームに紐を括り付けて、琴音の前に持ってくる。


「あなたは段々眠くなーる。あなたは段々眠くなーる。、、、、、」


繰り返す亮。しかし、琴音には全く効果がないようだ。


「、、、全然眠くならないよ?」

「えぇー、じゃあ仕方がないか。これはもう食べちゃおう。」


そう言うと亮はエンゼルクリームを勢いよく平らげた。


「あ、私のエンゼルクリーム、、、」

「そう、落ち込まないで。」

「あんたのせい、、、」

「他にも持ってきたから大丈夫。」

「え?ドーナツ?」

「ううん。ちくわ」


亮は鞄から抜き身のちくわを取り出した。


「え?ちくわ?なんで?」

「穴が空いてるから、催眠術に使えるかなぁって思って持ってきた。」

「じゃあ5円玉をもっと持ってこればよかったんじゃない?」

「いやいや、今日20枚も持ってきたから大丈夫だと思ったんだよ。」

「へぇ、20枚も持ってきて無くなったんだ。何に使ったの?」

「購買の100円のパン」

「あー、20枚で買ったんだねぇ。100円玉あるって言ってたのにねぇ。」

「そんなことはいいから、催眠するよ!」

「はいはい」


2人は再度、催眠術の立ち位置に移る。

亮の手には、ちくわの真ん中にくくりつけられた紐があった。紐の先のちくわはと言うと、自重に耐えられず真ん中から曲がってしまっている。


「ねぇ、亮。これって意味あるの?穴見えて無いんだけど。」

「そんなこと、今更じゃない?さっきのドーナツなんか、穴なかったし。」

「なんで、急に冷めてんの?」

「あなたは段々、納得するー、あなたは段々、納得するー、、、、、」


亮はちくわを振り回す。


「いや、納得はしないよ。催眠も効かないし。」

「ああ、ダメかぁ。じゃあ食べていいよ。このちくわ」

「え、これ、鞄にそのまま入ってたヤツだよね?」

「うん。俺はドーナツ食べちゃったし、代わりにどうぞ。」

「話が若干噛み合ってないなぁ。まあ、うん。食べるかどうかは別として貰っておくよ。」

「でも、ドーナツもちくわもダメとなるといよいよ後がないなぁ」

「後がなくなるの早すぎるんだよなぁ。」

「ちょっと探すわ」


また亮は鞄の中を探す。どうやら、まだ何かを持ってきていたようだ。


「これは!どう?!」


亮が取り出したのは、ランドルト環だった。

正確に言うと、ランドルト環が沢山書かれた、視力検査のポスターだった。


「それは、、、何?」

「視力検査の丸みたいなヤツ。知らない?」

「いや、ごめん。知ってはいるよ?よく持ってたね、それ。保険室でしか見たことないや。」

「うん。俺も保健室でしか見たことない。」

「え?じゃあどっから持ってきたの?」

「保健室からとってきた。」

「あー、ダメだね。」

「でも、これさぁ。穴はあるけど欠けてるよね。うまく催眠できるのかな?」

「多分、そこ気にする前に気にすべきとこ、結構あったよ。」

「そうだよねぇ。やっぱ、どの大きさが催眠に適してるのか、分かんないのがネックだよねぇ」

「ああ、うん。そうだね。」

「まあでも、一番小さいやつがいいと思う。みんな目を凝らして見るし。」

「そんなもんなのかなぁ?」

「ほら!ふざけてないで、立って!」

「あ、ごめんね。ふざけてるつもりはなかったんだけどね。」


二人は催眠術の立ち位置に戻る。

亮はポスターをもち、円を描くように揺らす。


「あなたは段々眠くなーる。あなたは段々眠くなーる。」


琴音には全く効かない。

だが、亮はやめない。


「ねぇ、亮。効かないし、やめよ?」

「えぇ、もうちょいやらせて!」

「うーん、まあいいよ」

「あなたは段々眠くなーる。あなたは段々眠くなーる。」


琴音には全く効かない。

しかし、亮はやめない。

あまりに長いこと続けるので、琴音は飽きてきてしまい、欠伸が出てしまった。

それを亮は見逃さなかった。


「あ!!琴音!今、欠伸したね!眠くなったね!」

「ああ、うん。眠くなったよ。流石、亮だ。うん。」

「やったぁ!俺にも出来た!これからは俺の事を稀代の天才催眠術士、亮と呼んでくれ!」

「ねぇねぇ、希代の天才催眠術士、亮。気になってる事があるんだけどさ。なんで急に催眠術をやりたいって言い出したの?」

「ああ、それはね。ネットで、催眠術士の動画を見たからなんだよ。」

「へぇ、どんな動画?」

「これだよ。」


亮はスマホをいじり、動画を流す。

そこには、胡散臭いおっさんが、5円玉をこちらに向け、何かを言っている。


「ほら、琴音。この人凄いでしょ?この人は催眠術連盟の人で催眠術士を増やす活動をしているんだって!」

「ふーん。怪しいね。」


琴音がよく聞くと、動画に映るおっさんは小さな声で、「あなたは催眠術をしたくなーる。あなたは催眠術をしたくなーる。」と言っていた。


「、、、亮。催眠術には満足した?」

「うん。付き合ってくれてありがとう。」

「そ。それならよかった。帰りにドーナツ屋、よってかない?私もドーナツ食べたくなっちゃった。」

「いいね!俺ももっと欲しいし!」

「あ、そうだ。」


琴音は亮に押し付けられたちくわについていた紐に財布から5円玉を括り付けて、亮の目の前にもってくる。


「あなたは段々、催眠術がしたくなくなーる。あなたは段々、胡散臭いおっさんの動画を忘れーる。あなたは段々、この動画のことが嫌いになーる。」


琴音がそう言うと、亮は少しの間、ぼーっとした後。はっと目を覚ました。


「え?何この動画?変な動画。消しとこ。」

「、、、意外とできるんだ。」

「ん?何が?」

「なんでもない。亮は純粋だから、気をつけてねって事。」

「ふーん。そんな事よりドーナツ食べに行こ!」

「はいはい」


二人は夕暮れの教室を後にする。

教室には、ちくわだけが残っていた。


(完)

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