カナシミシンキロウ、荒波を添えて

長月 有樹

第1話

 椎名四七。読みはシイナシイナ。私の可愛くない名前は、ガッツリ韻を踏んでいる。むしろ韻を踏むために名付けられたのかと気になり、父に名前の由来を聞いたことがある。理由は生まれたときに47センチの身長であったからとすごく単純でかつどストレートな名前の由来ですごくショックだった。名前の由来を聞いて、その説明であっと思い出して追加の理由が出てきた。好きなガンダムの主人公が女装をした時の名前が、ファースト、ファミリーネームで二度繰り返してた。好きな漫画が同じ単語を二度繰り返してたから。その二つだった。そんな理由なら思い出して欲しくなかったと苦く笑った思い出は、あれから数年流れても鮮明に覚えてる。


 そんなローラローラやHUNTER×HUNTERから自分の娘の名前の由来と語る父はアッサリと病気で死んだ。五年前の私が19歳の頃に。死因は肺ガンであった。それは間違いなく喫煙が原因であると断言できた。父は一日一箱、20本の煙草を必ず吸うヘビースモーカーだった。あれで煙草以外が原因だったら逆にびっくりしてたし、残された母と娘の私も納得していた。


 父のヘビースモーカーぷりは煙草をフィルターぎりぎりまで吸ってすぐに次の煙草へ火をつける。それを七本立て続けに吸うてエピソードからも分かる。チェーンスモーカーだった。


 しかしある日、私は気づいた。父はいつも七本を立て続けに吸っていた。しかも後半は少し苦しそうに。私は父に理由を聞いてみた。答えはすぐ返ってきた。父は短めの煙草を吸っている。一本あたりの全長は7センチメートル。それを七本を吸う。七本目は2センチメートルほど短めに吸う。つまり7×6+5であると。そうすると合計はどうなる?と父は私に聞いてきた。47と私は答える時に父の次の言葉も合わせて想像できた。


 シイナになるんだよと答える父のドヤ顔に私は自分の名前の由来を聞いたときと同じくらいの苦い笑いをした。


 父が死んだ後は、私は奨学金で何とか大学を卒業し、地方公務員として地元の市役所に就職する。母と二人で生まれ育った街で暮らす。どこを見渡しても悠然とそびえる山脈と青いといったら少し濁ってる海の間で。それ以外は何も無いこの街で。蜃気楼が見える事しかウリが無く、人口の割には寂れた遊園地と寂れた水族館があるこの街で、私は変わらずに生きている。


 二十歳を超えてから私は父と同じく煙草を吸い始めた。父と同じ銘柄の短い煙草。和訳すると小さな希望という名前の煙草。皮肉かよと思いながらライターで火を付け、紫煙をたゆらせる。一本、二本、三本と立て続けてにフィルターぎりぎりまで吸い続ける。そして7本目は2センチメートルほど早めに火をもみ消す。7×6+5=47センチ。私の名前と同じ長さの煙草を吸う。父と同じ吸い方をする。


 母はその吸い方を快く思って無いことも口に出されずとも分かっていた。当たり前だ、これで父が死んだといっても良いようなもんだから。けど私は止めない。一度煙草に火を付けると6本一気吸い、7本目はちょい残しで、ニコチンとタールを自分キャパシティ以上に体内に入れる。それを繰り返す。


 まるで何かの儀式みたいに。


 父との思い出を繋ぎとめるみたいに。


 それを繰り返す。繰り返し煙草を吸う。実際に父との過去を思い出すときもある。それは同じ★3.5でも食べログだと行っても良いかな?と思えるけれど、映画の評価だと観る気が起きない。そんなくだらない思い出しか出てこない。くだらない、けれども忘れたくない思い出の数々をタバコの煙で繋いでいく。思い出す度に本当にくだらないなとこれまた私は苦い笑いをする。父との思い出はしょうもなくてビターなものばかりだった。


 仕事が早めに終わると私は港へ行く。日が落ちようとしてるオレンジ色の夕焼けと鈍色の水面と二つの灯台。海とは反対を振り向くと大きく堂々と佇む山脈。私はそこで煙草を吸う。もちろん7本吸う。


 蜃気楼が見える街、それが私が住む地元の売り文句。幻しか売り文句にならない本当に虚しい街。その港で、今日も煙草をする。


 父が見えた。逆さまに浮いている父が見えた。驚いた。驚きながらも煙草を吸っていた。蜃気楼てこんなもんだっけ?と思いつつも逆さまに浮く父の幻影は鮮明だった。それがマボロシであると分かる冷静さもあった。


 憎らしいほど、父の幻影は優しく微笑んでいた。あの日々と変わらずに。いつも私といたときの父。


「おとうさん……、私……、もう疲れたよ」

 父が死んでから。母が狂ってから。ずっと自分の心の奥に留めていた言葉がポロリと出ると、ダムが決壊したかのように負の感情と言葉が自分の心の中から溢れ出てきた。


 変わらずに水面に逆さまに浮いてる父。それに近づこうとテトラポットをよじ登る。


 波が荒れるから今日は海に行かない方が良いよと職場での会話を思い出すけれども。テトラポットの上を歩く私の足は止まらない。


 

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カナシミシンキロウ、荒波を添えて 長月 有樹 @fukulama

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