パーティーを追放されたおっさん、辺境でスローライフ送ってたら女の子にされたあげく出産し、ママになってしまう

高橋弘

ママは元おじさん

 

 ああ……なんてことだ。

 俺は男だというのに妊娠し、ついにこの日を迎えてしまった。


 おぎゃあおぎゃあと、足の間から赤ん坊の泣く声がする。

 俺の子だ。

 俺が産んだ。

 

 今年で三十七歳になるおっさんなのに、赤ちゃんを産んでしまった。

 母さんごめん。貴方の息子は男らしく育つどころか、ママになってしまいました。

 こんな親不孝者、聞いたこともねえよ。前代未聞だよ……。



 * * *



 俺だって好きでこうなったわけじゃない。

 昔はちゃんとした男だった。サムソンと名付けられ、強くたくましく髭と筋肉の塊に育っていた。

 マジだぜマジ。村一番の怪力と名高く、年の離れた妹と一緒に様々な冒険を繰り広げたもんだ。

 

 妹の名前はデリア。なんとこいつが当代の勇者に選ばれた。剣も魔法も凄腕の娘だったからな。

 そして勇者の最初の仲間が俺ってわけだ。

 兄として戦士としてパーティーを支え、魔王を倒すべく戦いの日々を送っていた。


 そうしてるうちに、仲間も増えていった。賢者とか盗賊とか僧侶とか。

 俺以外の仲間は皆若かったもんだから、ぐんぐん強くなっていった。


 逆に俺は、伸び悩むようになった。

 腕力一辺倒で、魔法がからっきしだったのがよくなかったのかもしれない。

 身体能力なんて二十代がピークだもんな。三十を過ぎてからというもの、どんどん俺は弱くなっていった。


 いつしか俺はパーティーの足手まといになり、やがてはこんな話を切り出された。


「サムソンとはもう旅を続けられない」


 ってな。

 言ったのは賢者のアレックスだ。思えばこいつは最初から気に入らない男だった。

 やたらとデリアにべたべた触るし、俺のことは邪険に扱ってくるし。

 それでも能力は優秀だったから我慢してたが、こっちが嫌ってると向こうにも伝わるもんだな。


 俺が戦力外になったら、奴は待ってましたとばかりに追い出そうとしてきたのさ。

 デリアは引き止めてこなかったのかって?

 いやそれがな。

 笑っちまうんだが、デリアはこの時アレックスと付き合っててな。彼氏の言いなりってやつ。

 

 どうしようもねえよな。

 俺はすっかり意気消沈し、夜闇に紛れてパーティーを抜け出した。

 目的もなく、ただひたすら歩いたよ。

 歩いて歩いて歩き抜いて、辿り着いたのは辺境の農村地帯、「ぺリシア」だった。


 いい場所だと思った。

 緑がたくさん広がっていて、のどかで、住民は親切で。

 俺はここに腰を落ち着けて、第二の生を送ると決めた。

 まったり農業なんかやって……いわゆるスローライフだな。

  

 畑を耕して、家畜の世話をして。土に根ざした自然な暮らし。悪くない。


 地元のハーフエルフ娘といい雰囲気にもなったし。エリナって子なんだけどな。

 そりゃあもうとびっきりの美少女だよ。

 ふわふわな茶髪にくりくりの青い目をした、女子力めっちゃ高そうな顔立ち。

 小さな女の子が好きそうなお人形さんに、男達の好きそうな色気をたっぷりと詰め込んだ感じ。

 あどけない顔して出るとこ出てるし、引っ込むべきところは引っ込んでるのだ。


 こんな子とイチャイチャしてたなんて最高だろ?

 思えばあの頃が、俺の人生で一番充実してた時期だったかもな。


 けれど幸せな時間は、長続きしなかった。

 あろうことか俺を追い出した勇者パーティーが魔王に敗北し、この村に逃げ込んできたのだから。


 俺が抜けた穴を埋めきれず、盾役不足で戦線が崩壊したんだとさ。アホかよ。

 しかもただ逃げてきただけじゃなく、追っ手もセットだったもんだから笑えない。

 魔王軍の幹部、ダゴンが大軍を引き連れて攻め込んできたのだ。「勇者の残党はどこだ」ってな。

 おまけにその村で匿ってる残党ってのは、他ならぬ勇者デリア様なわけで。

 勇者で、俺の妹。

 カタカタ歯を震わせて怯える、たった一人の妹。


 お兄ちゃんなら何とかしてやらなきゃ不味いだろ?


 俺は農具を片手に立ち上がり、魔王軍に突っ込んで行ったね。

 見た目はほぼ農民一揆だったろうなあれ。

 俺、エリナ、勇者デリア。急ごしらえのダゴン討伐隊だったが、上手くいった。

 まさか魔族にクワがよく効くとは。


 このあたりの農具はエルフがミスリル銀で鍛えてあるから、人間界の勇者装備より強いそうだ。

 おいおい、なんだそりゃ。

 まあなんでもいいわな。


 俺がダゴンにトドメの一撃を加えようとしたその瞬間、奴の目が光った。

 ――いかん、そういえばこいつの二つ名は心霊戦士だった。何か精神攻撃を放つに違いない!

 咄嗟に目を瞑った俺を、エリナが庇った。

 俺とエリナは禍々しい光に飲み込まれながらも、手に手を取ってダゴンにクワをぶち込んだ。


 手応えはあった。俺達は勝った。ダゴンは絶命し、その鱗まみれの体を横たわらせていた。

 だが何かがおかしい。そう、俺の顔を俺が覗き込んでいた。

 

「……え、俺がもう一人?」


 俺の口から出てきた声は、エリナの声だった。

 見れば俺の手足も、着ている服も、エリナのものになっている。そして俺の目の前には、サムソンそのまんまの大男が立っている。


 そういうことだった。

 あのド変態の心霊戦士ダゴンは、最後っ屁で俺とエリナの精神を入れ替えやがった。

 

 たまらずふざけんなって叫んだね。可愛い声で。

 

 術を放った本人は死んでるんだし、そのうち直るんじゃない? とデリアはけろっとした顔で言っていた。ほんと調子のいい妹だよな。


 俺とエリナは互いに途方に暮れながら、とりあえず村に帰って事情を説明した。

 最初のうちは村人も面白がっていた。

 けれど何日経っても元に戻らないので、徐々に心配されるようになった。


 一週間立っても、俺はエリナの体のままだった。

 当然ながらエリナの人格は俺のガチムチボディに入り込んでるわけだが、元々筋肉フェチだとかで楽しそうだった。

 いいのかそれで……。


 一ヶ月後、俺は吐き気を覚えた。

 胸が張っているような感覚も出てきた。


 ん、まさかこれって。

 嘘だろ? いやでも。


 心当たりはあった。

 恥ずかしながら俺は村に来てすぐエリナといい雰囲気になってて、そのなんだ。

 ダゴンと戦う前日には、結ばれていたのだ。

 私達これで死ぬかもしれないね。大丈夫、俺が守り抜く。そんな甘い言葉を囁きあって、それでまあ、盛り上がってだな。


 つまりこの体は――


「妊娠してる」


 俺の子だ。サムソンだった時の俺が、エリナを抱いて作った子だ。

 村中が大騒ぎになった。

 当たり前だ。

 ムキムキのおっさんとハーフエルフの美少女が入れ替わって、しかも子供まで生まれようとしている。

 一体どっちがパパでどっちがママなのか、もはや理解不能だった。


 なのに俺の腹は、順調に膨らんでいった。

 

 それでわかったんだが、妊婦って大変なのな。

 つわりだけじゃなくて、何か倦怠感みたいなのもたまにあるし。

 気分のむらは激しくなるし。臭いに敏感になるし。

 妊娠中は夫が臭く感じるとか聞いてたけど、まさか元自分の体すら悪臭に感じるのはショックだったぞ……。

 髭マッチョのエリナが「彼氏に臭いって言われた!」と野太い声で泣いてたっけな。


 あと俺の顔で彼氏とか言うのやめろよな、見た目が見た目なだけにすげえホモっぽいんだが。

 


 そして、俺の妊娠が発覚してから九ヶ月後。

 いよいよその日が訪れた。


「痛えよう。痛えよう」


 ひっひっふー。ひっひっふー。村の産婆にあれこれ指示を出されながら、俺は呼吸を整えていた。

 ベッドの上に寝そべり、足をがばりと開いて痛みに耐える。

 

 もう、いいから。

 陣痛とかいいから。

 俺が悪かったですごめんなさい。


 もはや何に謝っているのかもわからなくなりながら、俺は腹の中で散々好き勝手してくれた我が子を産み落とした。


 やっと終わった、開放された! 

 なんて脱力してたら「このあと胎盤も出てくるからね」と産婆に追撃を食らい、恐怖で脳が停止した。


 意識が戻ると、俺の枕元に赤ん坊が寝かされていた。


「元気な男の子だね」


 そんなこと言われても、正直どうしたものか。

 その時の俺は半死半生といった有様で、息も絶え絶えだったし。


 第一……俺、男だぜ?


 体は美少女かもしれないけど、中身はおっさんだぞ?

 母性とか湧くんかなあこれで。ていうかいつまで俺とエリナの体は入れ替わったままなんだろう。

  

 様々な不安を抱えながら、俺は息子の顔を見た。

 しわくちゃで赤くて、猿みたいだった。

 なんだこりゃ、と思ったね。


 でもよく見れば目鼻立ちは整っていると気付いた。

 整ってるどころか、俺が今まで見たことある赤ん坊の中で一番の美形かもしれない。絵画に描かれた天使みたいだ。

 あれれ? この子ったら世界一可愛くね? うちの子がベストじゃね? パパのおっぱい飲む?

 

 どうやら息子は、エリナ似らしい。よかった、髭ダルマの俺に似なくて。いや今は俺がエリナなんだけど。

 ええいとにかく、俺は息子の将来が美少年になりそうなので、ほっと一安心したのだった。


 俺がすっかり安堵して我が子の頭を撫でていると、サムソン顔のエリナが飛び込んできた。

 エリナは俺を見るなり言った。


「夫が母性に目覚めてる……」


 なんとも言えない表情だった。気持ちはわかるが。

 ああ結婚式なら妊娠中に済ませておいたよ。



 とまあそんな調子で、俺達親子の奇妙な生活が始まった。

 子供には、両親の人格が入れ替わってるのは伏せることにした。

 村人も協力してくれて、トップシークレットになったのである。

 だってこんなん知られても、悪影響しかないと思うし。


 ママが実はパパで、パパが実はママだったなんて知りたくねーだろ……。

 まだお前は橋の下から拾って来た子供だったんだよ、と言われた方がマシだ。

 な、レオン。そんなの嫌だろ?

 今お前に母乳与えてる人が昔おっさんだったって知ったらどうよ? それおっさん汁なんだぞ実は。


 そう、子供の名前はレオンにした。

 絶対イケメンに育つからイケメンネームじゃないと不味いだろ? だろ? と俺がゴリ推しして付けた名前だった。

 皆呆れてたけど、実際ハンサムになりそうなんだから仕方ない。

 こんなにキュートだし。ほっぺぷくぷくだし。

 

 いやほんと、息子ってのは可愛いもんだね。

 赤ちゃんに庇護欲感じるのは大丈夫として、こいつが何年かして男っぽくなっても可愛がれるかなあ……ってのは実は不安だった。

 ほら息子と父親はぶつかるって言うだろ?


 でも幸いなことに俺は、子供が十歳を過ぎてもまだ天使に見えていた。

 俺が元々子煩悩なタイプだったのか、この体が母性を感じてるからなのかは知らないけど。

 

 もしかしたら糞生意気な妹の面倒を見てきたせいかもしれない。

 女の子の世話するのって地獄だぞあれ。思春期に入ると特にな。人間関係とか。

 それに比べてうちの息子ときたら、年の離れた弟みたいで扱いやすいのなんのって。

 中身が男同士だから、趣味も合うしな。チャンバラごっこや虫取りに付き合ってやったりして、毎日のように親子で遊んだ。


「ママの必殺剣を見よ! うおおおおお!」

「……いつも思うけど、なんでママは男の子の遊びにノリノリなの?」

 

 ドライなやつだ。

 でもいいよ、大切な我が子だ。何言われたって許せるさ。


 俺の予想通りすっかり美形に育ったのもあって、もはや俺の親バカは天井知らずになっていた。

 エリナを性転換させてちょっとやんちゃにしたような感じの、村一番の美少年。それがレオンだ。

 髪と目が黒いのは父親であるサムソン由来だろうけど、他は全部母親似だな。ああ腕力が強いのも父親似か。

 文武両道で親思いで、どこに見せても恥ずかしくない立派な男の子なのである。


 見せる予定なんてないけどな。

 レオンはここで父ちゃ……母ちゃんとずっと農業やろうな! 

 人目につくところに出したら、どんなイタズラされるかたまったもんじゃないし。


「……なんか僕の顔についてる?」

「んー? いや、レオンは今日も可愛いなあって思って」

「ば、ばっかじゃないの。何言ってんだよ急に」


 ちょっとばかしシャイなところもあるけど、そこがまた素朴でよい。

「あたしが世界で一番綺麗で最強なの! もっと褒めてよね?」が口癖だった妹とは大違いだ。


 そうやっておっさんの癖にママを続けているうちに月日は流れ、レオンは十五歳になっていた。

 少年と青年の間の、なんとも言えないお年頃だ。

 色々悩み事(恋愛とかな)も出てきたりするんだろう。

 最近俺の脱いだ下着を洗い場で見つけては、気恥ずかしそうにしてるし。

 好きな子の下着でも想像しちゃってんのかな。

 

 ちゃんと男として育ってるようで、大変結構。

 世の中の普通の母親は、息子が性に関心を持つと嫌がるそうだ。

 けど俺は元男だし、あんまそういうの気にしない。

 健康な証拠だもの。

 いやもう無事に成長してくれてるようで安心だ。

 細かいこと気にしないから、大人になってくれるだけでいい。


 なんせほら、世の中にはママに育つ息子もいるくらいだからな。それに比べりゃ多少グレたって気にならんね。

 レオンにグレる気配なんてないけど。

 むしろ相変わらず孝行息子のままで、「母さんより綺麗な女の子なんていない。僕はどうすればいいんだ」などと嬉しいことを言ってくれたりする。

 本当に親思いな子だ。


 まあお世辞抜きに俺は綺麗だと思うけどね。ハーフエルフだから全然年取らないし。

 十代後半くらいで、外見年齢止まっちゃってるんだよな今の俺。

 どうだ、俺の妻の体はいけてるだろ? 


 問題は俺の、元の体の方だ。

 エリナが入っているかつての俺の肉体は、今年で五十二歳になる。

 人間の寿命なんて、五十代から六十代がいいとこだ。その年代で大きな病気にかかったら、お迎えが近い。


 そして――人間の体と入れ替わったまま、エリナは病魔に侵された。

 畑仕事の最中に真っ黒な血の塊を吐き、倒れたのだ。

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