第23話
俺はいま、夢を見ている。
『あんっ♡ 後輩君ってば……がっつきすぎ♡』
いや、夢というよりは記憶の再起だ。
これは俺が忘却したと思い込んでいた記憶なのだ。
『そう、そこ……ボクのことをオナホだと思って……あっ、え? ちょっとま──』
目の前の光景から目を逸らしたくて、でも不思議と身動きを取れない俺は、ただ瞼を閉じることでしか抵抗できない。
眼前で繰り広げられているであろうソレが俺の記憶という事は、間違いなくこの俺自身が犯してしまった過去の過ちであり、否定しようのない事実でしかなくて。
この体を動かしている自分自身に『止まれ』『やめろ』と命令したところで、変えようのない事実をただ淡々と再現する夢の中の俺は行為をやめてはくれなかった。
目を開けることは出来ない。
いまここで瞼を開けてしまったら、間違いなく思考がR18に染まってしまう。
俺は彼女を──式上先輩をそんな目で見るつもりなんてないんだ。
『まっ、まっへぇっ、やめ、ぼくっ死んじゃう──』
──覚めろ。
起きろ俺。
早く目覚めろ。
R18になってしまう前に、はやく──!
★
「──ハッ!?」
飛び跳ねるように覚醒する。
気がついたとき、俺は自室のベッドの上だった。
「はっ、ハッ、はっ」
心臓がまるで車のエンジンのように激しく鼓動している。
軋むように肺が痛み、新鮮な空気を欲して呼吸が乱れている。
「はぁっ、うっ……ふぅ、はぁ……っ」
胸元を強く掴みながら呼吸を繰り返していれば、次第に心は落ち着きを取り戻してくれた。
先ほどの光景は間違いなく過去に起きた現実ではあったが、今現在の俺がソレをしていない事実に安堵する。
最悪の目覚めだ。
こんなにも気分が悪い朝は今まで経験したことがない。
……それもこれも、昨晩決めた『えっちな夢を克服しよう大作戦』のせいだが。
「あっ、起きたのね。おはよ」
「……ムチ子、か」
俺の下半身を覆っている掛け布団の中からもぞもぞと顔を出したのは、すっかり普通の人間の姿が板についたムチ子だった。
窓から差す朝日が彼女の深紅の髪を照らし、反射した光が俺の目を攻撃してくる。
「ぬわああぁぁぁ……」
「あっ、ごめん」
サキュバスという種族だからなのか、ムチ子の髪はキューティクルがやばい。
光を完全に反射する程の艶やかな赤髪はもはや鏡にも等しいのだ。お手入れ大変そう。
「……で、主陣コウ。アタシの夢には勝てた?」
朝日で目潰しされて狼狽えていると、ムチ子が朝勃ちした俺のズボンの一部を揉みながら質問してきた。やめろバカ。
「……目ぇ逸らしちまった。とてもじゃないけど、あの光景を直視するのは厳しいよ。
あと股間を揉むのやめて」
「まだ悪夢に対しての耐性が付いてないみたいね。もっと特訓しないと駄目よ、主陣コウ。
あとサキュバスの前で勃起するアンタが悪い」
あの記憶はムチ子の力で無理やり見せられた記憶なのだが、残念なことに予想通り俺は悪夢とは対峙できずに逃げてしまった。情けない事この上ない。
あと、朝勃ちは興奮とか関係なくただの健康の証だぞ。それに俺の意思じゃねぇ。
「……はむっ」
「っ!? やめろアホっ!?」
「いだっ! だ、だってめちゃくちゃ勃起してるのよ!? サキュバスならこんな美味しそうなのズボン越しだろうと食べたくなるというか……!」
「自重しろ元ムチムチ女っ!!」
──と、まぁそんな朝の一幕があって。
本日も特訓漬けの一日が始まったのであった。
まず朝は体力づくりの為のランニングをして。
次は式上先輩お手製の逃走用ガジェットの使用練習や、それを使った作戦行動の訓練。
それが終わったら昼食を済ませて小休憩を挟み、今度は催眠術の特訓を開始する。
夕方頃には特訓を終わらせて、エロイベントを警戒しつつ家の中でまったり過ごし。
夜はあの強制ハーレム性欲耐久訓練をやって──というのが、最近の一日の流れだ。
今朝俺が体験していた『えっちな夢を克服しよう大作戦』は、昨日から始めた新しい特訓である。
ムチ子の力で強制的に
結果は散々だったが収穫もあった。
あの調子で夢の中での行動をしていけば、次第に夢ワールドでの対応にも慣れてくるだろう。
「いくよ、コウ」
「ばっちこい!」
現在は近所の空き地を利用したガジェット訓練の最中だ。
インが球出しマシンやエアガンを使って俺を攻撃し、俺は先輩の作った収納型シールドを使ってそれらを防ぐというものである。
腕に取り付けたブレスレットを操作すると、収納されていた丸型のシールドが出現した。
これは飛び道具を使う敵の攻撃をいなすための装備で、逃走用という事もあってか軽くて扱いやすい。
しかし実戦で体が動くかは別の話だ。
気合を入れて訓練に取り組まなければ。
「よーい、スタート」
「どっからでもきやがブベッ!!」
先は長い。
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