空鞘

「うぉおらあああ!!!」


 ルグレに話しかけてた冒険者が猛々しい声を上げて魔獣を倒して行く。手には大きな戦斧、装備が割と軽装なのは動きを阻害したく無いからだろう。それだけあってあの大きな戦斧をいとも容易く振り回してる。すげぇなあーこの世界の冒険者って。歳だってそれほど若くは見えない。おそらく40は超えているだろう。歴戦の強者感出てるなー。


「うわっと!」


 オレも周りを見ているほどの余裕は無かったんだった。仕方なく援軍に混じって戦闘の中心部に向かって走って来たんだった。真正面から突っ込んで来た魔獣を横に飛んで躱し、背後からファイアボールを放つ。見事に背中にヒットすると魔獣はつんのめる様に地面を転がった。そこをすかさず冒険者がロングソードでとどめを刺す。


「あんたぁやるなぁ!魔法使いか!珍しいねぇ!」


 とどめを刺したのはやたらとガタイのいい女の人だった。冒険者って荒くれ者の男ばっかりだと思ってたけど、女の人もいるんだな。ファンタジーだなぁー。


「にしても王子様はどこ行ったんだい!?世話を焼こうにもどこにいるか分かりゃしないよ!」


 走って参戦した冒険者よりも、グラネに乗った騎士よりも速くダージ王子は魔獣の中を縫うように駆け抜けて行った。魔獣には目もくれず、一撃も浴びせる事も無くただただ前へと走り、目指す人間を捉えて離さない。それでは誰も追いつけるはずが無い。遂には魔獣の先陣と戦っていた騎士をも追い抜いた。


「お、王子!?」


 馬に乗った騎士が驚きの声を上げる。その声も届かずダージ王子は単騎、その先へと走る。


「王子!お一人では!お待ちください!!!」


「何をしている!突っ込め!王子をお守りしろ!」


 ルグレが叫びながらグラネを駆る。


「おぉ!?なんだありゃ!?どうなってんだよトウゴ!」


 周りに巻き込まれるように走ってきたオレは気が付くとゼニの近くまで来ていた。


「なんか知らないけどあの王子様が取り乱しちゃってウゥロとか言う人目掛けて一直線なんだと!」


「王子が!?王子って偉いんだろ!?なんで!?」


「偉い人だって色々あんだろ!知らねーよ!とにかくみんなで王子様追っかけてんだよ!」


 援軍のお陰で数ではこちらが押している。しかしなりふり構わず全員で突っ込んだもんだから戦況は混乱している。ただその混戦の張本人はやっと目当ての人を見つけた様だ。


「ウゥロォォオオー!!!」


 ダージ王子が走り抜け様に剣を振るい、ダチョウの様な魔獣に跨る男に斬り掛かる。男は細身の剣を抜き流すようにその剣撃を弾く。


「相変わらず野蛮だな、ニル人と言うやつは。いや単にお前が野蛮なだけか?ダージ」


「エンシェントエルフがそんなに特別か?勘違いするなよウゥロ。臆病な獣を狩るのに品などいらぬだろう?」


 エンシェントエルフ?


「あぁ!耳長ぇ!すげぇ!エルフじゃん!本物じゃん!」


「え!どうしたトウゴ!?何興奮してんの!?」


「いやもう!ちょっと!本物見ちゃったよ!エルフじゃん!耳長じゃん!背中にちゃんと弓背負ってんじゃん!あれ使うのかなあ!?使うよなぁ!」


「ちょ!落ち着けって!」


 これが落ち着いてられますか!しかし男かぁ!せっかくのエルフさんなのに男かぁ!残念だ!


「おいゼニ!王子様がピンチだ!もうちょい近く行くぞ!」


「嘘つけお前!王子じゃなくてエルフを近くで見たいだけだろ!って待てって!おいっ!」


 いーや待たないね!オレの好奇心が進めと言っている!!!もっと近くで見たい!

 オレは迫り来る魔獣を盾でぶん殴り道を開け、どんどん進んでいく。後ろではオレが殴ってよろめいた魔獣にゼニがとどめを刺している。


「おい!トウゴって!おわぁ!?危ねぇ!なんなんだよ!」


 そうこうしてるうちにダージ王子とウゥロと呼ばれるエンシェントエルフの近くまで来た。2人の周りには魔獣も、騎士や冒険者達も寄り付かない。オレも肌で感じる、この2人の異様な雰囲気がそうさせているんだ。にしてもエルフってやっぱ美形なんだなぁ!すっげー!


「騎士道も何も無く、数ですり潰そうと言うのか?私一人を?どれだけ時間が経ってもやる事は外道なままだな」


「人に害を成す獣相手に騎士道も何も無い。私はただお前が死ねばいい、それだけだ。最も臆病な獣一匹、私一人で十分だがな」


 言って騎上のダージ王子は剣を構え、左手に持っていた丸く、表面に赤い五芒星が描かれた盾を投げ捨てる。もはや相手を殺す事しか考えていない様だ。それは自分自身が生き延びる事すら考えていない様に見える。


「相も変わらず威勢だけは良いな。お前の唯一褒められる所だ。しかし私は死なんぞ。お前を殺すまではな」


 ダージの眼光に怯みもせず、ウゥロは静かに腰に付けた袋から何かを取り出す。


「つまらん邪魔が入りそうだ。仕切り直そうぞ、ダージよ」


 言ってウゥロは袋から取り出した銀色の玉の様な物を地面に放る。その玉は地面を1度跳ねた瞬間、耳を突く様な甲高い音を発した。するとその瞬間、辺り一面の魔獣が同時に咆哮を上げ、狂ったように暴れ回った。


「なんだ!?」


 冒険者の誰かが叫んだ。その声もかき消される様に魔獣は足音を轟かせ、一斉に地面に転がる異音を発する玉に向かって突進して来た。


「小賢しい……!」


 ダージ王子は突然の魔獣の突進に巻き込まれ、乗っているグラネが怯え両前足を上げバタつかせる。


「利口と言ってくれたまえ、蛮人の王子よ」


 大混乱の中、ウゥロだけが荒れ狂う魔獣の波を、まるで割くかの様に悠然と進んで行く。


「ウゥロォォォオオオオ!!!」


「王子!王子!!!お気を確かに!」


 暴れ回る魔獣を斬り捨て誰よりも早くルグレがダージ王子の元へと駆け寄る。


「今回はここまでにいたしましょう!痛み分けです!」


「くっ……!逃がしてなるか!」


「王子!騎士も冒険者も巻き添えになさるおつもりですか!?それはジャスミン王女も望まれますまい!お気を確かに!」


 ジャスミンと言う名に取り乱していたダージ王子の目が変わる。


「そうだな……」


 オレが見られたやり取りはそこまで。オレもそれどころでは無くなっていた。


「おいちょっとゼニ!なんなんだよこれ!」


「知らねぇよ!とにかく死ぬな!後これ!直してくれ!」


「今かよ!?」


 ゼニが折れたロングソードの柄を投げて寄こす。すぐに修復し、それを手に大剣を振り回すゼニに駆け寄る。ゼニにたどり着くまでに邪魔をしてきた2匹の魔獣は修復が終わったゼニのロングソードで殴って倒した。しかし重てぇ!よくこんなもん振り回してるなあいつ!


「ほれ!直ったぞ!」


「ありがとよ!」


 ゼニにロングソードを渡して背中合わせで魔獣と対峙する。魔獣の目はどれも異様な光を放っており、どう考えても普通じゃない。

 辺りは魔獣の咆哮と騎士、冒険者の怒声で溢れかえっていた。そこに悲鳴や泣き声が無いのがさすが歴戦の強者の集まりだ。オレは十分ビビってるけど。


「トウゴ!大丈夫か!?しっかりしろよぉー!」


 盾で魔獣の突進を受止め堪えていたオレをゼニが変わって魔獣を大剣で叩き潰す。それって剣じゃないの?ハンマーか?


「サンキューなゼニ!助かった!にしてもこれ、とんでも無いな!なんなんだよ!」


 オレは次に迫ってきた魔獣を盾殴り悪態をつく。これだけ至近距離だとさすがにファイアボールは使いづらい。ひ弱なオレには接近戦は不利って事か。

 さすがに自分の事でいっぱいいっぱいなオレは周りが見えていない。これ、大丈夫なのか?魔獣の数は減らせてるのか?


「よそ見すんな!トウゴ!」


 しまった、ゼニに叫ばれて迂闊にも突進してくる魔獣を見逃してる事に気がついた。しかしその時にはすでに魔獣は目の前まで迫っていた。


「やばっ……!」


 体制が整わないまま、反射的に両腕を前にし身構える。

 しかし不思議と衝撃が来ない。腕を下ろし見ると、ゼニが魔獣の頭を押さえつけ突進を止めていた。だがゼニの腹には魔獣の2本の角の片方が突き刺さっていた。


「ゼニ!!!」


「騒ぐなよぉ!浅いからよ!」


 強がるゼニだが力が拮抗してどちらも動かない。いや、徐々にゼニが押されているか。


「くっそ……ちょっとまずいなぁ……」


 ゼニが呟く。見るとゼニの左右には魔獣が頭を下げ角を構え、地面を後ろ足で蹴って今にも飛びかかろうとしていた。


「ゼニ!」


 オレが叫んだ瞬間、2匹の魔獣がゼニに突進した。オレも盾を構え、左側の魔獣の突進を押さえつけ様と駆け出した。しかし抑えられるのは片方だけだ。


 鈍い音と共に構えた盾に衝撃が来る。反対側はどうなった?でも背中には変わらずゼニの気配がある。


「ゼニ!大丈夫か!?」


 盾を全力で押し返すもいとも簡単に後ろに押し込まれる。そもそも一般人に獣の突進を止めろって言う方が無理な話だ。どうしたらいいかも分からず、首だけ捻って後ろを見る。するとゼニの向こうに人影が。そしてその人影の前には動きを止めた魔獣。そしてその魔獣の首から上がゆっくりと、ずるりと滑り地面に落ちた。


「なんだ……?」


 すると人影はひらりと体を捻り持っていた細身の剣を音もなく上から下へ振るう。振り抜いた瞬間にまた体を捻りながら跳び、ゼニの前の魔獣の背中と自分の背中を合わせる様に飛び越えオレの横に降り立つ。


「しんどそうね~」


 少し笑いを含んだその声は、女の子だ。そして手にしている剣を軽やかに振るい盾を押して来る魔獣の首を落とす。と同時に魔獣から力が抜け、地面に崩れ落ちた。


「大丈夫ぅ~?しんどそうだけど?」


 女の子は剣を斜めに振り魔獣の血を払う。いや、あれは刀だ。オレも良く知っている、日本刀と呼ばれる武器だ。この世界にもあるんだな?その刀は約1m程か?女の子はそこまで小柄じゃないが170cmのオレよりも少し小さい。165cm前後ってとこかな?体に対しては刀がやや長い気がする。そして背中に2本の鞘がクロスして背負ってあり、腰の両脇にはさらに2本の鞘が。歳はオレと同じぐらいだろうか?にしても強い。そんな風には見えないけど。


「あなたも大丈夫ー?お腹から血がいっぱい出てるけど?」


 あ、ゼニ、忘れてた。


「トウゴ~……治してくれよ~」


 オレはすぐに腰に刺していたヒールのスクロールでゼニの傷を治す。


「あら、あなた魔法使い?便利ねぇ」


「魔法使いじゃ無いんだけど、とにかく助かりました、ありがとう」


 オレは頭を下げる。


「まぁまぁ、お互い様よ!」


 女の子は高らかに笑う。


「おい空鞘!後ちょっと残ってんだからさっさとやれ!」


 冒険者のおじさんが女の子に叫ぶ。空鞘と呼ばれた女の子はひらひらと手を振って返事をする。


「とにかく助かったぜ、ありがとな」


 ゼニも礼を言う。


「オレはゼニ、こいつはトウゴ。あんたは?」


「私はアサヒ、アサヒ・ルヴァンだよ」


「あさひるばん?何時か分かんねぇなぁ?」


「ええそうですね、これは何ご飯食べたらいいか分からなくなりますね」


「そりゃあー困るなぁー」


「ちょっとなんなのあんた達!人の名前で遊ばないでよ!失礼ね!」


「あさひるばんさん、助かりました。ありがとうございます」


「ちょっとイントネーション!なんか腹立つ!」


 ちょっとからかい過ぎたかな?


「おい!空鞘!遊んでんじゃねぇぞ!早くしろ!」


 さっきの冒険者のおじさんに怒られた。


「もう!トウゴにゼニね!覚えとくからね!ご飯ぐらい奢りなさいよ!」


「それは何ご飯だぁ?朝?昼?晩?」


「なんなのアホ面!腹立つ!」


 ゼニをビッ!っと指差しながらアサヒは走り去った。面白い子だなぁ。

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