優勢
「いいねぇ!だいぶ順調じゃねぇか!?」
ゼニの言う通りだ。最初にゼニが頭を叩き割って1匹、大立ち回りをしているゼニにオレが合流してからさらに1匹。その間に一番最初に上から矢で射抜いた1匹を村人たちが倒し合計3匹倒した。残り4匹、これは順調と言っていいだろう。さらに弓を持った人たちも下へ降りてきて加勢し戦況は明らかに上向いている。
「いいぞ!行けるぞ!みんながんばろう!」
トーラさんの飛ばした激に皆が雄叫びで応える。
「残り4匹の内の2匹が相手か!こりゃあ手間が省けるよなぁ!」
ゼニに向かって2匹のオオコドクグモが突進して来た。
「あんま調子乗んなよ!痛い目見るぞ!」
「んなことあるかい!このゼニ様が足元すくわれるかよ!」
突進してくるオオコドクグモに向かってゼニも走り出す。すると1匹のオオコドクグモがくるりと反転、背をこちらに向けた。
「なんだぁ!?」
異変を感じたゼニが身構えるよりも早く、背を向けたオオコドクグモの尻から勢いよく糸の塊が発射された。
「うおぉ!?なんだこりゃ!」
その糸の塊はゼニの胸の辺り目掛けて飛んでいき、反射的にゼニが両腕を交差してそれを防御した。すると糸の塊が腕にぶつかった瞬間、弾けて広がり上半身を背中の方まで一気に覆いゼニの動きを封じた。
「こっ……の!くそっ!なんだこれ!」
「見たまんま蜘蛛の糸だろーが!」
オレは躊躇無くファイアボールのスクロールをゼニに向け、魔法を放つ。
「うおぉい!?うわ!ぅわっちいー!!!」
ファイアボールは見事にゼニに着弾。動けないゼニに襲いかかろうと迫っていたオオコドクグモも驚き少し後ずさる。狙い通り火が粘着する糸に燃え移り豪快に燃えた。大慌てでバタついたお陰で脆くなった部分から引きちぎられ糸はゼニを解放し地面で黒い燃えカスになった。
「あっちいだろおい!もうちょっとあるだろ!なんかよ!」
「ギャーギャー言うな。助かっただろ。ほれ、治してやるから」
そう言ってオレはスクロールでゼニにヒールをかける。まぁ大した火傷じゃ無かったから1回のヒールで完治したけどな。大袈裟なんだよいちいち。ま、チリチリになった前髪が元に戻らなかったのはナイショにしておこう。絶対怒るからな。
「ぬぅーなんかまだ熱い気がする」
「気のせいだ気のせい、気持ちのちっちゃいやつだな、お前」
ゼニと緊張感の無い会話をしている最中に割って入る様にして1匹のオオコドクグモが突進して来た。そいつはオレらの数メートル手前で大きくジャンプ、空中から襲いかかってきた。
「うお!意外と身軽な!」
オレは叫ぶと左へ飛び退いた。ゼニは反対方向の右へ飛び退いてそれを躱す。勢いを殺す事無く落下して来たオオコドクグモは左の1番前の足を数秒前までオレが居た場所に振り下ろす。もちろん空振りした足はそのまま地面から少しだけ顔を出していた岩に突き刺さり、なんとそのまま岩の地中部分まで貫き粉々にした。
「あんなんありかよ?一応クモなんだろ?この世界じゃクモって足で突き刺してくるもんなの?」
オレが驚きを隠せないでいると、飛びかかってきたオオコドクグモはこちらに向き直る。ターゲットはオレに定めた様だ。左手で盾を構えてその横から向こうのゼニの様子を見ると、あっちはあっちで糸を飛ばしてきたオオコドクグモと交戦中だった。
「おいおい、オレ1人でこいつの相手かよ……」
大丈夫かオレ?とか言ってる間にオオコドクグモが突進して来た。咄嗟に盾を体の前で構えるとオオコドクグモはお構い無しにその盾目掛けて体当たりして来た。
「うっうおお!?」
がっしり盾で受け止めたけど、標準体重より軽いもやしっ子のオレはいとも簡単に数メートル後ろまで吹っ飛ばされて地面に転がった。
「かっ……くっそ……」
息が詰まりながらも立ち上がり体制を整える。再び盾を構えてオオコドクグモと対峙すると、あちらは余裕ある歩みでゆっくりと距離を詰めて来ている。
「ずいぶんと余裕そうだな……。負ける気はしないってのか……」
確かに劣勢。しかもゼニとも離れてしまった。チラリと周りを見渡してみても、他の村人たちは残りの2匹相手に総動員。オレの状況に気がついてすらいない様だ。
「まいったな……異世界ってずいぶん手厳しいのな」
せっかく転生したってのにさっそく死にそうなんですが?
オレは頭をぶんぶん振って悪い考えを吹き飛ばす。
「んな事言ってる場合じゃないな。何とか生き延びてやらぁ……」
ふいに前世の記憶が蘇る。病院で出会ったアキラさんとの会話だ。今話題の格闘技会の最強ルーキー、目城アキラさんが試合で怪我をした時に来る病院がたまたまオレの入院している病院で、格闘技好きだった兄ちゃんが見つけて大騒ぎした。握手とサインをねだりにグイグイ行く兄ちゃんについて行ってオレも誰だか分からずに握手したのが始まりだった。
「トウゴくんさ、1番強い奴ってどこを1番鍛えてるんだと思う?」
「え?分かんないよ。うーん……やっぱり腕とか?」
「違う違う」
アキラさんは無邪気な笑顔を見せる。
「じゃどこさ?」
オレはちょっとムッとして問い返す。
「それはここだよ」
アキラさんはどん、とオレの胸を小突く。
「胸……?」
「違う、気持ちだよ」
「気持ち……?」
「そう、気持ち。強い気持ちだ。どんなにすごい筋肉の奴だって気持ちで負けたら立ち上がれない。でも気持ちが強い奴はどれだけやられても必ず立ち上がる。結局最後に立っていた奴が勝者なんだ。だから1番鍛えなきゃならなくて、1番強くなきゃならないのはここなんだよ」
そう言ってアキラさんは自分の胸をドンっと叩いた。
「でもそんなとこどうやって鍛えるのさ?気持ちじゃダンベル持ち上げられないよ?」
「そりゃ確かにそうだ」
アキラさんは大きな声で笑った。
「気持ちでは負けられないな」
大丈夫アキラさん、まだまだ負けてないよ。
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