村へ
「このリュック背負い安いなぁ。この世界にもこんなにいい物があるんだなぁ」
さっき拾ったリュックはとても背負い安い。なんて言うの?ぴったりフィットして無駄に揺れる事も無く快適だ。あのアホと別れてからまたあてもなく歩いていた。とても天気がいい。するとまたしても遠くの方から何やら声がする。声のする方に意識を集中すると、どうやらそこそこの速度で移動している様だ。そしてこれは悲鳴に近いかな?たぶん男の人の叫び声だ。どうやら助けを求めている様にも聞こえる。とりあえず様子を見に行こう。
声のする方に向かって走って行く。いやそれにしてもこのリュック、走っても全然邪魔にならないじゃないか。素晴らしすぎる。で、すぐに叫び声の主の姿が見えた。どうやら何かに追われているっぽい。青年風の男の人がオレの視界の左から右に駆け抜けて行く。その人の後ろをイノシシの様な生き物が追いかけている。にしてもデカイな.......しかも額に1本の角が生えてる。ありゃあイノシシじゃないな.......。
あ、やばそう。岩山にぶち当たり行き止まりになった。男の人は大きな岩に手を付き、恐る恐るゆっくりと振り返る。その視線の先には後ろ足で地面を蹴って威嚇する化け物イノシシが。
次の瞬間、化け物イノシシが角を突き出し突進した。たまらず男の人は右に飛び退きギリギリで突進を躱す。やるな。
渾身の突進を躱された化け物イノシシは止まることなく男の人の後ろにあった大きな岩に角を突き刺す。するとあの軽自動車程もあろうかという大きな岩がいくつかの破片になって砕けた。
男の人は尻もちをついたまま後ずさる。化け物イノシシはゆっくりと男の人に向き直りまた前傾姿勢を取る。
「うわああああ!」
男の人は飛び上がり後ろに向かって全力疾走。しかし無情にもその数十メートル先にも大きな岩が立ち塞がっていた。
男の人は立ち塞がる岩に手を付き力なく地面にへたりこんでいた。そしてゆっくり近づいていた化け物イノシシはまた地面を蹴る。
これは相当やばいな。オレは駆け出し化け物イノシシが砕いた岩の小さな欠片を拾う。
「たぶんうまく行くよな?」
『修復』
オレはその欠片を空に向かって思いっきり投げた。よし、狙い通り。
化け物イノシシが地面を蹴るのをピタリとやめ、一気に突進する。
「うわあああああああ!!!」
男の人は腰が抜けた様にその場にへたりこんだまま叫ぶ。
化け物イノシシが男の人の目の前1メートルに迫った時、上から大きな岩が落ちてきて化け物イノシシを押し潰した。
「え.......ええぇ.......?」
よっしゃ!上手くいった!男の人はめっちゃびっくりしてるけど。オレの思った通りだ。この修復のスキルはどこを起点に修復するかをオレが決める事が出来るんだ。つまり今のは上に投げた岩の欠片に向かって他の欠片が直りに行く、そうやって力を込めた。結果小さな欠片目掛けて大きな破片が移動、上空で元の岩に修復、その岩の重量が投げた慣性の力を上回り落下。化け物イノシシを押し潰したと言うわけだ。
「大丈夫ですか?」
オレは呆気に取られている男の人に駆け寄り声を掛ける。
「あ.......いや、うん、大丈夫。でももしかしてこれは君が.......?」
「まぁ.......そうですね。話すと長いですが」
「そ、そうなんだ。とにかく助かったよ!ありがとう!いやぁ~もうダメかと思ったよ!」
良かった。怪我も何もしてなさそうだ。
「しかしまさかホーンボアに出くわすとは思わなかったよ.......死ぬかと思った.......」
ホーンボア?
「こいつ、ホーンボアって言うんですか?」
「え?そうだよ?あれ?知らなかったの?この辺でこいつを知らない人はいないと思うよ?見たらすぐに逃げろって子供の頃から教わるからね。君は旅の人なのかな?」
旅って事でも無いんだけど.......。
「まぁそんなとこです。かなり遠くから来たので、この辺りの事は全然分からなくて」
「そうなんだね!じゃあこいつの角や肉が高級品だって事も知らないのかな?すごく高値で取り引きされるんだよ?」
あぁーなるほど、異世界だからモンスターの素材はお金に変えられる訳だ。
「とは言ってもこの角、どうやって取るんですか?肉なんかもどうしていいか分からないですし」
アイテムボックス!心の中で叫んでみたけどそんな便利なスキルはくれてないのかよ。
「そういうのも初めてなんだね?もしかして海沿いの出身なのかな?じゃあ助けてもらったお礼にボクが使えそうな所を解体してあげるよ。それで.......助けてもらった上で厚かましいお願いだとは思うんだけど.......」
なんか神妙な顔になったな。なんだろ?
「このホーンボアの.......肝臓を分けてもらえないだろうか.......?家に帰ったら出来る限りのお金は用意するつもりだから!ほら、ホーンボアの肝臓は滋養強壮の作用があるって話だから.......どうだろう.......?」
「え?全然いいですよ?むしろ解体をお願いするんだし、肝臓ぐらいなら差し上げますよ?」
「え!?差し上げるって!?そんないいよ!こんな高級な物!」
「いやいや、でもそもそもあなたが襲われて無ければオレはこいつと出くわす事も無かった訳ですから。あなたの取り分って事で良くないですか?」
「そ、そう言ってもらえるなら.......。お言葉に甘えてもいいのかい.......?」
なんだ、すごく申し訳無さそうだな。そんなに高いもんなのか?
「いいですよ。これも何かの縁ですしね。むしろ解体お願いします」
「ありがとう!じゃあボクは肝臓だけもらえればいいから、残りの角や肉は君がもらってよ。それにもし良かったら、ボクの村にちょうど今行商人が来ててね、その人が角なんかを買い取ってくれると思うよ?君にもお礼がしたいし、どうだろう?良かったらボクの村に来ないかい?」
なるほど。確かに角と肉なんてもらったってどうしていいか分からないしな。まぁする事も行くとこもない身なんだから、ここはお言葉に甘えよう。
「むしろこちらこそお願いしたいです。オレも今日の晩ご飯すら考えて無かったところですから」
「そうか!それはちょうど良かった!歓迎するよ!ええっと.......そう言えばまだ命の恩人の名前も聞いてなかったね。ボクはトーラ。トーラ・ムーアだよ。君は?」
「えっと、トウゴ。トウゴ・ニシカタです」
「トウゴか!変わった名前だね!よろしくトウゴ!じゃあさっそく解体に取り掛かるね!」
トーラさんは腰に着けていたナイフを取り出しサクサクと解体を始めた。なかなかにショッキングな映像だなぁ.......。でもこの世界ではごく身近な事なんだろう。前世の世界でも実はこれは当たり前に行われてた行為だけれども、オレの目に触れない所で行われていただけなんだろう。特にほとんど外出しない生活をして来たオレにとっては目にしない光景だった。でも本当は必要な事だったんだろうと今は思う。より死が身近な世界、それがこの世界なんだろう。
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