Fragments


 果てしなく続く戦闘のつかの間の安息。ずっと張り詰め通しだった心の緊張が少しだけ解きほぐされる。


 この世界は、空全体が分厚い雲の膜で覆われているようであり、外はいつも薄暗く、あらゆる建築物、あらゆる道路は重たい灰色に染まっている。此処に飛ばされるまでは、雲一つない晴天だったというのに。


 俺たちはマンション7階の一室にいるが、電気が供給されておらず外よりも薄暗い。お互いの顔もぼんやりとしか見えない。


 「……疲れたな」


 「疲れたなんて言わないでくれる?こっちまで疲れるじゃない。それにあんたまだ一人前の働きも見せてないわよ。それなのに、一丁前に疲れたなんてよく言えるわね。少しは立場をわきまえなさい」


 「おい、そこまで言わないでやってくれよ。こいつも、さっき初めて1匹仕留めたからね。まずは、初めての討伐と、今生きていることを喜びましょうや」


 「弱っているところを偶々でしょ。調子に乗らないでくれる。ところで、あんたはあんたで懐中電灯で照らして、何をやってるのよ」


 「……数学の問題」


 「そんなことしたら体力削られちゃうわよ。それに電池の無駄じゃない」


 「……ちょっとだけ」


 「ったく、もう……。って、あんたも何をし始めてるのよ」


 「英単語帳です」


 「あんたは半人前、ううん、0.1人前なんだから、やめなさい」


 「まぁ、そうカッカせず。仮眠でもとりましょうや。まだ長いんだから。今回は、3日で帰れるといいな」


 ——英単語の暗記といっても、こんな処だと知っている単語を忘れないための読み返しでさえも覚束ない。文字通りただの気休めで開いているに過ぎない。新しい単語を覚える集中力が日に日になくなっていくのも苦しいが、それよりも忘れてしまうことの方がもっと苦しいし怖いことだ。これは、単語だけじゃなく過去に対しても同じだ。


 時に一つ一つの記憶を読み返さなければならない。

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