2話 親友と天敵と逃走と

「ほら見てよアーシャ。私のお尻真っ赤になってるでしょ?」


 お嬢の説教から命からがら生き延びた俺は、この屋敷のメイドであり、孤児院にいたときからの親友である犬人族のアーシャにお嬢の悪行を愚痴っていた。

 スカートを捲りあげアーシャに赤く腫れ上がったお尻を見せつける。


「うわぁ…。またこっぴどくお仕置きされたみたいだね。ルーちゃんの一人称・言葉遣い変更計画のときみたいだ。今度は何してレイラ様を怒らせたの?」

「そんな怒られるようなことしてないよ!朝ちょっとイタズラして、さっきは叱られてる途中にお嬢の悪口を言っただけ」


 ほんとにお嬢は沸点が低くて困る。

 因みに一人称・言葉遣い変更計画とは『俺』という一人称を使ったり、あまりにも男っぽい言葉遣いをしたらその都度お尻をしばかれるという恐ろしいものだった。  

 だから今も会話の一人称は『私』になっているわけだ。


「ふふふ。そんなことしたらレイラ様も怒るよ。あんなに優しい方を怒らせるなんてルーちゃんは流石だね〜」


 優しい!?とんでもない!

 お嬢は全ての悪の根源みたいな恐ろしいやつだぞ。


 はっ!?まさか!アーシャはお嬢に催眠とか洗脳とかされているのでは!?……そうに違いない!!

 俺の可愛い妹分に悪さするなんてどこまで腐ってるんだ!!


「アーシャ。すぐにお嬢の洗脳を解いてあげるからね。お嬢に私の可愛い妹分に悪さすることの恐ろしさを教えてやる」

「ルーちゃん?私は洗脳なんてされてないよ。それにルーちゃんの妹分でもないし。そもそも私のほうが誕生日先なんだからどちらかといえばルーちゃんが私の妹分じゃないかな」


 まさかここまで洗脳が進行していたなんて…俺がアーシャの妹分?そんなわけないでしょうが!!精神年齢何歳だと思っとるんじゃ!!


「それは聞き捨てならないなぁアーシャさんよ。私がアーシャの妹分なわけないでしょ!そんな生意気なことを言う子にはこうだ!」


 そう言って俺はアーシャの背後に回り込みメイド服の尻尾穴から出ているモフモフの尻尾をむんずと鷲掴みにした。

 そしてすかさず頬擦り。あ~モフモフじゃあ。


「ひぃ!?ルーちゃん!!尻尾はくすぐったいからやめてっていつも言ってるでしょ!あーもう離れない!それなら私だってルーちゃんの尻尾掴むからね!」


 アーシャはそういったかと思うと俺の背後に手を伸ばし尻尾を掴んできた。

 俺の尻尾はアーシャのモフモフ尻尾とは違いサラサラ尻尾だ。

 毎日のケアも欠かしていない。


「モフモフ」

「サラサラ」

「モフモフ」

「サラサラ」

「アーシャ、ルナ。あなた達一体何をしているのですか?」


 アーシャと二人、お互いの尻尾を触り合ってじゃれていると、第三者の底冷えするような冷たい声と視線が俺たちに向けられた。

 恐る恐るそちらを見ると、そこには鋭い目つきで俺たちを見下ろす俺の第二の天敵、メイド長が佇んでいた。


「げげっ!!メイド長」

「げげっとはなんですかルナ?」

「ひぅ…すいません!!」


 俺は頭のいいペットだ。


 メイド長の冷たい返答を聞いた瞬間、床に頭を付け土下座の姿勢をとる。冷たい床が気持ちいい。


 ふっ、これがペット歴5年以上の貫禄よ。


 俺の謝罪に呆れてか許してかわからないがメイド長の視線はアーシャの方へ移動した。


「申し訳ありません」


 俺とは違い土下座をせずに頭を下げるアーシャ。此奴中々図太い神経をしとる。


「仕事は終わっているのでしょうね?」

「はい。現在はお嬢様が勉強中でして、掃除や洗濯などはすでに終わらせています」


 アーシャのいうお嬢様とは俺の言うお嬢、つまりレイラ・ベネットのことではない。お嬢お付きのメイドはアーシャ以外にいるのだ。


 となるとアーシャのいうお嬢様とは誰ぞやという話になるが、その答えはお嬢の妹で現在10歳のソフィア・ベネットである。

 アーシャはそのソフィアの専属メイドなのだ。

 因みにソフィアも俺の妹分で、ソフィと呼んでいる。


「流石はアーシャと褒めたいところですが、だからといってこんな廊下の真ん中で遊んでいていいわけではありません」

「申し訳ありません」

「そもそもあなた達は伯爵家に雇われているという自覚が全く足りていません。ベネット伯爵家は…」


 ……あーあ、始まっちゃった。メイド長のお説教タイム。この人のお説教は始まると長いんだよなぁ。

 何故か最後にはベネット伯爵家がどれほど素晴らしいかを説き始めるとかいうどっかの怪しい宗教の勧誘みたいになるし。

 前にお説教が長すぎて意識がとんだことがあるけど、目を覚ましたときに伯爵家の武勇伝を語り出してたのには戦慄したね。

 この人相当なベネット伯爵家マニアなんだよ。


 さて、そんな未来がわかっている以上、ここに留まるのは得策ではない。 


 ではどうするか?それは当然、逃走だ。 


 犬人族や猫人族のようないわゆる獣人族は基本的に人族よりも嗅覚や聴覚が優れている。

 その特徴を最大限活用し、俺はメイド長には聞こえずに、アーシャにだけ聞こえるくらいの大きさで声を出す。


(アーシャ。逃げるよ!)


 俺がそう言うと、アーシャからも同じくらいの声で返事が帰ってくる。


(えぇ~。メイド長の説教から逃げたら今度はもっと長くなるんじゃない?)


 あまり乗り気じゃないな?

 しかし俺だってなんの計画もなくこんな無謀な作戦を立てているわけではない。

 あまり伯爵家の超絶プリティなペット様を舐めないことだねアーシャくん。


(だいじょ~ぶ!私には逃げたあとのメイド長を何とかする作戦があるから!!)

(本当かなぁ…?)


 期待してないな?妹分なのに生意気だぞ!


(大船に乗ったつもりで期待していいよ!)

(はいはい。泥舟じゃないことを祈ってるよ)

(じゃあそ~っと逃げるよ。メイド長話しに夢中になると周り見えてないから)

(分かった)


 そうして俺たちはゆっくりとメイド長の説教から逃げ出すのだった。




新しい登場人物

アーシャ 12歳 犬人族

ダークブラウンの髪の毛に髪と同色の瞳の女の子。ルナの一番の親友で伯爵家次女ソフィアの専属メイド。

もともと孤児だったがなんやかんやあって伯爵家のメイドになった。

ルナとは孤児院からの仲で、ルナよりも誕生日が早いことから自分がお姉ちゃんだと思っている。

ルナに振り回されている被害者。

もっとも本人はルナのことが大好きな為、振り回されるのを楽しんでいる節がある。


アンナ(メイド長) 43歳 人族

黒髪に青い瞳を持った女性。

結婚しており、二人の子供を持っている。

規律に厳しく、できる女であるため適当なルナは叱られることが多い。

重度のベネット伯爵家マニア。





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