第27話 クローゼットの話
家具の配置が変わっている。
違和感ではなく、確実に変化している。
確信したのは、テーブルが畳まれて壁に立てかけられていた時だった。一人暮らしでわざわざ畳まない。親でもこっそり来たのかと思ったが、連絡したところ違うという。友人等でもない。不審者の可能性も薄い。このマンションはエントランスにオートロックがあり、警備員も常駐している。事前の連絡がなければ、親や友人も入れない。
そこで、家にカメラをつけてみた。
監視カメラのような大層なものではない。単なるビデオカメラだ。でもまあ充分だろう。物陰に隠して、起動させてから家を出た。
その日の労働は何の心配事もなく終わった。
帰って来て、確認をする。
録画された映像を早送りで再生していく。
最初は、何も起きない。部屋を出ていく自分の背中しか、映っていない。
だが、変化は起きた。
外出してしばらくした後、クローゼットの扉が開く。
そこから、女が出てきた。
髪の長い女だ。
中から女が出てきて、部屋を物色する。物の位置をずらす。ずらすだけで、なんの意味もない。
やがて、隠していたはずのカメラに気付く。近づいてきて、覗き込む。ひどい火傷痕が見える。
顔立ちに見覚えはない。
女はやがてクローゼットの中に戻る。
倍速。
自分が帰宅する。
その間クローゼットに変化なし。
録画映像は止まる。
恐る恐る、クローゼットに振り向く。
ソノ扉ガ内側カラ開コウトシテイル。
そういうホラー映像があったと、Bは語る。
以来、クローゼットが怖くて仕方がない。中に誰かいるのではないか。そう思えてならないという。
自室のクローゼットは、特にだ。
Bは強く言った。
壁と一体になっている型式ではなく、家具として置いてあるクローゼット。曽祖父が愛用していた年代物であるというそれは、現代的な少年であるBの子供部屋に置くにはあまりにも大仰な代物だった。
クラシックな趣の装飾が刻まれ、その全体は闇が顕在化したような黒色から成る。
開けるのは楽だが、閉めるのには少しコツが必要で勢いよくやらないとちゃんと閉まらない。閉まらないので、少しずつ開いてきたりするのが不気味だった。
そんなクローゼットが、怖い。
寝る前などは何か片付けるふりをして、クローゼットを開けて、中に何もいないことを確認する。
何もないと、安心する。
そういう習慣がついて、何年かした頃。
Bは都会に出て、彼の部屋も空き部屋となった。
いい加減古く、使うものもいないということで、クローゼットを処分することとなった。
Bとしても厭な思い出のある家具なので、家族からのその提案に反対しなかったという。なんなら、二度と見たくなかったらしい。廃棄の日も、帰省することすらしなかった。
Bの家族が、廃品回収の車に積ませたときだ。
クローゼットがぶるぶる震えだしたかと思うと、バンと音を立てて内側から開いた。
中から手が飛び出てきたと思うと、凄まじい速さで空へと登っていき、見えなくなった。
手。
確かにあれは手であったと家族は言う。
肘関節から先。真っ白で細長い手が、クローゼットから飛び出して空へ飛び込んでいく。
そんな光景が、あったという。
Bに心当たりはない。
手や、それに類するものを仕舞っておいた記憶はなく、またクローゼットの中でそれらを見たことも、絶対にない。
そのように述べた。
家族も同様であるという。
ではあの手は、なんなのか。
思うに、無いことを確かめる行為は、有るかもしれないという疑念と背中合わせである。となれば、だ。有るかもしれないところに、「それ」が呼ばれることもあろうと思える。
そこで思い至るのが、今の私の状況だ。
私はつい先程、Bと会い、時間を過ごし、そして今帰宅するところだ。
アパートへと帰り、階段を上り、部屋へと続く廊下を歩く今この瞬間が、何やら無性に怖い。
普通の道端とは違う。
ここまで来ると、何処か閉鎖した感がある。そんな廊下だ。
背中が気になる。
後ろから誰かついてきていないかと思う。
早足にも、駆け足にもなれない。そうしたら、「気づいたことを気付かれてしまう」。
無論後ろには何もいない。振り向けばすぐわかる。そもそも足音もないし、気配もないのだ。
でも。
この狭い廊下を歩くとき、いつも思う。
後ろに何かいるのではないか。
誰か後ろから、ついてきているのではないか。
ふうと息を吐き、振り向く。
何もない。
廊下の奥から、道が見えて、そのさらに向こうの団地も見えて、それで終わりだ。
何もついてはきていない。
今は、まだ。
扉を開ける。
部屋に入る。
電気をつけた。
ふと、思う。
家具の配置が変わっている。
違和感ではなく、確実に変化している。
視界の端でクローゼットが。
閉ジヨウトシテイル。
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