第10話 本の話


 小学校の図書館には、絶対に返ってこない本があった。

 デルトラとかパーシージャクソンとか、ハリポタのゴブレットもそうだった。

 ほとんどは海外のファンタジー作品だったが、たまに日本の作品で、返ってこない本があった。

 タイトルを『よみみず』といったその本は、いわゆるホラー小説で、『学校の怪談』だとか『怖い話』『三ページ後に呪われるラスト』『モンスター辞典』なんかと比べて、明らかに異彩を放っていたように記憶している。表紙は真っ黒で、タイトルは赤色、明朝体のフォントだったと思う。厚さはほとんどなく、むしろ心のノートみたいに薄かったような、感じだ。確かなことを言えないのは、私自身、あまり見たことがないから。その本は滅多に返却されなかったのだ。そして、図書委員として、毎週木曜日に延滞本の返却催促に向かったが、それを借りた生徒を見つけることは一度もできなかった。その本を見る機会は限られていて、ある事件が起きたときに、返却されて、そうしてようやく見ることができた。

 ある事件とは、一貫していないが、例えば交通事故だとか、火事だとか、家庭内暴力や一家心中、つまり、借りた人間の死だった。

 その本を借りた生徒は、本を返さなくなり、やがて亡くなる。すると何らかの方法で、例えば警察が持ってきたりとか、遺族が返しに来たりとかで、『よみみず』は返却され、やがてまた貸し出される。借りた子は死ぬ。

 その事実を知っているのは、たぶん私だけではなかったと思う。少なくとも先生たちの中には認知している人はいたはずだし、警察だって不信に感じていたんじゃないかと思う。でも具体的に貸出禁止にする人はいなかった。

 その理由は、ある日、返却された『よみみず』があるのを見かけて──隣のクラスのSちゃんが、川に流されて死んだ翌日のことだ、私は開いて、理解した。そこには、私が明日すること、明日起きること、その結果がつらつらと事細かに書いてあった。次のページには明後日のこと、その次のページには明々後日のことが書いてあった。

 私の、字で。

 もちろん、私はそれを書いていない。

 その時は不気味に思ってすぐに本を閉じた。

 そして本棚に戻して、図書室を出た。

 廊下の向こうからは体育のT先生が歩いてきた。会釈をした私を誉めて、先生は図書室に入った。なんとなく気になって、私は図書室を覗いた。T先生は迷わずにホラーの棚へ向かい、『よみみず』を取り出して捲った。

 私は怖くなって、教室に走って戻った。

でも、やはり気になる。

あの本は、何なのか。

あの本は、本当に、何なのか。

興味は膨らんで、読みたさが溢れた。


 翌日、朝寝坊して、パンの上にはベーコンが乗り、四回も信号に止められて、国語の授業では問題に答えられず、体育のT先生はどこか上の空だった。全て、あの本に書いてある通りの出来事だった。

 未来の日記帳。

 そう思った。

 昼休み、急いで図書室に向かったけど、『よみみず』は既に借りられていた。

 残念だったけど、仕方ない。次に返ってくるのを待つことにした。

待ちきれないけれど。

 その日は意外なほどすぐにやってきた。T先生が亡くなったのだ。 職員室でコーヒーを飲んでいた時に苦しみだして死んだという。コップに毒が塗られていたのだ。

 私は走って図書室に向かった。戻った『よみみず』を、貸し出しカウンターへと持っていく。

 貸し出し手続きをしようと、本を裏返した。そこで、手が止まる。

 読み取るためのバーコードがない。よく見ればラベルもない。学校の判子も捺してない。

 正真正銘、ノートみたいに。

 その瞬間、無性に怖くなって、慌てて本棚に返した。


 それ以降、その本を見た覚えはない。

 けど、今でもふと思う。

 未来に起こる嫌なこと、例えば死とか、そういう出来事が書いてあったら。

 それをかわすことは、できるのだろうか。

 借りた人が死ぬとようやく返ってくる本。

 彼らは、読んだために死んだのだろうか。

 その本に書かれた死は、未来は、最初から、そのように起こるはずのものだったのだろうか。

 T先生が、私によって殺害されるのも、初めから決まっていたのだろうか、それとも、読んだときに決まってしまったのだろうか。


 なんて、思う。


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