最後の旅行

舟木 長介

最後の旅行



「ねえ、なんかお話してよ」



女が言った。


「なんだよ急に」


そう男は答えた。その反応に女はふてくされたように言った。


「退屈なの。なーんもすることないし、なーんもできないし」



男は口を尖らせた。


「やだよ、めんどくさい。俺は忙しいんだ」


と言いながら、男は自分の仕事をひとつひとつ片付けようとした。


しかし女は邪魔をし続け、繰り返し


「ひまひまひまひまひまひま――」


女は駄々をこねて、男の注意を引き続けた。男は息をついて女を見た。


「わかったよ、しょーがねぇな……じゃあこれ今から話すのは実話らしいんだけど」


と男が話し始めた時、女の目が輝いた。


「お、ホラー? いいねぇ」と興奮気味に返した。



男は話を始めた。


「あるところに若いカップルがいたんだ。4年も付き合って、同棲までしてる。たまに喧嘩もするけど、けっこう仲良くやってたと思う」


「へぇーいいね。付き合ってる時が一番楽しいって言うしね」


「うん、それである日さ、男氏の方がお金溜めて旅行に行く約束するんだよ。まあそこでいい雰囲気にしてさ。サプライズで結婚しようって言うつもりだったんだ。指輪まで買ってたんだけど」


「男、ロマンチストだね」と女が笑う。


「笑うなよ。やめるぞ」


「ごめんごめん」



「でもさ旅行の前日、女の方が事故にあって死んじゃったんだよ」


それに女は驚きの声をあげた。


「うわーきっつ。てか安っぽすぎない?」


「うるさいなあ、マジなんだよ。男の方はもう大変でさ。毎日泣いて喚いて暴れまくったんだ。もう死んでやるってぐらいにさ。実際自殺の方法とかいろいろ調べたんだぜ」と


男は自分を嘲笑するように語った。


「へぇーーーーーーloveだねぇ」と女がにやにや笑って言う。


「だからニヤニヤすんなって……」



そして男の物語はさらに続く。


「でもさ、やっぱり一人じゃ無理だったんだ。根性なしだよ、どうしようもない。もう生きる意味がないのもわかってる。もうこの世に女はいないんだってのもわかってる。そんで死体も燃やして骨にする。まあ当然なんだけど。全部わかってんだよ。でもいやだったんだ。燃やしたらさ、人懐っこい顔も、柔らかい髪も、やせっぽちの身体もほんとのほんとに消えてなくっちまう。悪いことだってわかってたけど……男はさ、女の死体を盗んじゃうんだよ」



女の目は驚きと興奮で輝いていた。


「マジ? それって純愛? かなりいっちゃてるね」


「まあそうだけど……傷つくな。それで女の死体担いでさ、行く予定だった旅行先で静かなところ探して二人で並んで死ぬんだって……」



女はそれを平たい声で流す。


「ふーん、それでおしまい?」と女が聞くと、男は頷いた。


「ああ、それでおしまいだよ。何もかもおしまい。ああ……もうほんと最悪だよ。なんでだよ。ありえねえよ。くそだよ。カスだよ。死ねよ。死ぬよ……くそ、ばかやろう……」


男の言葉は力なく絶望的だった。


「何泣いてんの? てかこれってホラーなの? いい話なの? 男氏は今テンション上がってるだけでしばらくすれば忘れるんじゃないの? 女は男氏に死んでほしいの? 家族とか悲しむんじゃないの? それってなんか意味あるの? それで幸せなの?」


正論で女は問いかける。


男は強い口調でそれに言い返す。


「うっせえ! 黙れ! 忘れる訳ねえだろ! 最期くらい一緒にいてえんだよ!」


男の声は震えていた。


「……………………」


女は黙り込んだ。


「黙るなよ!!」と男が叫んだ。


すると女は、おどけたように一言。


「死人に口なし」。



その後の静けさは長かった。


「……」


男は言葉を失った。



男がしゃべらないので女が変わりにしゃべる。


「ジョークだよ、ごめんごめん。まあそれでいいなら別にいいけどね。てかこれ冷たいんだけど、なんでこんないっぱい保冷剤入れるの?今冬だよ」


男はただ女をじっと見つめた。


「……関係ねえよ。寒けりゃ寒いほうがいいんだ。どうせお前風邪なんか引かねえだろ」


「何? バカって言いたい訳?」



「そうだよ! 大バカだよ!!」



「さっきからなんで怒ってんの?」と女が言うと、男は深呼吸した。


「……くそっ、いくぞ」と男がつぶやくと女を持ち上げる。


「うわっと……! ちょっと急に持ち上げないでよ、ふらついてるじゃん。重いでしょ」


「平気だよ。来たときも俺が運んだろ」


「ふーん、まあ気を付けてね。それでこれからどこ行くの」



「旅行だよ」



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