言霊の魔女、命の恩人に恩返ししたらいつの間にか外堀が埋められつつあるようです

瑞多美音

前編

 よし、今だ!行くんだ、シエナ!!


 「タイラー様っ!数年前からお慕いしておりました!」

 「……申し訳ない。どこかで会ったことがあるでしょうか?」


 あぁ、やっぱり覚えてないか……まぁ、当然かなぁ。


 「……いえ!こちらが一方的にお慕いしていただけですので!」

 「……そうですか」


 タイラー様は20歳という若さでありながら第三騎士団の分隊副隊長を務め、王都でもその姿から知らぬ者はいないというほど有名人だ。


 青みががった銀髪、灰色の瞳で端正な顔立ち、気品を感じつつも近寄りがたい雰囲気で貴族子息に混ざっても遜色ないとか。


 近衛騎士団、第一、第二騎士団は貴族階級出身者がほとんどのため、平民出身のタイラー様は第三騎士団の分隊副隊長の地位はかなりの出世頭らしい。


 そんなタイラー様はめったに笑わないと噂で、そのクールさがイイ!と平民はもちろん婿入り募集中の貴族のお嬢様からも大人気ってわけ。

 まぁ、このまま出世し続けたり何か活躍したら騎士爵も夢じゃないらしいから、タイラー様に限らず騎士様は人気らしいけど……


 私みたいにどこにでもいる赤茶色の髪と茶色の瞳という地味さとはまるで違うなぁ。年齢のわりに背も低いし……

 タイラー様、心なしか後光が差して見えるわ……


 「はい!今日のチャンスを逃したらお伝えすることもできないと思い、ご無礼を承知でつたえさせていただきました!」


 タイラー様にとっては見知らぬ女に告白されるとか罰ゲームだよね。

 しかも、お仕着せで変装してるとはいえ生け垣から突然飛び出してきたし……一瞬剣に手をかけてたから完全に怪しまれてると思う……まぁ、忍び込んでるからタイラー様の反応は正解なんだけど。

 でもこのチャンスを逃すわけにはいかないので早口で告げてしまおう!がんばれ、わたしっ!


 「タイラー様、辺境に行かれるそうで……どうかお体にお気をつけて!ご武運をお祈りしております!タイラー様が幸せな人生を歩めますように!遠くからお祈り申し上げます!これ、ご迷惑でなければっ!」


 そう、タイラー様含む第三騎士団は魔物の危険が多い辺境に出征予定なのだ。半年から1年ごとに騎士団が交代で出向くようで、厳しい辺境で訓練も兼ねているんだって。スタンピードは数年に1度あるかないかだが……お師匠さま曰くちらほら兆候が見えだしたとか。


 勇気を出してお守りを差し出す……


 「ああ。ありがとう」


 受け取ってくれた!


 「いえ!それでは失礼しました!」

 「……」


 やった!よかったー!

 急いで生け垣に飛び込み、来た道を戻り会場から抜け出した。



 ◇ ◇ ◇



 「おや、シエナ……もう戻ってきたの?」

 「はい!やれることはやってきました!」


 お守りも受け取ってもらえたし……もし、後で捨てられてしまったとしても、もうひとつは上手くいったから大丈夫!


 「シエナも酔狂よねぇ……言霊魔法は条件が厳しいっていうのに。成人して魔女として最初にやることがそれとはねぇ……」

 「お師匠さま!数年前に助けていただいたタイラー様に使うのは当然ですっ!」

 「騎士の名前もろくに知らなかったのにねぇ……あら、誰のおかげでわかったんだっけ?」

 「それは、お師匠さまが教えてくれたおかげです!」

 「ふふ、そうよねぇ」


 5年前、魔物に村が襲われ、瓦礫のしたで息も絶え絶えだったわたしを見つけて助けてくれたタイラー様。その時は見習い騎士だったらしい。

 その時に名前も知らない騎士様に一目惚れよ。お師匠さまには吊り橋効果だってからかわれるけどね。

 それにタイラー様が覚えてないのも当然で、その当時わたしは10歳。瓦礫の埃と血まみれで顔なんてわからなかっただろう。



 5年前、わたしの住んでいた村に魔物が来たが……それはスタンピードと呼ぶほどではなかったとか。それでも複数の魔物で村が消えたのだ。スタンピードはそれよりもっと恐ろしいはず。だから、出来ることをしておきたかったのだ。


 実は言霊魔法って難しくて……あの時少し大げさにお祈りしたのは、確実に言葉にしないと魔法が成立しないからだ。

 タイラー様からしたら気持ち悪かったかもしれないなぁ?まぁ、効果はあるはずなのでプラマイゼロってことでお願いしたい!


 言霊魔法の発動条件は……

 使用者(わたし)を相手(タイラー様)が認識していること。

 使用者が相手に好意(親愛、友愛含む)を抱いていること。これは相手に好意を抱いていない場合、例えば不幸になれなどの言霊を防ぐ目的もある。

 使用者がはっきりとしたイメージを持って言葉にすること。

 そのためには魔方陣や魔石などの細かくて膨大な準備が必要なこと……などである。

 

 あそこで会えたのも、偶然ではなくタイラー様がいることを知っていたからだ。


 魔女になれたら最初に騎士様にお礼をしようと決めていたので、頑張って調べたのだ。すると、辺境へ出発予定だというではないか!のんびりしてはいられないと慌てたのがひと月前のことだ。


 といっても、騎士たちの士気をあげるためのパーティがあると知り忍び込んだのだけどね……お仕着せは何故かお師匠さまが持っていたので借りたのだ。

 誕生日があと数日遅かったら、タイラー様の出発に間に合わないところだった……成人前から道具や素材の準備をコツコツ進めておいてよかったー。



 「そういえば私だって恩人のはずよねぇ?」

 「もちろんですよ!お師匠さま!ささっ、今日のお手伝いは何をしましょうか?」


 お師匠さまは艶やかな金髪にモスグリーンの瞳をしていて、色気がすごい魔女だ。年齢はきいちゃダメらしいが数十年は姿が変わっていないとか……

 わたしの治らないといわれた怪我も治してくれた恩人である……ただ、その理由が魔女の素質があったのと怪我の後遺症があると使い走りに不便だからだって!

 でもそのおかげで文字すら読めなかったわたしがタイラー様に言霊魔法も使えるようになったし、魔女になるための勉強ができたんだもん!お手伝いだって喜んでするよ!



 「ふーん。店番とお守り作りでもしてちょうだいな」

 「はーい!」



 魔女は気難しく変人が多いとされていて、人前に姿を現わすことが滅多にない上、依頼料も高額なことがほとんどだ。

 実際は研究者気質のものが多く、依頼料が高いのは依頼を受けるくらいなら研究したいから。たまに引き受けるのは研究費用のため。っていう魔女がほとんどなのだ……知られてはないけどね。


 お師匠さまは薬作りや治癒魔法が得意で、薬屋は不定期に開店し、開いていれば幸運と言われていたらしいが……わたしが弟子入りしてからは比較的開いている日が多くなった。

 薬作りは失敗も多い……10個作って5、6個成功って感じ。

 それでも当初は全滅だったことを考えればかなり作れるようになってきたと思う。

 治癒魔法の才能はなかった……残念。


 お師匠さまは気が向いたときに薬を作ったり治癒魔法の出張をしているかな。

 もちろん店番はわたし。薬屋には貴重な薬や素材もあるからと、用心棒はお師匠さまの使い魔とわたしの使い魔だ。

 お師匠さまの使い魔はシャドウタイガーのタルちゃん、わたしの使い魔はホーンラビットのビットくんだ。

 お師匠さまの使い魔はたくさんいるんだけど、影に潜れる子がお店には便利だろうってことでタルちゃんが選ばれた。もちろんお師匠さまはお店に他にもえげつない魔法や罠を仕掛けているらしいけど……わたしには反応しないように設定してくれているので問題ない。

 

 

 わたしは成人したため魔女と呼ばれはするが……まだまだ一人前には程遠く、できることは言霊魔法とお守り作りだけだ。すべてはいつか恩返しをしようとタイラー様のために頑張って身につけたのだ。

 魔女のお守りは手間がかかるため作る者が少ない。お守りには結界、治癒、健康など様々な種類があり、効果を増やそうとすると緻密な刺繍をしなければいけないためひとつのお守りにつきひとつの効果が常識らしい……ベテランの魔女がつくるものは効果抜群なので価格も高いが人気みたいだ。


 見習い時代からお師匠さまもお守りに関しては胸を張って売っていいと許可を出してくれたし、お師匠さまの知り合いだというお客さんに売りつけるように言われたのでそれは特別仕様として、効果が3つくらいついたものを売っている。それくらいなら片手間でも作れるのだ。

 多分、お守りを作れる魔女は多いけど面倒がって『ひとつのお守りにつきひとつの効果が常識』とされている気がする……

 お客さんも高いはずなのにポンと買ってくれるし、喜んでくれるので嬉しい。最近は素材にもこだわるようにしてる。高く売りつけるならそれなりに高そうに見えた方がいいと思って。

 簡単なお守りは安い素材でつくり、薬屋の隅に置かせてもらっている。そちらもそこそこ売れるのでせっせと作っている。

 わたしの貴重な収入源である……が、ほとんどが素材代に消えていくのよ……なんせ他の勉強で失敗が多いから。勉強の身はつらい。貴重な素材で失敗した日にはお守り作りを頑張るっていうね……


 他の勉強は継続中だけど、お師匠さま曰く向いていないらしい。まぁ、ものになった魔法があるだけマシなんだって……なにも出来ないと成人しても魔女とは名乗れないし、見習いを続けられるかは師匠次第で場合によっては生活にも困るから。

 成人したわたしは今のところ言霊とお守りの魔女ってわけ。



 「まったく、魔女は普通に招待されているなど夢にも思わず私のあげたお仕着せを素直に来て無駄に苦労して忍び込んだとは……ふふっ!面白い娘だわぁ」


 お師匠さまの呟きはお守り作りに集中したシエナには届かなかった。


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