第25話 『ハーレム症候群D型』4






 目を見開き固まる異世界人さん、それを真っ直ぐ見上げる先生。


 先生は今度はゆっくりと諭すように話し始めた。


「君はその力で世界を救うなり、魔王を倒すなり、誰かに復讐を果たすなりするんだろう? なのになぜ奴隷を買うなんて最初の一歩から間違おうとしているんだよ。それじゃあこの先どんないいことをしても、目的を果たしたとしても、誰にも褒められやしない。君は一生『奴隷を買った男』という事実かこからは逃れられなくなるんだよ?」

「う、ううぅ…………」

 異世界人さんはがっくりと肩を落とし、膝をついてしまった。

 勝負あり、かな。何の勝負なのかは不明だけど。


 先生は異世界人さんの肩に手を置き、言った。

「ちゃんと自分の力で、自分の魅力で仲間を探そう。奴隷なんか買うんじゃない。性交がしたいならそういう店に行けばいいんだ。君が今お手軽に作ろうとしているハーレムはいつか崩壊する砂上の楼閣だ。国に取り締まられるか、少女たちに寝首をかかれるか、君が少女を信じられなくなって逃げ出すか、そんな結末しか待っていないんだ。奴隷なんてのは君の言う通り、変態紳士が買うものだ。でも、君は違うだろ?」

 先生の口調はまるで母親が子どもを諭すような自愛に満ちていた。

 だけど傍から見れば、小さな童女が年上のお兄さんを慰めているような滑稽な絵面だ。

 異世界人の男の目には涙が浮かんでいる。


 なんだか、叱ってから優しくする暴力を生業とする人のやり口みたいだな先生の手口って。

 

「彼らがかわいそうなのはボクもわかる。だが、本当にかわいそうだと思うのなら――――君がこの国を変えてしまえばいいじゃないか!」


「お、おおぉ――――?」


 話はおかしな方向へ向きだしたけれど、突っ込める人はここには誰もいない。

 私? 私には絶対無理。怖いし、先生のようにあんなペラペラ言葉が出てこないもの。

 私はただひたすらにボードにペンを走らせ続けるだけ。

  

 先生はだんだんとノってきて、声も大きくなってきた。

「それなら奴隷少女たちは全て君のものだよ! しかも誰も君のことなんて恨みやしない。誰もが君のことを称え尊敬するよ! ボクだって今は君のことは視界に入るのも不愉快な台所に湧く害虫にしか見えてないが、この国の奴隷制度を変えるなんてことをやってのければ、そのときは君のことを人間と認めてやっても良いよ!」

 先生が認めなくても一応人間です。


「国中の奴隷少女が、いや、国中の女性が君に憧れと尊敬の眼差しを向けてくるよ! それこそ本当のハーレムじゃないかな! それこそが異世界人の歩む道ってものじゃないか!」

 とうとう異世界人の目から涙が溢れてきた。


「確かに……! 俺は間違っていたようだ。金で女を買い、自分の都合のいいようにしようだなんて愚かな考えだ。わかったよ先生。俺、自分を信じてちゃんと仲間を探してみるよ!」


「それでこそ異世界人だよっ!」


 先生は大げさに両手を広げて叫んだ。


「ようこそ異世界へ! 君の冒険は今、ここから始まるんだよ!」


 こんな薄暗い地下の奴隷商で始まるんですね、と私はもう心のなかで突っ込むのも疲れてきた。


「遠く険しい道だろうけど、今の君ならきっと素晴らしい仲間を見つけることができる。その仲間たちと力を合わせれば決して不可能ではないだろうさ、たぶん」


 先生が差し出した手を異世界人さんは力強く握り返した。


 歓声が上がった。


 暗い地下室に事の顛末を見ていた奴隷の皆さんの拍手が鳴り響いた。

 奴隷の皆さんだけでなく、店主さんまでもが泣きながら先生と異世界人さんの茶番劇を称えている。

 私と、ネコ耳族の少女だけがぽかんとその様子を眺めていた。

 

 ――え? どこに感動する要素があるの?


 そして、歓声が静まった後、先生はすべての奴隷を買うと発表。

 さらに歓声に沸く地下牢。

 店主さんも三割引にしちゃうぞーなんて言っている。


 ――大丈夫なのかな。店主さん奴隷さんたちに殺されたり警察に捕まったりするんじゃないかな

 

 そんな大盛りあがりだった地下牢がようやく静かになった時。

 異世界人さんがネコ耳族の少女の前にやってきた。

 スッキリしたような顔をしていた。

 初めて見たときの胡散臭い雰囲気はもうなかった。


「改めて俺は君に仲間になってほしいと思う。俺は君のことが好きだ。奴隷としてではなく、俺の仲間として、一緒にきてくれないか?」


 それはとても爽やかな、温かい笑顔だった。

 先程までのどこか歪んだいやらしい笑い方ではなく。

 ほんの数十分の間にこの異世界人さんは少し成長したのかもしれない。

 それはきっと先生の説得のおかげ、かもしれない。


 これが先生の「治療」だったんだね。



「え、普通に嫌です」


 ネコ耳族の症状は笑顔で答えた。それはとても冷たい笑顔だった。









 先生は解放した奴隷全員に仕事を紹介し、一時金を持たせ、今後困ったことがあれば自分のところに来るようにと言いつけていた。

 先生のコネがあればこの先再び奴隷になるようなことはないだろうと思う。

 皆、新しい仕事をさがして新しい街や国へと旅立っていった。

 奴隷商の店主は大儲けしたお金でみやこの方で新しい事業を始めるとかなんとか。因果応報で痛い目とかに合わないといいけど。むしろ痛い目にあって欲しい。だけどああいうタイプに限ってうまく立ち回るんだよなあ。いつも損するのは真面目な人ばかりなんだよね、世の中って。

 イケメンのエルフは元の仲間に復讐すると張り切っていた。魔力を封じる首輪を先生がクッキーを割るようにあっさり壊すと、とんでもない魔力を撒き散らしていた。元仲間のみなさんは早く逃げて。

 異世界人さんは初めての告白だったらしくかなり凹んでいたけれど、次の街への道案内にグレンさんを紹介したらすごく元気よくこの街を出ていった。グレンさんも結構きっぱり言うタイプだからまた性懲りもなく告白して振られないといいけど。


 ただ、ネコ耳族の少女だけは仕事を嫌がり、紹介した仕事をすべて断ってしまい、未だ先生の屋敷に居着いていた。


「ちょっとナナコさん! 先生の邪魔しちゃだめですよ!」


「リコはうるさいにゃ! 先生は別になにも言ってないにゃ」


 ナナコさんは先生のことが気に入ったらしく、ずっと先生にまとわりついていた。

 先生はナナコさんよりも更に少し身長が低く、ナナコさんは自分より小さい先生に安心しきっているようだ。

 先生が言うには異世界人さんが選んだということはナナコさんにはすごい能力がある可能性が高い、だそうだ。


「この間まで語尾に「にゃ」なんてつけてなかったくせに……なに急にネコ属アピールしてるんですかっ! ここは人手は足りてます! さっさと仕事を見つけて出ていってくださいなっ!」


「にゃにゃコの手は人の手じゃないにゃ。猫の手にゃ!」

「猫の手も要りませんっ! 早く仕事探して出ていってくださいっ!」

「イヤにゃ。にゃにゃコはずっとここにいるにゃ!」

「にゃが多すぎて、にゃに言ってるかわかりませんよっ! 普通に喋れるんですから喋ってくださいっ!」

「イヤにゃ――!」


 先生の助手は私一人で十分なのに。

 今回の症候群もおかしな名前でおかしな症状で、先生はおかしな方法で治療した。

 奴隷の皆さんを先生の力で開放したけれど、まだ世の中にはたくさんの奴隷が今も苦しんでいる。

 先生は「目の前にないものの心配はしてはいけない。自分を追い詰めてしまうからね」と私に言った。私にはどうしようもないことはわかる。先生にだってどうにもできないこともある。

 だから私は、せめて目の前にいるものだけでも大切にして生きていこうと思った。


 ――ナナコさんを職につかせてここを追い出す


 これが私の目の前にある新しい目標だ。





おまけ



『ハーレム症候群』 症例48 奴隷少女型

患者名:ナナコ=ショートヘア

性別:女

年齢:16歳(推定)

種族:ネコ耳族


【症状】

原因不明の不治の病(患者談)によりネコ耳族の村から自ら出奔。

病の影響で身体能力が著しく低下し、奴隷狩りに捕まる。

変態異世界人に買われることで発症が見込まれた。


【経過】

罹患していた病を担当医師が治療し患者の身体能力を取り戻し、信頼を得た。

さらに、異世界人より先に患者を購入することで異世界人のハーレム入りを回避。


【担当医師所感】

まったく、嘆かわしいと思わないか?

奴隷の少女を買うのはまだいい。

この世界ではよくあることだ。

だがそれを恋愛対象にするっていうのはどういうことなんだ?

他にいくらでも未婚の女性がいるというのに!

どうして誰もボクに声をかけてこないんだ?

ボクをハーレムに加えたらいいじゃないか。

治療、戦闘、援護、夜伽、すべてこなしてみせようじゃないか。

なんだよ。

どこを見ながら悲しい表情を浮かべてるんだ。

あのな、何度もいうがボクは身体的特徴を罵られていちいち憤慨するステレオタイプじゃないからね。

背が低いことも胸がないこともおしりが小さいことも、別に全くこれっぽっちも気にしちゃいないよ。

貧乳キャラが全員コンプレックスを持っていると思ったら大間違いだ。

その気になれば医術で盛ることだって出来るんだしな。

そもそもそういう需要だってあることを君は知らないのか?

あ、おい、待て!

まだ話終わってない!


【同行者所感】

先生はわかってないですよね。

「気にしてるところ」がウケるのに。

教えてあげませんけどね。

あ、これ、先生には内緒なんですけど、あのあとあの異世界人さん私にも告ってきたんですよ。

もちろん断りましたよ。

見た目があまり好みじゃないし、ナナコさんに振られたばかりなのにすぐ次っていうのも、ねえ?

どうしてもっていうから連絡先だけ教えてあげました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る