【ヘルSIDE】死後の世界に愛されし二人の末路 前編

 「ゲホッ、ゲホッ」


 気づけば私は元の姿に戻っていた。

 あんなに遠かった地面が、心の何処かで見下していた地面が、今目の前にある。


 巨人だった頃の体を構成していた泥が自分の中に入らぬよう、吐き出しながら這いつくばっていく。


 「こんな所に居たのか」

 「あ……」


 ザス、ザス、と誰かが歩く音が聞えた。

 その先に立っていたのはさっきまで私と戦っていた牛草だ。


 「もう災厄の力も使い果たしたみたいだな」

 「こ……来ないで」


 さっきまであんなに意気揚々と喋れていたのに、またいつもみたいな喋り方に戻ってしまった。

 平気で人を殺そうとしていた癖にいざ自分が殺される番になったその時に命乞いを始めるなんて、私はなんて卑怯なんだろう。


 「私は……知ってるの。殺されて冥界に行ったら最後……生前の記憶を補完するだけの空っぽな魂になる。お、お願い……もうあなたに危害は加えないから。それだけじゃない、あなたの恋人にも危害は加えない……だから殺さないで」


 そっか。


 こうやって自分がピンチになった時にいつも命乞いをするから、最後まで立ち向かわず意地汚く生き残ろうとするから、私はずっと他人の言う事を聞くだけの人生を歩んだんだ。


 被害者ずらして、悲劇のシンデレラを気取って、私を助けてくれたココロを巻き込んで、色んな人間をだまして殺して取り込んで。


 そこまでしてやった事は、自分自身の選択を否定するって簡単な事だけ。


 「……」

 

 牛草が静かに斧を上げる。

 さっきは巨人の状態で受けたから何とか五体満足でいられるけど、今生身で受けたら絶対に助からない。


 「ハハ……」


 もうどうしようもないと分かった瞬間、乾いた笑いがこぼれた。

 私はここで死ぬんだ。

 みじめな最後を冥界に刻みながら。


 「裏拍手 融合!!」

 「え」


 牛草と私の間に一つの影が割り込んだ。

 その影は、蒼い炎を自分の身に纏わせて私を庇う様に立っている。


 「ココロ……どうしてここに」

 「ヘルちゃん、逃げろ!!」

 「逃げろって、ココロはどうするの?」

 「僕はこいつを足止めした後に合流する」

 「足止めって、無茶だよ」


 ココロは私も制止を振り切って牛草に攻撃した。

 牛草は触手一本でココロの攻撃を軽々しく止める。


 「どうして……どうして私の為にそこまでしてくれるの?」


 絶対に敵わない相手を前に私の為にあがいてくれるココロの姿を見て、私は思わず叫んだ。

 

 「楽しかったんや。ヘルちゃんと居ると今までの虚しい人生なんて全部夢やったんやないかと思うほど楽しかった。信じられるか、最低な人殺しの僕が君といる時だけは他人の為に行動出来たんやで」

 「それだけの理由で?」

 「それだけやない、ヘルちゃんカワイイからつい助けたくなるんや」


 ココロはそう言ってフッと笑った。

 

 「……」


 牛草はそんなココロを蹴り飛ばした。

 私はすぐさまココロの肩をそっと握って牛草を睨む。


 私だって死にたくない……でも、あんな事言われたらココロにだって死んでほしくないって思ってしまう。


 どうにか私達二人が生き残る方法は無いの?


 「今、氷雨達は町の復元をするために動き回ってる」

 「え?」

 「現世と冥界と夢の世界が繋がってる今じゃないと、俺達の戦いでボロボロになったこの町の景色を治せないんだとよ」

 「一体なんの話を」

 「……俺がこの場でお前らを見失ったら、この町からは逃げる事ぐらいは出来るんじゃないか?」


 牛草はふっと困った様な顔をして構えていた斧を下した。

 これってつまり、私達を逃がしてくれるって事?


 「お前等の心の声は聴いた。もうファナエルや俺を狙う気は毛頭ない事も分かった。だから俺はこれ以上お前らに望まないよ」

 

 「いきなりどういう風の吹き回しや。何か企んどるのか?」


 ココロは怪訝な顔で牛草を睨みながらそう言った。

 だけど牛草はそんな私達に向かってフッと微笑んだ。


 「今のお前らを見てると昔の自分を思い出すんだよ。だから手助けしてやっても良いと思った。何度も言うが、お前らがもうファナエルや俺に危害を加えないならどうでもいい。俺は氷雨達シンガンみたいに正義の味方がしたい訳じゃない……ただ、ファナエルが幸せに暮らせる世界を作れたらそれで良いんだ」


 それだけ言って、牛草は私達に背を向けて何処かへ行った。

 きっと愛しい恋人に顔を見せに行ったのだろうと、何となくそんなことを思った。


 「ヘルちゃん立てるか?」

 「うん」


 私達は彼がくれたこのチャンスを無駄にしない様に、すぐさまこの場から逃げた。

 私はココロの肩を借りながら歩いていく。


 「ココロ……この後どうしよう」

 「ヘルちゃんはやりたい事あるか?」

 「なんにも思いつかない」

 「それなら、一旦どっか休める場所を探して。その後美味しいスイーツでも食べに行こう」

 

 ココロは優しい口調で私にそう言ってくれた。

 もう体もボロボロで、牛草を殺すって目標も失敗したのに、何だかとってもいい気分。



 



 「あんな事やられたのに逃がしちゃうんだ。秋にぃも案外甘いよね」





 そんな気分を一気に壊すような声が響き渡る。

 

 「にしても意外だったな~。ヘルちゃんがあんな事考えてたなんて。まぁ、『私』としては君の成長が見れてとっても楽しかったけど」


 そう言いながら私達の前に姿を現したのは、虹色の髪の毛をした少女。

 始と言う男の子と一緒に居た、牛草の妹。


 斬琉キルと呼ばれていた少女だった。


 「君か……僕達の後を付けてきたんか?」

 「『私』にも事情があってさぁ。まぁ、『牛草斬琉キル』のまんまじゃ何を言っても分かりずらいよね」 

 「どういう事や」

 「見てれば分かるよ」


 彼女の纏う雰囲気が変わる。


 「とりあえず、自己紹介から始めようか」


 彼女の姿を見て、私は思わず息を飲んだ。

 背中から真っ白な羽が生え、彼女の頭上に輝く光輪が現れたからだ。


 片方には小さな羽が6枚、もう片方には大きな羽が1枚。

 天界において前例のない7枚羽。

 彼女の首には、アルゴスによって付けられた重々しい鉄の首輪がはまっている。


 「ロキ……お父さん?」

 「前にも言ったでしょ。今は女の子の体なんだから、お母さんって呼んでよ」


 最高神レベルの力を持ちながらも不安定な存在。

 嘘の権能を持つ、史上最悪の悪神。


 世界で最も恐れるべきそれが牛草斬琉キルと言う隠れ蓑から這い出て、私達を見つめていた。

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