決着を分けたのは故郷の縁

 「お前なんで俺の名前を、それにどうやって記憶を?」


 「それが良く分かんねくてよ。何となく何かを忘れてる気がして、忘れてる何かが友達だったって事に気づいて……それが誰だったか思い出したかったからここまで来た。それだけだ」


 「何だよそれ。お前そんな事の為にここまで来たのかよ」


 始は悪びれもせずに「おう」と言葉を返した。

 体の再生をしながらゆっくりと立ち上がっているヘルを見つめて『俺あれの中に埋まってたのかよ』と呑気な事を考えているこいつの姿を見ると、さっきまで感じてた緊張感が嘘の様に消えていく。


 「彼が居るとまだ立ち止まれるみたいなのですね」

 「どういう意味だ?」


 そんな始の様子を見て意味深な事を言う氷雨に視線を向けた。

 彼女は怪訝な顔をして俺と目を合わせる。


 「今のお兄さん、力に飲まれかけているのですよ。さっき彼がお兄さんに声をかけていなければアレの様に暴走してしまってもおかしくなかったのです」

 

 アレと言うのは恐らくヘルの事だろう。

 今でも獣の様な声を上げて体を再生し、こちらを睨んでいる。


 『そんな事の繰り返しを1000年は続けたいんだから……だから、死んだら許さない』


 あんなに心配してたファナエルに大丈夫と言っておいて、力に飲まれて暴走したまま帰ってきましたなんて言えないな。


 目的を見失うな。

 今俺がやらなきゃいけないのは、俺達の幸せを壊しかねない障害を取り除き、ちゃんとファナエルの元へ帰る事だ。


 「始、俺が合図したらその鎖をヘルの胸部へ投げつけろ。そうすれば飲み込まれた斬琉キル達を助けられる」

 

 「分かった。でもよ、俺はどうやってあそこまで近づけばいい?」

 

 「氷雨ならお前を連れてヘルの近くまで行けるはずだ。それじゃ、後は頼んだぞ」


 「ちょっと!!」と声を上げる氷雨を無視して俺は飛び出した。

 次の瞬間、俺の触手とヘルの巨大な拳がぶつかり合う。


 俺とヘルを覆う空間がミサイルの様に飛び交う亡骸と世界を切り裂くノイズで満たされていく。

 耳には町が壊れていく破裂音だけが響いていた。


 「アハハハハハ!!どうして今までこんなに怖がってたんだろう。なんであんなに自発的に慣れなかったんだろう?力を振るうのはこんなに楽しいのに」


 ヘルは我を忘れて高らかに笑う。

 その笑い声が大きくなるほどに、彼女の攻撃は強く激しくなっていく。


 「こんな楽しい事を教えてくれた君は感謝を込めてちゃんと殺してあげる」

 「悪いな。こんな所で死ねないんだ」


 『使える手札は全部使う。この大きな体も、私が操れる亡骸も全部全部つぎ込んでこの景色ごと牛草を葬り去ってやる。それで今までの弱い自分とはお別れ!!』


 「俺を待ってる恋人がいるからな」

                         

 『##########。#######、#################################。##################』


 「今だ始!!突っ込め!!」


 俺がそう声を張り上げた瞬間、大きな爆発が起こった。

 俺のノイズとヘルの攻撃が打ち消し合って起こった大爆発だ。


 互いの体の節々に痛々しい傷が出来ている。

 これが俺とお前のタイマンだったなら、ここで勝負がつくことは無かっただろうな。


 「おうよ!!」


 大声が上がった先、氷雨と一緒に空を飛ぶ始の姿があった。

 始は手に持っていた緑の鎖の先端をヘルの胸元にある傷口めがけて投げつける。


 あの鎖はアルゴスが持っていたグレイプニル。

 その力の本質はあらゆる能力の無効化。


 「傷が……再生しない。それどころか広がっていく?!」


 つまり、ヘルの持つ再生能力すらも阻害出来るという事だ。

 

 グレイプニルは緑色の光を放ちながら、彼女の傷口を広げていく。

 それはまるで今まで背負ってきた傷すら体現させるように。


 「斬琉キルちゃん達の姿が見えた!!今の内に」

 「分かっているのです。私の能力で引き上げます」


 氷雨のバリアで覆われた人々がヘルの体から抜け出した。

 一人、また一人とヘルに吸収された人間が氷雨と始の近くまで引っ張りあげられる。


 「氷雨ちゃん、これで全員だ」

 「よし、このまま皆で撤退するのです」

 「私にここまでの事しておいて逃げられると思ってるの!!」


 二人がこの場から逃げるのを許すまいとヘルは咆哮を上げる。

 大きく振り上げた彼女の拳が氷雨と始を今にも飲み込もうとしていた。


 この時のヘルの思考に俺と言う存在は居なかった。


 ヘルからすれば1秒にも満たないたった一瞬の思考。

 だけどそれは常に相手の心の声が聞える俺にとっては最大の隙だった。


 彼女の体の一部分を掴んでいた触手を使って俺の身体を動かした。

 ヘルの背中が目の前に見える。


 「こいつで終わりだ」

 「しまっー」


 ヘルが俺の存在に気付いたその時には、ノイズを帯びたチェレクスの刃が彼女の体を捉えていてー


 『災厄の力が……この体が……崩れていく』


 巨人となっていた彼女の体は泥の塊となってその場に崩れ落ちていった。

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