妹≒救世主?

 『これで今日の宿題は全部終わりだね』

 「そうだな‥‥‥疲れた」


 情けない声を上げ、さっきまで使っていたシャープペンシルを俺は自宅の机の上に放り投げる。

 カランと音をたてたペンの隣には、透明感のある綺麗な声が鳴り響く板状の電子デバイスが一つ。


 『ありがとね、アキラ。毎日私の我儘に付き合ってもらって』

 「いや〜全然いいよ。こんなことでファナエルの助けになるならさ」


 俺は平然を装った声を出しながらスマホ越しに会話をしている彼女に返答する。

 きっかけは数日前、彼女から毎日宿題を一緒に終わらせないかと提案があったのだ。


 『それじゃあ、また明日ね』

 「おう、また明日」


 俺はそう言って彼女との通話を切った。

 今まで寝る前に急いで終わらしていた宿題も余裕のある時間に終わってファナエルともいっぱい話せて、なんだか最近の俺めっちゃいい感じなんじゃー


 「随分と鼻伸ばして楽しそうだね、秋にぃ」

 「うわぁぁ?!」


 突如後ろから聞こえてきたハスキーな音にびっくりして俺は椅子から盛大に転がり落ちる。

 すぐさま声がした方向を見ると、そこには見覚えのある顔が笑顔浮かべてこちらを見つめていた。


 「な、なんだよ斬琉キルか。部屋に入る時ぐらいノックしろよな」

 「ずっとノックしてたし~。せっかくカワイイ妹である僕の呼びかけを無視するなんて秋にぃはひどい兄貴だね~」


 わざとらしい声を上げ、やけにあざとい顔を作って泣いたふりをする我が妹、牛草斬琉うしくさキル


 長い黒髪と整った顔、俺より10センチ大きい身長、県一の進学校に通えるほどの頭脳……こいつの顔を見るたび、同じ血が通った兄妹きょうだいのはずなのに何故こんなに差が開いているのかと考えてしまう。


 俺は色々な欠点を抱えているというのに、こいつの欠点と言えば名前が変なことぐらいだ。


 「悪かったよ。それで、俺の部屋に訪ねてきた要件は?」

 「秋にぃの部屋から女の人と電話してる声がしたから、からかってやろうと思って」

 「お前な……」


 思わず呆れてため息をつく俺に対し、斬琉キルは嬉しそうにキャッキャと笑う。


 「で、誰と話してたの?もしかして彼女?」

 「まだ彼女じゃない。今はただの友達だ」

 「まだ!!!え、それどういう意味」

 「ぐいぐい来るなよ!別にいいだろ、俺が誰と話してたって」

 「いやいや!!ヘタレ陰キャな秋にぃが女の人と会話してるだけで事件だから、めっちゃ気になるから!!」

 「お前はいつも一言多いんだよ!!」


 そんな口論を続けていると、斬琉キルはしれっと俺のスマホを奪い取り我が物顔でパスワードを入力していく。


 「お前……なんでパスワード知ってんの?」

 「兄のスマホを管理するのは妹の義務~っと……あ、連絡先に新しい人発見って、え?!」


 斬琉キルは俺のスマホを勝手に操作するだけ操作した後に、ドン引きしたような表情をしながらゆっくりこちらを振り向いた。

 

 「あ、秋にぃ……もしかしてその女の人ってファナエルさん?」

 「そうだけど」

 「え~?!うそでしょ。秋にぃにやっと春が来たと思ったら相手はあのゲロクッキー女ぁ!!!」


 悲鳴にも近い声を上げ、俺のスマホを投げ捨てながら斬琉キルは部屋の床にうなだれる。

 俺は近所迷惑になるから辞めろと斬琉キルをなだめ、投げ捨てられた自分のスマホをしれっと回収した。


 「てか、学校違うお前がなんでファナエルの事知ってるんだよ」

 「逆になんで噂にならないと思ったのか。うちの学校の生徒もー」


 いつも以上に激しい身振り手振りを加えながら斬琉キルは話を続ける。

 そうか、ファナエルって違う学校でも噂になるぐらいすっかり有名人になってるんだな。

 そして俺はそんな有名人である彼女を一番知ってる人間ってことになるのかな……なんだか良いな、それ。


 「秋にぃ聞いてる?な~にニヤニヤしてるのさ」


 考え事に夢中になっていた俺は斬琉キルがファナエルの噂話をするのをやめて俺の頬をつねりながら遊んでいることに気づくのが遅れてしまった。


 悪戯好きな猫のような顔をしながら俺の顔をこねくり回す斬琉キル

 我が妹がこういう事を言ってこういう顔をする時、奴は途端に察しが良くなる。

 

 「に、ニヤニヤなんかしてない!!」

 「あーらら、こりゃかなり重症だね」


 ……どうやらごまかす作戦は失敗したらしい。


 斬琉キルはハーっと軽くため息をつき、利き手である左手で髪の毛をいじりながら何かをまじまじと考え始めた。

 数秒後、彼女はやけに神妙な顔をしながら黒いズボンのポケットに手を突っ込む。


 「ねぇ秋にぃ……一つ確認なんだけど」

 

 そう言いながら彼女がポケットから取り出したのは深い緑色の宝石で出来たサイコロだ。

 斬琉キルがいつからそれを持っているのかは忘れたが、彼女にとって大切なサイコロである事だけは覚えている。


 「どうした、お気に入りのサイコロまで持ち出して」

 「それだけ大事な質問。もしあのゲロクッキー女と恋人になれるとしたら絶対になりたい?」

 「そりゃぁ……」


 突然の問答に俺は言葉が詰まる。

 その問いに対する答えはすでに心の中で決まっているが……その答えを口にする度胸が俺の身体にはまだ備わっていない。

 

 「ああもう恥ずかしがるな!!それじゃぁ秋にぃはファナエルさんが別の男と付き合ってもいいの!!」

 「それは嫌だ!!」


 咄嗟に出たのはその言葉。

 斬琉キルの言葉を遮るように声を発した後、俺は弱々しい声で続けるように言葉を紡ぐ。


 「……もしファナエルに恋人が出来るなら……それは俺がいい」

 「そうそう、僕はそう言う言葉が聞きたかったんだよ」


 「まったくヘタレなんだから」と愚痴をこぼしながら斬琉キルは左手に持っていたその緑色のサイコロを勢いよく転がした。

 放たれたサイコロが出した目は『4』だ。


 「偶数かぁ……分かったよ、割り切ってあげる」

 「それってどういう?」

 「まったくもう、秋にぃは察しが悪いなぁ」


 そう言った彼女はケラケラと笑いながらさっき投げたサイコロを回収すると、左手で自慢げに自分の胸をドン!!と叩く。


 「本当は嫌だけど!!僕の気持ちを割り切って秋にぃとゲロクッキー女が付き合えるようにサポートしてあげる!!」

 「そ、それ本当か?!」


 思わず立ち上がって距離を詰める俺。

 それに対し斬琉キルは「どうどう」と言いながら俺の身体を軽く押し返し、にんまりと笑った。


 「サイコロが示してくれたなら僕はそれに全力投球だよ。それじゃあ早速作戦会議、恋愛も戦争も大事なのは先手必勝だ~!!」

 「腕を引っ張るな、どこ連れて行く気だ!!」


 すこし不安要素はあるがかなり強力で頼りがいのある助っ人が出来たなぁ……と


 高らかに左手を上げながら俺を引きずり、洗面台まで移動させる妹の姿を見て俺はそう思うのだった。

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