自覚=初恋

 ファナエルさんがうちの学校に来てから3日が経った。

 かつてクラス中を沸かせていた美少女転校生である彼女に対するイメージは、3日という短い期間の間にクラスメイト達の中で歪なものに変貌していった。


 彼女はどんな人間に告白されても『ごめんなさい』の一言を言わない。

 それが全く関わりのない男性生徒だとしても、同じ性別の女子生徒だとしても、はたまた余裕で法律を無視する勢いの教師達だとしてもだ。


 その代わり、彼女が作った白い焼き菓子を告白した人間に食べさせ『それをちゃんと食べられたら恋人になりましょう』と提案をしてくるのだ。


 そして彼女の焼き菓子を食べた人間はもれなく全員、その場で吐き始めるかトイレに駆け込んでゆく。

 そんな状態が続くのだから皆彼女の事を怖がり、『実は宇宙人なんじゃないか』とか『無理やり関係を持とうとした他校の不良を返り討ちにした』とか変な噂まで広がり始めていた。


 だというのになぜだか皆彼女に惹かれてしまい告白する人間が絶えない。

 気づけば毎日2,3人がファナエルさんに告白し、その後ゲロを吐くのが日常と化したとんでもない学校生活が始まってしまったのだ。


 「うおぉぉぉえぇぇ!!」

 「おい、大丈夫かよ」


 俺は男子トイレでゲロを吐くはじめの背中をさすりながらそう問いかけていた。

 ファナエルが転校するとき、あんなにギャルゲのシチュエーションがどうだこうだと言っていたこいつも彼女に告白し、こうやって玉砕した。


 「お、おう何とか大丈夫だ」

 「お前もバカだよな。他のクラスメイトがあんな目に合ってるのになんでファナエルさんに告白したんだよ」

 「人間ってのは恋心を宿したら行動せずにはいられないんだよ」

 「その結果、このざまじゃねーか」

 「まぁな……綺麗に玉砕しちまった!!」


 もう吐き気が収まったのだろう。

 体を上げていつもの調子を取り戻した始が笑いながらそう言った。

 

 「こんなひどい目に合ってるのに、どうしてそんなに笑顔なんだか」

 「人間、気持ちため込むよりも一発行動してみた方がすっきりするんだよ……たとえ結果が振るわなくてもな」


 始は俺の肩をポンと軽く叩きながらそう言って立ち上がる。

 何か言いたそうなそぶりの彼に対して、俺は思わず口をとがらしながら嫌味な口調で質問をしてしまった。


 「なんだよ、俺もファナエルさんに告白したほうが良いって言いたいのか?悪いが俺は手の届かない壮大な夢とか、ワンチャンを掛けた記念受験とか嫌いなタイプなんだよ。そもそもファナエルさんに興味なんて無いしな」


 何故かどんどん言葉が早口になって、段々と声のイントネーションがおかしくなってゆく。

 本心を言っているだけ、いつもの様に会話しているだけ……それだけのはずなのになんだか心がキュッとする。

 

 「お前が本心でそう思ってんだったらいいんだけどよ……」


 始は男子トイレから出る間際にやけに優しい口調で俺にこんな言葉を残していった。


 「でも俺は知ってるぜ、クラスメイト達がファナエルさんに告白してる場面を見るたびお前がどぎまぎしてることをよ」

 「そ、それは……」

 「んじゃ、俺これから部活あるから!!」


 始は返答に詰まる俺を残して走り去ってしまった。

 一人だけになった俺は男子トイレから廊下に移動し、一人思考を巡らせる。


 なんで、さっき俺は言葉に詰まったんだ。

 なんで、俺は誰かがファナエルさんに告白する場面を見るたびに心がキュッとなるんだ。

 もしかして俺は本気で、彼女の事を……


 『私は恋人を探しています。それも学生時代の付き合いで終わるような恋人ではなく、一生を共に出来るような恋人を』


 ファナエルさんが言っていたあの言葉が頭の中をめぐってゆく。

 あの瞬間、自分の心の中で彼女と付き合うのは無理だと強く蓋を閉めていたことを思い出す。

 それと同時に……初めて彼女の顔を見た時に心に宿ってしまったある感情も、俺は思いだしてしまった。


 その感情に気が付いた瞬間、俺は廊下を全速力で走っていた。


 叶いもしない幻想に身をゆだねて行動を起こすのは滑稽極まりない。

 クラス中、果ては学校中の皆が告白に興じるほどの美人であるファナエルさんと俺なんかが付き合える訳ないんだ。

 

 だから今俺がしている行動はバカなことで、こんな気持ちも全部忘れて家に帰るべきなんだ。

 でも、俺の身体はそんな屁理屈を聞いてくれなくて、息も絶え絶えになりながら廊下を走り続け……バン!!と大きな音を立てて教室のドアを開けていた。


 「君はたしか……アキラ君だよね」


 誰もいない閑散とした放課後の教室の中にファナエルさんは居た。

 クラスメイトを次々と撃沈させていったその白い焼き菓子を儚げな表情で頬張る彼女の顔を見て俺は確信する。

 

 初めて彼女の顔を始めて見たあの日に……恋というものを始めて心に宿していたということを。

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