私は恋人を探しています
カツ、カツ、カツと、白いチョークと黒板がかすれる音が教室中に響き渡る。
銀髪緑眼の美少女転校生は、綺麗に整った字で『ファナエル・ユピテル』と名前を書いた。
名前とその容姿を見る限り、明らかに日本人ではないんだろうけど……それにしては綺麗なカタカナを書く。
担任教師に促され自己紹介を始める彼女だが、口から放たれる日本語に外国人特有のイントネーションの違いを感じることもなかった。
そんな事柄も相まって、俺の瞳に映る彼女はやけに神秘的に映る。
何なら彼女の背中から後光が見えてもおかしくないとさえ思ってしまっているのだった。
彼女がアメリカから来たらしい事、日本の高校を転々と移動している事、クラスの皆からはファーストネームで呼ばれたいと思っていること、いろんな彼女に関する情報が俺の耳に入ってくるのだが……俺の脳みそは彼女の姿を見るだけで精一杯ならしく、話が全然頭に入ってこなかった。
「それじゃ、ユピテルさん」
「ファナエルで大丈夫ですよ、先生」
「そ、そうか。それじゃあファナエルさん、これでホームルームが終わりますが何か言いたいことはありますか?」
担任教師のその言葉を聞いたファナエルこと転校生はフワリと銀髪を揺らし、その神秘的な目で教室中をじっと見渡す。
ぐるりと動く彼女の視線と俺の眼が合ったその一瞬、彼女が妖艶に微笑んでいるような錯覚さえ覚えた。
「私は恋人を探しています。それも学生時代の付き合いで終わるような恋人ではなく、一生を共に出来るようなパートナーを」
彼女のその言葉を皮切りに、静かにしていたクラスメイト達が今一度ざわざわと騒ぎ始める。
『それなら俺今日に告白してみようかな』
『こんなチャンスねーだろ、今日から俺筋トレ始めるわ』
『私女の子だけどファナエルちゃんとなら付き合ってみたいかも』
そんな言葉が節々に俺の耳に聞こえてくる。
クラス中がそんな歓喜に渦巻いている中、俺は心臓を
カワイイ女の子が恋人を探しているんだから自分にもワンチャンスあるなんてお気楽な未来を考えることは出来ない。
確かにこの高校はイケメン俳優養成学校でもなければ、安定な将来を約束される大学に行ける人材を輩出している進学校という訳でもない。
よくも悪くも普通の高校生が集まっている。
それでも、俺より頭のいい奴、容姿端麗な奴、性格が良い奴なんてこのクラスの中だけでも沢山いるのだ。
そんな中で俺が選ばれるはずがない……だから最初から自分とは関わりのないものだと思い込んでしまえば楽だったのに。
どうして、今日初めて会っただけの転校生が自分じゃない誰かと一緒にいることを考えるだけでこんなに苦しいのだろう。
「私が恋人にしたいタイプに容姿や性格の良し悪しは関係ありません。年齢が何歳離れていてもいいし、性別だって女の子でも男の子でも関係ありません」
「は?!」
彼女が放ったその言葉に、俺は思わず……本当に思わずそんな声を上げてしまった。
だって彼女の恋人に求めるものがあまりにも俺の常識と違いすぎる。
これではこのクラスに居る全員が彼女のストライクゾーンに当てはまることになってしまう。
もしかしたら、彼女が転校初日から皆と打ち解け合うための冗談なのかも知れないとも思ったが……意味ありげに両手を背中に当て、クラス中を見渡す彼女の顔は真剣そのものだった。
「私のわがままを聞いてくれて、私の歩幅に合わせて人生を歩んでくれて、絶対に私を見捨てないでくれる人……この条件に当てはまる人を生涯のパートナーとして迎えたいです」
彼女の言葉の一つ一つが、ちらりちらりと一瞬会う視線が、ジワリジワリと俺の凝り固まった屁理屈を溶かしてゆく。
『世間一般の恋愛のルールなんて関係ないよ』
『この世界に居る全ての人間は私に告白していいんだよ、もちろん君も』
『だから私に証明して、君が私の恋人に、パートナーになれるかどうかを』
耳元から彼女にそう囁かれているような感覚に陥る。
一体何なんだこの転校生は、いくら容姿端麗な人間を見たからと言ってこんな気持ちになることは異常なのではないか?
いや、もしかしたらこんな気持ち悪いことを考えているのはもしかしてクラスで俺だけなのか?
「それは……」
頭の中を駆け巡る疑問によって俺の脳細胞が焼き切れてしまったからか、非日常なシチュエーションでいつもの判断力が低下してしまったからなのか分からないが……本来生徒が声を出してはいけないホームルームと言う空間で、俺は無意識の内に大きな声を上げていた。
「具体的にどんなことが出来る人を指すんだ?」
クラスメイト全員が俺の言葉に振り向く。
瞬間、俺は自分のしたことに気づき、慌ただしく口を両手でふさいだ。
恥ずかしさが全身を覆い、クラスメイト達の視線から逃れようと動かした視線の先で転校生である彼女とばったり目があう。
彼女はじぃっと穴が開くほど俺を見つめた後、やさしく微笑みながら銀色の髪を軽く揺らした。
「例えばそう、私が学校に持ってきた手作りのクッキーを美味しそうに残さず食べてくれる人とか」
ホームルームの終わりを告げるチャイムと重なるように放たれた彼女の言葉。
本来であれば生徒の声をかき消してしまうそのチャイムの音を、彼女のその言葉は見事に塗りつぶしていた。
「せっかく朝のホームルームも終わったみたいですし、一時間目の前に糖分補給しませんか?」
そう言って彼女が床に置いていたバッグから取り出したのは、白いクッキーの入った長方形の箱。
前の席に座っている生徒、クラスのカースト上位勢の生徒、果ては隣に立っていた先生までもが彼女の作ったクッキーを手に取り始める。
後ろの方に座っている俺が様子を見ようと席を立ちあがった時にはもうその箱は空になっていて……
そのクッキーを口にした全員が一斉にその場でゲロを吐いた。
その異様な光景を目にしたクラスメイト達は皆、喋ることも出来ず動くことも出来ず、ただただその光景に釘付けになっていた。
「……さっきクッキーを食べた人たちの中に、私の恋人になれる人はいませんね」
そんな中、クッキーを食わせた張本人であるファナエルだけが口を開き、こなれた手つきでゲロの掃除を始める。
彼女がボソッと呟いた言葉を聞いた俺は何故か……本当に何故か安堵の息を漏らしていた。
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