烏揚翅

坂本忠恆

プロローグ

光の乱政



- 光の乱政 -


 街の夜空は、私には何か大きな影のように見える。大地の落とした巨大な影。昼間には、太陽が空から影を降ろすのだが、夜間は、明るすぎる大地があの空へ影を降ろすのだ。

 空へ影を降ろすという形容は背理だろうか? そうかもしれない。影は確かに、上から下りるのが道理だし、自然の理はそのようにできている。そして私たちは、昼間見る濃い陰影の中、寝室の一隅などに、夜の闇の巨塊から切り離された千切れ雲のような影を認めて、言おうようもない安息の感じを覚える。また、例えば、隙間ひとつなく密閉された空き箱なんぞを思い浮かべてみるとよい。その中には、ほんの注射針ほどの光の一条でさえも夾雑しない闇が詰まっている。おお、これだけでなんと、充実した、荘重な、意味のあるものの塊の感じがすることだろう。

 実にどれだけの多くのものが、闇に支配されていることだろう。線も、面も、空間も、闇の中では忽ち挫折してしまう。膝を折り、その場に額ずくを禁ずること能わない。虚無でさえ、我々の想起する表象の内では、闇に支配されているのだ。

 光は、正しくあらゆるものを分明にする光は、誰にも彼にもに意味と輪郭を隔てなく与えるが、この光の力は、我々の文明の力の如くに、いったいどれだけの絶え間ない努力の浪費に支えられていることか? その光でさえ、己の故郷が闇にあり、依然己の宿主が闇であることを、認めぬわけにはいかぬのだ。

 食言すれば、昼間に下りる影は、天を知ろし召す闇の世の幽居であり、仮初に時めく太陽の光の乱政にさえ惑うところなく、その微睡のような安寧は、しかし明晰に、黒色が他の凡ゆる色に澱むことのないように、淀みなく、同時に空空寂寂と自若し、世の理が自ずから己が掌中におさまる夜の到来を、一片の憂いもなく待っている。そのことを、知ってか知らずか、人間は、プロメテウスの模倣か、或いはアポロンの僭称か、とまれ太陽の真似事を為出かして、地上から影を放逐することを、闇の対義、文明の言葉で、勝利と呼んだ。

 影が黄道に追従し地を這うかに見えるのを、闇の卑陋と見紛うたのか……?



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