青年と、くれない似合うアトリエ
星多みん
絵に魅入られた二人
いつからだろうか、ただでさえ、キラキラとした城下町に、よりキラキラした真っ赤な絵が加わったのは。
いつからだろうか、「くれない似合う女のアトリエ」の噂が立ち始めたのは。
とある城下の西町に住む青年が、真っ赤な絵に一目惚れしていました。
「こんな素晴らしい絵を描いている人に会ってみたい」
青年はそう思い、アトリエがあると噂されている山の麓にある村に向かいましたが、村長は心躍らせている青年を見ると、その土地の方言でしょうか。何を言っているか分かりませんが、怒って青年を村から追い出そうとしました。
青年はその態度に疑問を抱き、優しそうな人にさり気なく聞きました。すると、やっぱりその人も嫌な顔をしながらこう言いました。
「くれない似合うアトリエなんか、噓だ」
青年はそう言われて、驚愕しました。如何やら、村の先にある噂の山には、獰猛な獣が住んでおり、しかも険しい山なので人が住める環境ではないらしく。
むしろ村では山を獣たちの神聖な場所として考えており、そこに人の形をした者がいるなら。と優しそうな人はそれ以上は何も言わずに、去っていきました。
青年は少し残念そうに、仕方ないと思いながら明日帰ろうと、その日は村の宿に泊まりましたが、山の頂上に近いところに小さな灯りが見え、村の人が噓をついていると思い、村人が寝ている時に静かに山に登りました。
暗い山は青年にとっては怖かったですが、獣に襲われないように松明を持って歩いていると、木製の小さな小屋が見えてきました。
青年は、その小屋の灯りに走って向かい、木製の扉をノックすると、中から白い服を着た少女が出てきました。少女は見た目に似合わない魔女の様な話し方でしたが、青年を中に入れてくれました。
小屋の中は案外広くて、城下町と変わらないキッチンがあったりと、長年生活している事が分かりました。
「くれない似合う女の噂を聞いて来たのですが」
青年はそう言うと、少女は少し驚きながらも、それは自分である事を明かして、奥の扉にある絵を描いている場所に連れていってくれました。
青年は少女の後に入ると、想像していた匂いと違うことに気づきました。
「ごめんなさいね。近くで鹿を解体してるから、生臭いかもねぇ」
少女は何かを察したかのように言うのを横に、青年にまだ世の中に出していない絵を見せていました。青年はやっと会えた嬉しさと楽しさ、そしてここまで来た疲れから、絵を見終わると目を擦りました。
「もう寝るかい?」
少女はそう言うと、客人用の部屋に案内して、自分はアトリエで絵を描くから。と言って、部屋を出ようとしました。
青年はそれを見ていいか。と聞きましたが
「集中したいから絶対に部屋に入らないで欲しい。その代わり明日できたものを見せるから」
と言って、青年を一人残しました。
外から少女が久しぶりに客人が喜んでいる声を聞きながら、青年は十年前に見た真っ赤のドレスを着た女を思い出していました。今は、その絵は国王様が、お城に飾っているから人目に晒されることはないのですが、青年はその絵を思い出すと、直ぐに寝てしまいました。
暗い青い空、まだ太陽が昇ってない刻。
青年は少女の苦しそうな声で目を覚ましました。青年は心配になり、アトリエの前まで行くと、気づかれないように扉を少し開けて覗きました。
少女は色々な所から血を流していて、その血で絵を描いていたのです。それだけでも恐ろしいのに、絵を描くにつれて老いていく少女を見て、更に恐ろしくなりました。
だから見て欲しくなかったんだ。そう思いながら、青年は動けないでいました。
でもそれは恐ろしさではなくて、現在進行形で書かれてあること絵があまりにも素晴らしくて、絵を本気で楽しんでいる姿に心打たれていたからです。
少女は絵が描き終わるころには、喋り方から真っ先に想像できる老婆になる姿をみて、この人は魔女なのだろと思った。
青年はドアに手を掛けて扉を開けると、グッタリとした老婆は顔全部の皺で何かの感情を表していましたが、直ぐに天井を見直しました。
「どうだい。恐ろしいだろ。ほら私が動けないうちに早く逃げな」
魔女は青年は勘違いしていました。何故なら青年には、もう恐怖心なんかなかったからです。青年は描き終えて老婆になった魔女に近づくと、口を開けてゆっくりと喉を震わせました。
「別に怖くないです。怖いよりも、僕はこの素晴らしい絵とそれを描いていた貴女が好きになってしまいましたから」
青年は足元に溜まった血だまりを気にせずに、グッタリした魔女の隣に座る。
「僕はこれから先、どうなっても構いません。殺されようがね。ですけど、もし殺すなら、もう少しこの絵を見せてください」
魔女は青年の隣に座りなおすと、絵の事について聞いて来た。
「素晴らしい絵ですよ。僕は今まで見てきた絵よりも、この絵が好きですから」
魔女は少し照れていた。同じく青年も照れていた。その日は夜が明けるまで、絵をずっと見て過ごした。
次の日の朝。絵を見終わった二人は食卓を囲んでいた。黙々と食べる中、青年が気まずそうに、ワインを飲む魔女に聞いた。
「優しい魔女さんを、これからなんて呼べばいいですか?」
青年と、くれない似合うアトリエ 星多みん @hositamin
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