4-9. 親友
ラムファはすぐに意識を取り戻した。気を失ったままの胡蝶を良之が部屋へ運ぶのを複雑な表情で見届けると、自分も少し身体を休めると言って自室へ向かった。
本当に病院へ行かなくて大丈夫ですか、と尋ねる依子に、ラムファは少し休めば大丈夫だと答えた。笑顔を作ってはいたが、やはり少し辛そうに見えた。
麗良は、マヤと話をしようと、二階にある自分の部屋へと移動した。先に部屋へと入ったマヤが麗良を振り返り、後ろ手に扉を閉めた麗良に向かって、眉をしかめてみせた。
「私に黙って行くつもりだったなんて、水臭いじゃない」
目の前にいるのは、見慣れた幼馴染の筈なのに、今ではまるで知らない人のように思える。出鼻をくじかれて、麗良は、言葉に詰まった。
そして、マヤに言い訳をするように言葉を探して部屋の中に視線を泳がせた。
「そんなつもりじゃ……色々あって、家を出ようって、昨日決めたのよ。
だから、マヤの家に行って話をしようとしたけど留守で……って、私の書いた置手紙を見て、ここに来てくれたんじゃないの?」
何のこと、とマヤは首を傾げている。
では、どうやって麗良が家を出る話を知ったのだろうか。
だが、今はそのことよりも気になることがあった。麗良がマヤの方へ一歩近づく。
「そんなことより、マヤ。あなたは……あなたも、妖精なの?」
マヤは、頷く代わりに静かに微笑みを浮かべた。
「あなたの守護者として傍で見守る役目をもらって、人間界にくることになったの。
そう、私も妖精界の住人よ」
「守護者って……親友だと思っていたのに……私のこと、今までずっと騙していたのね」
麗良の責めるような視線に、マヤは心外だというように目を見開き、両の掌を上に向けた。
「だましてなんかいないわ。あなた、一度だって私に聞いたことがあったかしら。
〝あなた、妖精の国から来たの?〟なんて」
「屁理屈言わないで」
マヤは、くすりと笑みを零すと、舌をぺろっと出して、肩をすくめて見せた。
「ごめんなさい。あなたのことを見守るように言われていたのは確かだけど、あなたのことは、今でも大切な親友だと思っているわ」
麗良は、マヤの目を見つめた。その目は、とても静かで、嘘をついていないのが分かる。
「本当にいいの? 《妖精の国》へ行って」
マヤが確かめるように尋ねた。
「もう決めたの。ここに残っていても、私の居場所なんてどこにもない」
「麗良、よく聞いて。あの人は、本当のことをまだ全部話していないわ」
「どういうこと」
「妖精界はね、今いろいろと複雑なのよ。
戦争があったこともそうだけど、特に人間に対して良いイメージを持っている人は、ほとんどいないと言っていいわ。
……あの人が特別なのよ」
あの人というのは、ラムファのことだろう。変わっている人だとは麗良も思っていたが、どうやら妖精界でも異質な存在らしい。
「私も、あなたと知り合うまでは、人間は身勝手で暴力的で愚かな生き物だと教わって育ってきた。
もちろん、あなたは違うと知っているわ。
でも、人間が地球上の自然を汚し続けていることは事実でしょう。
妖精にとって自然というのは、自分たちの命にも等しい……いえ、それ以上の存在なの。
詳しいことは省くけど、つまり……半分人間の血を継いでいるあなたが妖精界へ行っても、いい思いばかりしない、ということが言いたいの」
それに、とマヤは続けた。
「妖精界は、人間界との繋がりを絶とうとしている。
だから、あなたが妖精の国へ行ったら、ここへはもう二度と戻ってこられない。
その覚悟があなたにある?」
真剣な目でマヤに迫られ、麗良は一歩後ずさる。
「わからない、私…………マヤは、私がその……《妖精の国》へ行くことに反対なの?」
マヤは、誤解しないで、と言いながら首を振って見せた。
「あなたが決めたことなら、私は賛成するわ。
でも、情報を全て明かされないで決めるのでは、〝決めさせられている〟ことと同じ」
どういう意味か麗良が目で問うと、マヤは、長い睫毛を伏せて少し言いにくそうな表情で言った。
「私の役目はね、あなたの守護者であることと、もう一つ、あなたが妖精の国へ心置きなく行くことができるように、あなたを人間界で孤独にさせる、という役目もあったの」
マヤの言っていることが理解できなかった麗良は、眉を寄せた。
「孤独……? どういうこと」
マヤが目を上げた。麗良よりも少し背の低いマヤが麗良と対面すると、少し見上げるような視線になる。
「あなたの親しい友人を私だけにして、人生のやりがいや目的も与えないように、あなたの興味、趣味を奪ったのは、私よ。
そうするよう命令されていたの、あの人に」
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